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人それぞれの感情表現

小さな時からほとんど犬と暮らしてきた
その子達が亡くなった後、その度に私は号泣し
抜け殻のようになった

お別れが近いと知らされたときから
その時のことを考えるだけでどうしていいかわからず
抱きしめて泣いたこともある


私がこんなに悲しいのに
家族は私のように悲しむことなく
いつもと同じように過ごし
いつまでも泣き悲しむ私を離れて見ている

それが淋しかった
どうして悲しまないのか不思議だった
そんな思いしかあの子たちにはないのかと落胆した



小さな子犬から育てた子は3匹

『ポメラニアンのごんべ』は、家族の都合で途中から一緒に暮らせなくなった
別れる日、家を出ようとする私が散歩に行くものだと思ったのか
付いてきて離れようとしなかった
どうしてもそれを振り切ることができずに
ごんべが寝ているすきに、そっと玄関の戸を閉めた
駅までの道、電車の中とずっと涙が止まらない

そして数年後、5歳という年齢で亡くなったと知らされる
あの時連れて行くことができなかった自分を責めた
もっともっと幸せにしてあげられなかったことが悔しかった

そして、ごんべを悲しむ人は他に誰もいなくて
ごんべがその後どうなったかも誰も知らない

ごんちゃん ごめんね
今でも申し訳ない気持ちでいっぱいだよ
私の自慢だったんだ、それなのに本当にごめんね


『ヨーキーのスリーピー』は、手のひらに乗るほど小さい時に私のところにきてくれた
ごんべと別れた後の私を見かねた友人が引き合わせてくれた子
小さいのに勇気ある子、どんな大きな犬も恐れずシッポを振って近づき、
スリーピーが見えなくなるほど大型犬に囲まれても嬉しそうに走っていたね

スリーピーは留守番させることが多かった
だけど休みの日には母と弟と3人でよく出かけたよね
小さなバックにチョコンと入って、旅行もたくさんした

元気の塊のような小さなスリーピーは、突然具合が悪くなり
ある日もう長くないかもしれないと獣医さんに告げられる
動物病院を出た私はひと目も気にせず泣いた
お願いだから連れて行かないでと全ての人に物に願いたかった

それから数カ月後
仕事をしている私に先に帰宅した母から連絡が入る
「様子がおかしい、獣医に連れて行った方がいい?」

獣医さんから「もう出来ることはない」と告げられたと
2度めの電話での母は淡々としていた

急いで帰り支度をし、途中何度も家に電話で確認しながら
早く早くと気ばかり焦りながら家に向かっている途中
あと15分位ってところで、3度めの母からの電話
「今 息をひきとった。頑張って待ってたけど」

走った とにかく走った
母は床を拭いていた
涙はなかった
ただ床を同じ場所をゴシゴシ拭いていた

まだ温かいぐったりしたスリーピーを抱きしめて
悲しいも淋しいもわからない状態で号泣していた

翌日は日曜日
母も弟も一緒にスリーピーの側に居てくれると思っていたのに
「前から決まっていたことだから」そういって母は同窓会へ
「俺もキャンセル料かかっちゃうから」と弟はデートで舞台を見に出かけて行った

スリーピーの側で相変わらず泣いている私をおいていった
どうして同じ家族なのに、そんなことが出来るのか理解できなかった
こんな悲しい時に楽しい場所に出かけるなんて許せなかった


「ミニチュア・シュナウザーのロイ」は、犬の居ない生活に耐えられずに迎えた子。
貴族みたいな子だね という母の言葉からロイと名付けた(ロイヤル)

母と私は再び犬と暮らせる日々が楽しかった
スリーピーより大きくなり力も強いだろうと心配していたけど
ロイはとても優しい子で母と散歩するときは走ったり引っ張ったりしない
私と散歩するときは力いっぱい走りまわった
弟がリードを持つと1歩も歩かないという偏屈なとこもあったけど

母が認知症となり様々な行動をとっても、寝たきりになっても
ロイは優しくいつも母の側に寄り添っていた
母が亡くなった後は母の位牌の前が定位置となり、変わらず側にいた
そして母の初めての月命日にロイは母のところへと旅立っていった
母が亡くなったあとロイも認知症となり夜鳴きがひどく一晩中抱いて外を歩いたこともあったけど、私が崩れるのを心配し1ヶ月間側にいてくれたんだと思う

長く長く介護していた母を
続けてロイを送った私は、もう生きている意味さえなくなった
だから母もロイもしっかり見送ろうと思っているのに、
淋しくて淋しくて…私が動かない限り静まり返る部屋の空気が耐えられなくて、寝ることもできず食欲もなく、できることは泣くことだけだった

弟は、母の時も、ロイの時も
悲しんではいたが、泣くこともなく毅然としていた


同じように家族として暮らしてきた犬たち
スリーピーもロイもハナコも
私はこんなに泣いたり淋しがったりするのがおかしいのか
そう思ってしまうほど、母も弟も悲しんでいる様子が見れず
冷たい人たちだなと感じていた

こんなに感情を表に出して泣きまくる私から離れるようにしている
敬遠してる? 疎ましい? 面倒くさい?
そんな風に思っているんだと感じた


あれから本当に長い時が経った
それなのにあの時の母や弟の表情や行動、言葉まで鮮明に覚えている

我慢できない私がおかしいのか
といっても我慢がきくような感情や涙じゃなかった

でもふと思い出した
スリーピーの時は
 同窓会に出かける前に母はよく散歩した道や公園に行き、タンポポなどの花を箱いっぱいになるほどに摘んでスリーピーの周りを飾ってくれていた
 デートから帰ってきた弟は大きな花束を買って帰ってきた。その花束は眩しいほどにカラフルでスリーピーっぽかった

ロイの時は
 弟は仕事の予定を変更してまで火葬場に私とロイを連れて行ってくれた
車からロイを下ろす時、思いのほか重くてヨタヨタする私を見て、大切にロイを抱きかかえてくれた
その後、ロイが戻ってくるまでの長い時間ただ黙って一緒に待っていた


今になって心の中にわだかまっていたことが解けた気がする

母も弟も犬たちとの関係がそれぞれあり
思い出も私と全く同じわけではない

だからお別れの悲しみも淋しさも同じじゃないんだ

まして、私が直接的に感情的に号泣しているので
しっかりしなくては!と自分の気持を押し殺していたんじゃないか

私は一緒に泣いてほしかった
一緒に淋しいと口に出してほしかった
でも、お別れの悲しさは家族だからといって同じじゃない

母や弟はお別れを悲しむよりも先に
私を支えなくては…という気持ちになっていたのかもしれない


私も年齢を重ね
そして月日が流れたことによって
やっと気づけた

ハナコのお別れを通して
同じような感情の人がいることも知った

『私だけじゃない』ことが心強く
『人それぞれ』なことがやっと理解できた


家族となり毎日一緒に暮らし
楽しみ、励まされ、慰められ、勇気をくれたペットと呼ばれる小さな家族

どんなに時がたっても忘れることができない思い出をくれた
そして予想もできなかった出会いも与え続けてくれている

ジュディ、ごんべ、スリーピー、ロイ
そして ハナコ
今でも会いたいよ、話したいことがイッパイあるよ

待っててね、会いに行く日まで


今日も一日ありがとう


***3月新商品準備中&ワクワクなにかもあるよ
Lokilarum(ロキラルム) Handmade,Ordermade SHOP
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