見出し画像

持続可能なデジタル・ミュージアムとは(第1回):前口上

2006年から2007年にかけて、文部科学省内で「デジタル・ミュージアムに関する研究会」という、ちょっと変わった会議が開かれていました。当時の小坂憲次文部科学大臣(故人)の肝煎りで設立された、ということで、東大の情報学環におられた原島博先生が主査、池内克史先生や田中弘美先生といったVR畑の専門家の方々と東京国立近代美術館の水谷長志さんや私といったミュージアム側の人間とが、それぞれ委員になりました。

会議の中ではいろいろな技術的可能性が紹介されて、それはそれで大変興味深いことが多くありました。NHK技術研究所で8Kのディスプレイを初めて見たのもこの研究会の折でしたし、裸眼立体視や触覚の再現(ハプティクス)といった、先駆けとなる研究成果も目にすることができました。

ただ、ミュージアムの立場からは、実装するためにはまだ技術的に課題が多いなというのが正直なところで、研究会の報告を受けて実証研究が数年続いたものの、その段階で何かブレイクスルーを実現するような成果には至りませんでした。ただ、それぞれの技術的なテーマは、最近になってより幅広い社会的実装が話題になっていますから、一つの里程標にはなったのでしょう。

技術的な試みとは別に、この研究会の議論で印象深かったのは、「デジタル・ミュージアムはミュージアムのデジタル化なのか」という問いかけでした。館(やかた)としてのミュージアムの空間をデジタル化するのが、デジタル・ミュージアムか、と言ってもよいかと思います。実際、近年の展示や展覧会にはデジタル技術を活用したしかけが、よく見られます。

それも、デジタル・ミュージアムの一側面ではあるでしょう。しかし、研究会では議論を経た末、デジタル・ミュージアムの本領はそこにはない、というのが大方の共通理解になりました。情報通信技術を利用して、館(やかた)でないところにミュージアムのはたらきを実現するのが、主要なミッションであるべきだ、ということです。

昔話を持ち出したのは、この3月以降、全国、いや全世界の館(やかた)としてのミュージアムの機能がほぼ全面的に停止してしまったからです。物理的な展示空間を失ったミュージアムは、どのようにその存在意義を示せばよいのでしょうか。

自らの支配する空間の外で、ミュージアムはその機能をどのように果たせるのか、というのは、実は現代のミュージアムにとって普遍的な問題であったはずです。しかし、十分に検討がなされているとは言えません。情報通信技術の活用が一つの方向であることは、すでにかなりの数の実践例があり、可能性は見えています。しかし今のところ、大半はリアルな展示とのつながりの中で作り出されているもので、純粋に情報空間の中だけで展開された事例はあまり目にした覚えがありませんし、そのような方向性に対応したデータやコンテンツの蓄積、デジタル・アーカイブもまだ厚みに欠けると言わざるをえません。準備の乏しいまま、ミュージアムはすでに大きな危機の中にあります。

以下、情報通信技術を利用した物理的な空間に依存しないミュージアムのありかたを、仮に「デジタル・ミュージアム」と呼ぶことにしましょう。現在、私たちが利用することのできるデジタル資源と技術で、デジタル・ミュージアムに何が可能であるか、特にそれが一過性のものではなく持続可能であるか、という点に気をつけながら、これから、何回かにわたって問題をひもとき、解決手段を共有してゆきたいと思います。

*ヘッダ画像:「東京国立博物館研究情報アーカイブズ」より、東京国立博物館 平成館考古展示室(2006年)。

(つづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?