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祖母が亡くなったのは、今から20年ほど前のことで、私が大学生の頃でした
葬儀に来た親戚や町内会の方の対応で、目まぐるしく過ぎていった日々もひと段落したある日
心にゆとりもできて、ようやく私たちは、だれもいなくなってしまった家を片付けることにしました
祖父もすでに他界して20年ほどが過ぎていました
誰も住まなくなったこの家をどうしたらよいものか?
仏壇はどうするか、家財をどう処理するかなど、山積みの問題を一つ一つ片付けていかなければなりません

祖母の家は山の中腹にありました
少し歩くと断崖の向こうに太平洋が広がり、きれいな自然の中にある家でした
祖母は亡くなる間際までとても元気で、バスも通らないこの山道をせっせと歩いていた近所でも有名なおばあちゃんでした
体調が悪くなって一週間ほどあっという間に亡くなってしまいました
せっかちな人らしい最期だったと思います

祖母は貿易商の家に生まれ、豊かな家で育ったそうです
ですので、遺品の整理をしていると、割といい着物や帯が目立ちました
ちゃんと管理されていて、大切にしていたことがうかがえます
さらに、私たちを喜ばせたのは、漬けていた漬物や、らっきょうなどが見つかったことでした
これは間違いなく祖母の遺した食べもの
祖母が用意した最後のごちそうでした

さらに、台所に近い戸棚を整理していたときのこと
「わっ!!」
母が、声を上げました
何があったのか?
私と姉は、駆け寄りました
母の手の中にあったのは、一つのフィルムケースでした
なんとも言えない表情の母
中を見ると、まだ現像されていないフィルムが残っているのです
祖母が生前、写真に撮っていた何かが、このフィルムの中に残されているのです
それほど写真が好きな人でもありませんでしたから、ますます何を撮っていたのか気になります
「友達と一緒に過ごした一枚かな?」
「体調の異変に気付いた祖母が、人生最期の日常を撮っていたものかもしれない」
「現像するのを忘れていたかもしれないから、元気な時代のものかもしれないね」
など、祖母を亡くした悲しみを少しでも埋めようと、どのように生きたのかを少しでも知りたい思いに駆られました
すぐに母は、この写真を現像に出しました
私たちは、緊張と不安と一緒になった気持ちで数日を過ごしました

そして、現像されて出てきた写真を見て、私たちは驚きました
写真には、庭に植えられている満開の八重桜がいっぱいに写っていました
16枚ほどだったでしょうか
近くから撮ったもの、遠くから撮ったもの、
全て、八重桜の写真
残念ながら、祖母の姿はありませんでした
しかし、祖母が庭に咲いた満開の八重桜を、どんな気持ちで見ていたのかを想像すると、胸が熱くなりました
山の中腹にある小さな家に一人で住む祖母が、庭にある八重桜が満開になったことを、うれしい気持ちで見つめていたのでしょう
待ちわびた春を、一人感動して、写真に収めた祖母の思い
遺されたフィルムを現像して、自然とともに生きた祖母を感じることができました

センスオブワンダー
自然の命に感動して、その素晴らしさを知ること
何気ない日常でも、私たち教師が大切にしたいものに触れることができた出来事になりました

                           三浦健太朗

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