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#05 虹色の朝陽 生い立ち 幼稚園未就園の記録

大変だった療育探し


2歳8ヶ月の頃から幼稚園未就園児クラスへ通っていた息子も、入園して2ヶ月が経ち市役所の子育て相談室へ発達の相談へ行きました


発達相談で突きつけられた現実は「発達に問題があるかもしれません」という臨床心理士からの一言でした。


↓詳しくはこちらの記事をご覧ください。

そんな私たち家族はいくつか役所で紹介された児童発達支援事業所(療育を受ける場所)を探す事になりました。


児童発達支援事業所を探しても現実は「どこも空きが無い」予約が取れても3、4ヶ月待ちという厳しい現実です。

(ちなみに、お電話取れなかったのではなく私の居留守です・・)



第一希望の療育先は予約するも3、4ヶ月待ちでした。この時の私は焦りしかなく、あまり周りの事が見えていなかったように思います。


早く療育先を探して少しでも周りの子においつきたい、きっと今なら間に合う、みんなと同じように来年は年少さんに進級して「なんだ!ただ成長が遅かっただけじゃん」って、そう思えるはずだって。

変に意地になっている私もいました。

少しずつ単語も出ているし、きっとみんなに追いつける。そう思っていた私は、どこの療育先に連絡しても予約待ちや空きがない状況で気持ちが焦る一方でした。


私が見ていたのは目の前にいる息子じゃなく、成長しているであろう 未来の息子の姿でした。そんな私はいつになっても、ありのままの息子と向き合えないままでした。


幼稚園誕生会が辛かった


これは3歳になった朝陽の幼稚園誕生日会での様子です。

息子が未就園児クラスに通っていた幼稚園は、長男や次男も通っていた幼稚園だったのですが、この幼稚園の誕生日会がとっても派手なのです。


誕生日月の子供たちがとにかく主役で、保護者の方も必死。誕生日会が始まる時間前に 体育館前に並んでベストポジションをとって、我が子の晴れ舞台をしっかりビデオや写真におさめようと、時にはビデオカメラを三脚に立て そして手には大きな一眼レフをもち(これぞ二刀流)撮影の準備万端な状態で誕生日会に参加される保護者もちらほら・・・


時に我が子の誕生日月じゃなくても、クラスのアルバムを作るためにアルバム隊の保護者が張り切って誕生日会に参加するほど賑わいます。体育館内は身動き出来ないほど人でいっぱいです。


子供たちも 前日から豪華な衣装を選んで、当日ステージで発表する内容を練習しています。誕生日会は 子供にとっても親にとっても盆と正月が一気に来たような本当に一大イベントでした。

ステージまでのレッドカーペットが用意されていて、みんなに祝福されながらステージまで歩きます。一列になってステージに並んでステージにも発表する場所に立派なパネルが用意されています。パネルが立派に装飾されておりそこで一人一人発表するようになっていてるのですが、子ども達は1年に1度の本当に主役になれる日です。



私も、この幼稚園の誕生日会は長男の時も次男の時も楽しみでした。


好きな食べ物なんですか?とかお名前と何歳になりました?とか年齢によって内容が違います。年長さんにもなると将来の夢やお父さんお母さんへメッセージを発表したり、親もステージ上の子供の成長が嬉しくて嬉しくて涙涙の感動の誕生日会なのです。


そしてそんな豪華な誕生日会を我が家の息子も経験する事になるのですが…もちろん発達障害のある息子にとってはそんなのハードルが高すぎる一大イベントなのです。無理ゲーです。


本当に無理に決まってると私はどこか諦めていました。


まず、感覚過敏で衣装が着れない。なので なるべくシンプルな衣装に動物のカチューシャ・・・。


え?でもちょっと待って。カチューシャなんて付けれるわけないやん先生・・・!って「もうお願いだから余計な装飾して息子を不機嫌にしないでー」と祈りながら当日息子の様子を見守りました

8月29日
今日は誕生日会に来て頂きありがとうございました。衣装もなんとか着ることが出来てみんなで入場ができましたこれからも朝陽君の事で相談させていただけたらと思います

(連絡帳より引用)

いざ入場という場面では息子はまっすぐ歩いても来ません。まっすぐ一列になって入場するどころか、お友達の間に割り込んで自分のペースで先頭の方へズンズンと歩いて行ってしまいました。(↓先生が3人がかりで見ています)


