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持続可能なミュージアムのDXとは(第6回):所蔵品DBと展示企画の共有

「もの」の管理と公開が仕事であるミュージアムにとって、「もの」に関する情報のかたまりである所蔵品DBは、中核をなす道具と言えます。少し先回りして結論を出してしまうならば、ミュージアムのDXの第一歩とは「館内の組織的な内部業務に所蔵品DBを利用しながら、DBが長期的に維持される状態を実現する」ことです。どんなに個別の仕事のデジタル化が進んだとしても、個別の仕事で発生したデジタル情報が即時に活かされれず、DBは何年か後に大きな手間をかけて書き換える、というのでは話になりません。業務への活用という課題は多岐にわたるので、順次とりあげてゆきたいと思いますが、まずは「所蔵品DBを使った展示企画の共有」という点で、一つ例をとりあげてみましょう。

東京国立博物館では、お正月恒例の特集としてその年の十二支を主題にした展示を企画しています。2021年の展示はこちらです。

2021年の東京国立博物館 特集「博物館に初もうでーウシにひかれてトーハクまいり

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大黒水牛木彫根付(東京国立博物館) 出典:ColBase

展示リストを見ていただければわかるように、日本とアジアの古美術と歴史資料ほぼ全分野からの出品があり、いくつかの小テーマの中に配置されています。東博はそれなりに大きな組織なので、絵画、彫刻、考古といった分野別に「もの」を管理する担当部門と担当者がいます。東博の本館や東洋館の「総合文化展」いわゆる平常展示は、展示室や展示コーナーなどの単位がある程度個別分野で完結するようなしくみになっているので、展示の内容は担当者個人あるいは関係する部門内で固めることができます。しかし、企画性のある特集で分野をまたいだ作品、資料を多数展示しよう、という場合は、展示候補の選択から作品の出納まで、企画自体の担当者と各分野の「もの」の担当者との間での円滑な情報交換と調整が肝要になってきます。

毎年、翌年のお正月企画を担当する研究員が指名されますが、彼ら彼女らは当然個別の分野の専門家であっても、館の所蔵品全体を把握できているわけはありません。まして、それらが翌年正月の時点で、他の担当者が展示を考えているかどうかとか、他館に貸出の予定があるかとか、実は修理中ではないかとかいったことは、情報面でのサポートがなければ、いちいち問い合わせてみないとわかりません。東博の業務用の所蔵品DBではこれらの情報が個別の作品・資料に結びついており、「もの」を検索すると、別の展示室での展示予定、貸出予定、修理の有無を一覧することができます。DBを確認することによって、最初の展示案のリストを作る時点でそもそも展示できないものを避けることができるわけです。

また、このような企画性のある展示の場合、他分野に詳しくない企画担当者がそれぞれの「もの」の担当者に対して、企画にふさわしい作品・資料がないか照会をかける、ということが起こります。しかし、漠然とした照会からは、漠然とした答えしか帰ってこないのは、これまたよくあることですし、照会された側もどうしても他人事になってしまいます。所蔵品DBを共有するメリットの一つは、誰でも一応は「もの」を見つけることができる、という点です。企画担当者がDBから見つけてきた作品について「この作品は展示できるでしょうか/展示にふさわしいでしょうか」と問われると「もの」の担当者は否応なく反応します。「それは平常展示の第○室の目玉に考えているんだけど…」とか「それはちょっと保存状態がよくないですね」とか、前向き後ろ向きいずれにせよ結果は返ってきます。それだけではなく、当該分野の「もの」全般を把握している担当者から「その趣旨だったら、こちらの作品のほうが良いのでは」という新たな提案が出てくることが、さらなるメリットです。「展示の可否」という対立的な決定ではなく「新しい展示候補の選択」という弁証法的な解決が図れるわけです。

その結果として、ふだんであれば担当者も意識しないような「もの」が展示にお目見えすることもあり、「コレクションの活用」という面からも有益であるのは明らかです。新たに使われることになった作品や資料は、展示解説や図録のためにあらためて調査が行われたり、写真が撮影されたりすることになりますが、その成果を還元すれば、DBの内容は次第に豊かになってゆきます。業務の中で有効に使われる所蔵品DBは、情報の共有による発見を促進するとともに、無用の手間を省き、あらたな知見の受け皿となるのです。

ヘッダ画像:川瀬巴水「東京十二題 品川沖」(東京国立博物館) 出典:ColBase https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-9104

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