私は あちゃー・・・と思いながら見守っていましたが、ちょっと斜め後ろくらいから他の保護者から視線を感じるんです。

(あの子・・・あのお母さんの子どもだよね・・・)


聞こえない声が私には聞こえてきます。


私はずっとうつむいたまま。参加していた誕生日会も 気づいたら既に息子がステージ中央にスタンバイしていて「あ!次の番だ!」ってあわててカメラをまわして息子の姿を撮影しました。



息子と同じクラスの子は、ステージ中央に立ったらお名前や年齢を発表していましたが、当時の息子は発語無しだったのでそんなの言える訳がありません。


この大勢の観客の中で、息子に発表させるなんて酷だろう・・・と思いながら、私はすでに目には涙が溢れていて、うまくビデオカメラをまわせませんでした。


次第にこらえようとする涙がポロポロとまらなくなってきて、溢れる涙に 周囲から気づかれないよう必死にカメラで自分の表情を隠し、発表できない息子の姿を見守りました。


息子はどうしたかというと、息子の横に先生が3人もついてくれていて、それだけで会場がちょっと変な空気になっているのが私には分かりました・・。


息子の横についてた先生が息子の耳元で何か言って指示を出します。そのあと別の先生が軽く手を挙げて準備オッケーですの合図を司会の先生へ出しました。


すると、司会の先生が息子の名前を呼びました。息子はというと これまた先生と噛み合わない微妙なタイミングで「はぁーい」と手をあげて、返事をしたかもよく聞こえないような声で息子は返事をしました。


どのタイミングで拍手をしたらいいのか分からない観客席の保護者達。司会の先生は会場を盛り上げようと「はーい、元気いっぱいにお返事することができましたね〜!」と言って下さいました。


でも


その全てが私には虚しかった。



「全然元気いっぱいじゃないし、全然出来ていないじゃない」



誕生日会が終わったらすぐに、他の保護者にも分からないタイミングで私は会場を後にしました。そんな私は一人になった瞬間、我慢していた涙が一気に溢れて、これでもかというくらい涙を流しました。


人間こんなにも涙って出るだって…

もちろん嬉し涙ではなく

悲し涙でした


どうしてうちの子だけ、、、、。


その日仕事から帰ってきた夫に、誕生日会のビデオ撮ってきたよと伝えましたが、夫はその場でビデオを見ませんでしたが、私がいない時に ビデオをこっそり見たであろう形跡が残っていました。


この誕生日会が、初めて我が家の息子が、大勢の人の目に触れる行事でした。この後も次々に色んな行事で息子は悪目立ちします。誕生日会に続き 運動会 発表会・・・私はいつもそんな悪目立ちする息子に背中を向けてばかりでした。


今となれば、もっともっと、ありのままの息子の姿を受けとめてあげれたらよかった。


時間は戻ってきません。沢山の後悔ばかりです。


療育 選ぶ基準が分からない


息子が 市の発達相談へ行った時に、臨床心理士の方から発達の問題を指摘されたのですが、その時に療育が受けれる場所をいくつか紹介していただきました。

(詳しくは過去の記事をご覧ください)


発達相談に行った日から療育探しが始まりました。私はこの児童発達支援所にまず見学をと思っていたのですが最初に探したのは支援員さん探しでした。


役所から紹介されたのは相談支援事業所と児童発達支援事業所です。ざっくり簡単に説明すると

相談支援事業所…相談員さんをこちらで探します。療育を受けるにあたって色々と計画案を作ってくれたり日々の悩みを聞いてくれたり助言をくれたり担当の相談員さん(支援員さん)と二人三脚で子育てしていくイメージです。

児童発達支援事業所…障害のある子ども達や診断がなくても発達の遅れがある児童に対して支援をしてくれる場所です。医療型や保育型などいろんなタイプの事業所があります


それまで長男次男と普通に子育てしてきましたが、相談支援事業所なんて言葉聞いた事もなかったですし、もちろん利用した事もありませんでした。

役所からはその事業所の一覧表を渡され、右も左もわからないし相談する人もいない状況なので、最初からつまずく親御さんも多いんじゃないかなと思います。


私は、一覧表を頂いた時に 、役所の方へ「どこの事業所に頼めばいいですか?」と尋ねました。役所の方は「えっとーこことかどうですかねー」という感じでいくつか絞っていただきました。


結局私もよくわからないままいくつかの事業所へ連絡することに。事業所に連絡をとってから、面談をするために日程を決めたら自宅のほうに支援員さんが面談に来て下さったと記憶しています。


この事業所の方が自宅に来て面談をして、児童発達支援へ通う計画書というものを作成してくれました。面談では息子の1週間の生活スタイルを聞かれてそれに答えたり、週に何回療育へ通うかなどを相談しました。


事業所の方は児童発達支援での様子をヒアリングしてくれたり、年度の途中にモニタリングといって計画案に対してどれくらい息子が達成しているかといった感じで計画案の見直しなどをしてくれます。



私の場合は、この計画案というのは、相談支援事業所(支援員の方)に作成して頂いてるのですが、これは地域によっては親が計画案を作るセルフプランもあるそうです。


地域によって対応は様々なようですが、とにかくどこの事業所を選べばいいのか分からない!


せめて食べログのようにこの事業所は星3つとか星5つとか・・・・なにか参考になる評価サイトがあると私たち親も悩まずに済むのに・・・でも、その前にそんなに児童発達支援も沢山ないといった現実にぶつかるのです。

第一希望の場所に空きがなかったので、我が家は別で見学に行った場所に空きがあり、申し込みをして9月に契約を終えました。



我が家の息子が通ってきた児童発達支援。時々どこに通っていましたか?というご質問をいただきます。


↓ラジオ2021年5月の放送で詳しくお話ししております


本当に療育探しに困っている方のお役に立てればと思いお話ししています。




そして息子朝陽はこの頃から単語が少しずつ増えてきました。「おかあさん」と言われた記念日を忘れていたけれど、日々の何気ない日記にこういった子どもの成長記録が残っていたりします。

みなさんも良かったら手帳やSNS、ブログでもいいのでお子さんの日々の成長記録を残してみてください。

受給者証を取得


3歳の誕生日を迎えてから児童発達支援に通所することになりました。

児童福祉法による障害児を対象としたサービス「児童発達支援」を利用するためには、「通所受給者証」というものが必要となります。

 

私の場合は相談支援員の方から受給者証の手続きをしてくださいと教えていただいたので、わりとスムーズに申請できたかなと思っています。

 
受給者証にはサービス(療育)を受けれる日数などが記載されています。

 


 子どもや保護者の状況だったり環境。家庭からの利用意向などをふまえて受給者証の申請時に審査が行われて、ひと月に使える日数の上限が受給者証発行の際に決定しました。

 

 その時の定められた範囲内でその子に必要なサービスなどの利用計画が立てられます。

 

 受給者証が届いてから、児童発達支援のサービスを受ける契約を結ぶような流れだったと記憶しています。(契約を結び受給者証の手続きをされる方もいらっしゃいます)

 

療育スタート 


療育へ行き出したのは3歳0ヶ月の頃でした。幼稚園未就園児クラスへ入園してから4ヶ月後の事です。

 息子が3歳を迎えてすぐに児童発達支援(療育)へ通い始めました。当時は幼稚園未就園クラスにも通っていたので、毎日幼稚園へ通いながら週に1回が療育に通所する日になっていました。


 当時の1日の流れをご紹介すると、児童発達支援にはだいたい朝9時くらいにに送迎して、療育では朝の会→制作活動(戸外活動)→給食→帰りの会→お迎えまで自由時間。一時くらいにお迎えに行くようになってました。

 

また個別の言語訓練が30分行われていて、どこかのタイミングで部屋を移動して言語訓練を行います。

▼療育の様子はこちらの動画でご覧ください

▼戸外活動の様子はこちらをご覧ください


▼言語訓練の様子はこちらをご覧ください



▼療育での3年間の成長はこちら


当時3歳の頃の息子の支援目標や課題には

 

①楽しく言葉を出せるように支援します
②特性を見極めルールや時間を守れるように支援します
③集団活動への参加を促しながら、みんなと一緒に集中出来る時間を作っていきます
④家族と協力しながら、その時々に応じた支援を行ます

といった計画内容を立てて頂きました。

 療育に行き始めた頃は環境の変化に戸惑っていた息子は、毎回療育に行きたくないと泣いて通所させるだけでも大変でした。

 3歳から行き始めてますが、4歳くらいまでの1年間は 療育へ行く事を嫌がる日もしょっちゅうで道路に座り込んだり無理矢理抱っこして連れて行った李、教室に連れていくと息子は泣きながら私を追いかけてくるので、なかなか仕事に向かえず、私もそんな泣きじゃくる息子を置いていくのが辛い気持ちもあり、ちょっとほっとする時間でもあり、複雑でした。

3歳の頃の息子は言葉の遅れがあったり、他にも気持ちの切り替えが上手く出来なくて、次の活動にうつれない事だったり、こだわりが強くていつも使っている青いイスに座らないと気が済まなかったり、癇癪を起こして頭を床にぶつけるような行為も多く見られました。


3歳の頃の息子は言葉が出なかったので、お友達とのコミュニケーションがうまく取れずに、お友達をつねったり、ひっかいたり、噛み付いたりなどのトラブルも本当に沢山ありました。

気持ちの切り替えに関しては、まずはどんな気持ちか理解することが大切だと思います。

 療育や家庭では絵カードを使う事で、気持ちがわかる事もありました。

 ▼使っているものはこちらです


集団生活で指示が通らない時は耳から情報を得る事が難しかったので、こちらも絵カードを使うと効果的です。

事前に何をするのか見通しがつくように目でも分かるように、絵カードを使って説明したり、1日のスケジュールなど流れを伝えると、パニックになりにくいのです。

パニックや困りごとを無くしていくためには、周囲のサポートが必要不可欠でした。

 

目で見て理解できるように、家庭や幼稚園や療育で絵カードを使う事によって少しずつ集団生活が遅れるようになってきました。

 

▼使っていたものはこちらです
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絵カードは種類も豊富でお勧めです

  

気持ちの切り替えがうまくいかず癇癪を起こす時は、終わり時が分かるようにストップウォッチを使って音が鳴ったら終わりという事を先に伝えて、息子が心構えが出来るように先生も工夫してくれました。

 

他にも3歳の頃から6歳までに使っていたものをユーチューブでご紹介しています。

運動会の練習に参加できない


息子が3歳1カ月くらいの頃幼稚園の運動会が行われました。もちろん初めての運動会です。

 

本番当日、息子は一人で運動会に参加出来ないので補助の先生が終始つきっきりでした。         

 


 運動会の練習が始まると幼稚園からは、今日はどんな練習をしたのかや、息子がどんな様子で練習に参加したのかを詳しく連絡してくださいました。

 

 発達障害のある子どもの中には、運動会シーズンになるとイライラが増えたりする子も多いと聞きます。


 

 集団活動を送るのが難しかった息子はなかなか運動会の練習に参加できない日もあれば練習を抜けだして一人だけ遊具で遊び出す日もあったり…癇癪をおこして運動場に寝そべる日、運動会の練習へ行きたくないと泣く日もある。

 

発達に問題のあった息子にとって運動会の練習はとてもストレスを感じる日々だったと思います。

 
我が家でも長男次男の時の運動会の映像を見せたりして、イメージを持ってもらうように工夫をするもののなかなかうまくいきません。

 
それでも、かけっこの練習で1番になれた日があったり、倒れても泣かなかずに頑張った日もあります。息子の頑張っている嬉しい連絡があると、私はとても嬉しかったです。


先生たちは息子が少しでも運動会に参加できるように息子の立ち位置にラミネートされた息子の顔写真を置いて、立ち位置が自分で分かるようにと工夫してくださいました。


そして次はどんな事をするかわかるように、プログラムの流れがわかる順番のカードも準備してくださいました。

 


 たった一人の為に先生方は色々と工夫してくださったのに、私は全て園任せで、結局私は息子のために何かしてあげれただろうか?

 

…正直何もしてあげれていなかったと思います。


今となれば、もっと息子のために何か出来たかもしれないと反省する事もたくさんあります。


そして運動会本番当日。
幼稚園からは朝陽君の集中力が切れないようにお母さんは朝陽君が気づかない場所で見ててもらえますか?とお願いされました。

 

私は息子が気づかない遠い場所にある物陰に隠れて運動会に参加する息子を眺めていました。


息子が出るプログラムは、開会式・かけっこ・ダンス・親子体操の4つです。

息子が療育を始める前の幼稚園誕生日会の入場では、息子は列を乱してどんどん前へ歩いて行き順番に並んで前に進む事すら出来ませんでした。

 
そんな息子も運動会の行進ではみんなと並んで歩く姿が見られ少しの成長も嬉しく感じます。

 

補助の先生も朝陽につきっきりでサポートしてくださり感謝の思いでいっぱいです。

 

かけっこは息子も大好きだったので、練習の時から幼稚園でも頑張って練習していたようです。連絡帳や、園から頂いた写真を見ても、息子が楽しくかけっこをする様子が分かり、息子にも好きな事があるのだと大変嬉しい気持ちでいっぱいでした。


演目のダンスでは、息子の普段の様子からはみんなと同じようにダンスをする事が本当にできるのだろうか?と私は全く想像できませんでした。

本番当日、案の定息子はダンスを1度も踊りませんでした。それどころか息子は肩をゆすりながら、最初から最後までずっと泣いていました。

 


補助の先生がずっと横にいてサポートしてくださいましたが、その場に立っているのがやっとで、他の子は楽しく踊っているのに踊れない息子を遠くから見ているだけで…私も目頭が暑くなり、胸がしめつけられて、何も出来ない自分自身に涙が溢れ出てきました


プログラム午前の部の最後に親子体操がありました。親子体操どころではなかった泣いている私に気遣い親子体操は夫が参加してくれました。

 

その時間にはダンスの時に泣いていた息子も落ち着きを取り戻して、大好きなお父さんと親子体操を楽しんでいました。みんなと一緒にダンスを踊れなかった息子も、大好きなお父さんと一緒の親子体操はとっても嬉しそうでした。

 


みんなと同じようには出来ない事もたくさんあったけど、途中で泣いてしまう事もあったけれど…息子が一生懸命頑張った初めての運動会でした。

 私も息子の前では泣かないようにと決めていましたが、やはり嬉しそうにメダルを持ち、こちらに向かって微笑む息子の姿を見て…やっぱり私は 涙が止まりませんでした。

参観に行く勇気がなかった


3歳2ヶ月の頃に幼稚園では参観が行われました。参観といってもお店屋さんごっこを見学するという程度の参観です。

このお店屋さんごっこは、長男が幼稚園へ通っている頃にも一度見た事があり、子どもたちが可愛い衣装を来てお店屋さんになりきるので、親としてもそんな我が子を見たいという気持ちもありますしカメラでの撮影が大好きな私としては息子の姿を写真におさめたい…そんな気持ちもありました。

 

でもそれ以上に息子の姿を見に行くのが怖かったです。

他の保護者からの視線もそうですし、息子の現状を知るのが怖かった。療育へ行き出して2ヶ月・・・何も成長した様子もない、何も変化しない毎日に焦る一方でそんな変わらない息子の姿を見るのが辛かったのです。

 

でも、幼稚園で撮影された息子の姿はとても楽しそうで、お母さんどうして見に来なかったの?見に来て欲しかったんだよ!って、言葉は出ないけれどそう言っているようで、この日の参観を見に行かなかった事をずっと後悔しています。

 私はこの時、息子の心を満たしてあげれませんでした。

何も出来ないと思っていた私、息子の成長を諦めていた私、他の子と比べてばかりいた私。ありのままの姿を受け入れるのには時間が必要でした。

お店屋さんごっこを見ることはできなかったので、家で一緒にこどもチャレンジの教材を使ってドーナツ屋さんごっこをして遊びました。

 成長スピードはゆっくりだけど色んなことに興味を持って成長していく朝陽の姿から私もいろんなことに気付かされるようになっていきます。

3歳児健診は聴覚検査が出来ない


発達障害の息子が1歳半の頃に一歳半検診を受けたのですが、一歳半健診では言葉の遅れを相談して要観察という結果でした。
(1歳半健診の様子は過去の記事でご覧ください)

 

 私も3歳までは特に言葉の教室だったり相談室に行く事もなく、3歳目前まで何もしなかったわけですが、1歳半検診よりもハードルの高い内容の3歳半健診がやってきました。

(気軽に相談ができる人→夫のみです)

 

3歳検診は、尿検査に、視力検査に聴覚検査と内容も色々あって、時間もかかるし集団健診だったので落ち着きのない朝陽を連れて行くのが憂鬱でした。

 

待ち時間は長くて待てないだろうし、検査はできないだろうから わざわざ行く意味があるのだろうか・・・。とにかく行く前からどうやって欠席しようか?と考えていました。

 

検診へ行くと 案の定 人が多すぎて、順番を待てない息子は会場からもちろん脱走します。私も追いかけて座らせるのに必死で動き回る息子のせいで 他の親子の邪魔になってしまったり、注目の的になって変な汗はかくし、その場にいるだけで体力消耗してしまいました。

 
もう限界だと思い 保健師さんに「すみません、、、この子 発達相談に行って 今療育に行ってます」と伝えると「あ、じゃあ別の場所で待ちますか?」と言われ、私たち親子は隣の誰も使用していない部屋で二人だけで待つ事になりました。

これが現実なんだなって思いました。集団になじめていない私たち親子。だから今私たちは今ここに皆とは違う部屋に2人きりでいるんだなって。

 

それが現実です。


順番がきたので視力検査や聴覚検査をしましたが、視力検査はまずルールが分からない、、、。穴があいているところどれかな?にも反応しません。

 

検査不可能です。

 

 

視力検査に使われる穴の開いた一覧からあのCの文字を見せて どの方向があいてるかな?って聞かれても、まず指差しもしない子に出来るわけがない。右とか左とか知ってるわけもない。会話もできない息子にとってはハードルが高すぎる検査でした。

 (↓要観察 ことばの遅れ・・何と書いてあるかさえ分からない)

聴覚検査ですが、この検査方法は囁き声で「うさぎはどれ?」と子どもに聞いて子どもがうさぎを刺したらOKとされる検査なのですが、これも息子はイヤイヤで全く受けようとせず、保健師さんからは紹介状を出しますと言わレ、後日紹介された耳鼻科で個別に診断うけられてくださいねと案内されました。


最後の問診の時に医師から「あらー?検査できなかったのかな?」と言われて、何か言おうとしてる先生の言葉を遮るように「現在息子は療育へ行ってます」と私は伝えました。

 

とにかく、ぐずる息子を連れて 早く帰りたくて仕方なかったのです。話も短く切り上げたかったしこの場で相談する気も全くありませんでした。

 

先生もその話を聞いて「あ、ならいいや」という対応をされました。その胎動は、(おかあさんも、もう分かっておられるですね)という言葉が隠れているようでした。

その頃は、まだ診断は出ていませんでしたが、子供が療育に行っているってことは、それなりの発達の特性をもっているんだなって、ちょっとした覚悟もありました。集団検診の中で 、息子が発達に遅れをとってる事も 客観的に冷静に見れました。

3歳児検診は母親にとって 一つの子育て分岐点になるんじゃないかなと思います。

 

その健診から何を思い、そこから子どもとどう向き合っていくか・・・大きな分かれ道のような気もしています。

 

 

どんな道にも正解はないけれど「子どもの成長は 親が気づく事から支援が始まる」それが早かったとしても、たとえ遅かったとしても、親が子どもを支援していこうと思ったら、子育てに早い遅いなんてない。

 

 

サインに気づき そこから子どもとしっかり向き合う事が大切なんだと息子の子育てをする中で大きな学びとなりました。

 

私は今やっと母親になれた気がしています。


トイレトレーニングの記録


息子のトイレトレーニング 事情についてお話します。発達障害のある子のトイレトレーニングは障害の程度によってやり方も異なりますので特性に合わせながら…という感じになると思います。

↓トイトレの方法についてはこちらの記事に詳しく書いてます。トイトレの記録表もダウンロード出来ますので良かったら使ってみてください。

こちらの写真は3歳8ヶ月の頃の写真ですがまだオムツがとれていませんでした。2歳8ヶ月からトイレトレーニングを始めてオムツが取れたのは4歳の誕生日をむかえた頃です。

 言葉が出なかったので気持ちを伝える時は絵カードを使います。

6月7日 園より
トイレトレーニングが少しずつ出来るように園でも声かけをしています
今日はパンツを履きたがらず1日オムツで過ごしています

(我が家で使っていた絵カードです)

 

幼稚園未就園児クラスに入園した2歳8ヶ月の頃はオムツからパンツに履き替えるのも嫌がり、もちろん先生が「トイレに行こう」と言っても行きませんでした。

 ▼そんな時に使っていたのは絵カード

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機嫌がいいと幼稚園ではパンツで過ごし家ではオムツで過ごす生活です。家庭では私に余裕があればトイレへ連れて行くのですが。ほとんどオムツで過ごしていました。

初めて一人で成功したのは3歳2ヶ月目前の頃でした。しかし毎回出来るわけではなくたまたま成功しただけ。進んだと思えばまた振り出しなんて当たり前です。

10月26日 園より
最近園でもトイレでおしっこができるようになっています
(家庭でも発射と言ってトイトレをしていました)

 幼稚園のほうでは息子がトイレトレーニングを楽しめるように、沢山絵本を読み聞かせしてくださいました。幼稚園で息子が気に入っていた本を2冊先生から教えて頂きました 。

私も保育士をしていたので絵本の読み聞かせの素晴らしさは理解しているつもりです。

でもそんな時間もなかったし「読んでも反応してくれない」と私が勝手にそう思ってた。親がこの子はこうだって決め付けている事沢山ありますよね。私も息子は絵本が好きではないと思っていました。読んでも聞いていないと思っていました。でも違うんです。

 

私が勝手にそう思ってただけで、絵本を読んであげようとしてなかっただけ 。


 私のこれまでの保育士経験 子育て経験からお勧めの絵本です。10分スマホをみている時間があれば息子にどれか1冊でいいから読んであげてって3年前の私に伝えたいです。

 

子どもには「言葉」を教えるのではない。

 

親子の楽しい時間から言葉を習得するし、子どもが「伝えたい」となった時にきっと言葉が出てくるはずです。


ユーチューブ動画でご紹介している本はこちらです↓

未就園初めての発表会


通っていた幼稚園では発表会が毎年2月に行われます。それに向けて11月より少しずつ練習が始まりました。

11月2日(園より)
今日は楽器遊びをしました。
前で発表している友達を見て、早く楽器を叩きたい様子の朝陽くん。
順番を守って待つ事が出来ていました。

11月10日(園より)
今日は楽器遊びをしている時に太鼓を叩きたいと
アピールしていた朝陽くん
太鼓を叩くととても嬉しそうにしていましたよ

幼稚園では少しずつ待つ事も出来るようになってきていましたが、いつも出来るわけでもなく、必ず出来るとは限りませんでした。

当時の私は「どうせ息子には出来ない」「どうせ楽器なんて出来ない」「どうせ変に目立つだけだ」そんな事ばかり思っていて、息子が楽器を楽しんでいる事を嬉しいとも感じない苦しい時期でした。

 

私には息子の気持ちがよく分からなかったのです。


園では座って待てるとは書いてあるけれど、私と一緒に外出する時は追いかけ回すのに必死で、息子が5分でも待つた為にはスマホが必須でしたね。

発達障害と診断された息子の初めての発表会当日。

 

当時2歳児クラス(未就園児クラス)では簡単な表現を交えた合奏とお遊戯を発表をしました。幼稚園行事になると 周りの子と同じようにできない息子はステージで目立ってしまうので発表会もドキドキしながら見守りました。

最初の登場シーンから息子が出てこないというハプニングもありましたがしばらくしてからステージへ登場し何とか発表会に出ることが出来ました。

四か月前の、何も踊らなかった幼稚園の運動会の時に比べると息子なりに決められた場所にしっかりと立って発表会のステージでは頑張って息子なりに表現していました。

クラスのみんなとは同じタイミングで同じように踊れませんでしたし、お友達みたいに同じように楽器を扱う事は出来ませんでした。みんなと同じように返事も出来ませんでした。でもそれが現実です。

 でも成長した所も沢山あります。息子が動き回らずただステージにいるだけでも大きな成長で息子がみんなと一緒に踊ろうとする気持ちが見えただけでも大きな成長なのに、それなのに、そんな息子の成長を私はしっかり認めてあげれていただろうか?と後から反省する事も沢山あります。

みんなと一緒じゃなくても、完璧じゃなくても、息子の発表会までの頑張りをもっともっと褒めてあげたらよかった。頑張ったねともっと抱きしめて息子の心を満たしてあげればよかったと、とても後悔しています。

 子育ては長いようであっという間です。どうか目の前にいるお子さんの成長を沢山褒めて認めてあげてほしいと思います。私の子育て失敗の経験からこの記事を読んでくださっているみなさんへお伝えしたいです。

↓YouTubeでもエピソードをご紹介してます。


↓続きのエピソード#06はこちら


サポートはお気持ちだけで十分嬉しく思っています。いつも応援本当にありがとうございます。