Hello hello!

小川洋子さんのエッセイの一ページが映し出されたスマートフォンの画面に、突然Hello hello!の文字が現れた。文字と共に現れたアイコンを見やり、誰だったかと確認する前にはもう文字と画像は画面上部に吸い込まれ消えていた。

予想もしないときに予想もしないものを見たときの人間の処理能力の遅さと言ったらない。通知を再度確認し、それがまぎれもなくRからのメッセージだと気づくまでに三十秒ほど要しただろうか、しばらく思考停止した頭の中が疑問符で埋め尽くされようとしたとき、ようやく私はメッセージアプリを立ち上げた。

Rはイギリス出身で、私が高校生の時、舞台芸術を教えながら世界を旅する集団の一人して日本に滞在していた。私は彼らが行うワークショップの参加者だった。その時の私は英語もおぼつかなかったはずなのに、きっと何かで意気投合したのであろう私たちはFacebook上で友達になり、その数年後に彼女の住むロンドンで再会した。まだスマホも持っていなかった頃である。ロンドンの地下鉄駅前で合流は無理なのではないかと涙をこぼしかけたときに手を振って現れた彼女と、豆がたっぷりのヴィーガンブリトーを食べ、夜のロンドンを散策した。先ほどまで背中を丸めてお邪魔しますといった風情でロンドン観光を決め込んでいた日本人が、ローカルのRが隣に立っていることで自身も生粋のロンドンっ子だと言わんばかりに足取り軽く夜の街を歩く。天真爛漫なRの優しいイギリス英語が三月の風に乗って泳いでいったあの夜。雨上がりの橋から見たテムズ川。何年も思い出していなかった情景が、Rの名前を見ただけで勢いよく駆け巡ってゆく。

メッセージは「ハローハロー!今あなたのことを考えていたよ。最近どう?」という簡潔なものであった。私は現在フィンランドでパートナーと子供と三人平和に楽しく暮らしていることをこれまた簡潔に書き、そちらの様子はどう?という一言を添えて送信ボタンを押した。ネイティブの返信は早い。彼女は自分も楽しく過ごしていること、子供に教える仕事を楽しんでいることを即座に打ち込み、それに対して私がもたもたと返信を打っている間に矢継ぎ早に質問を送って来るのだった。子供の名前は?いくつ?今何してるの?次から次へとやってくる質問にも答えを打ち込んでいたら、エッセイかのような長さの返信になってしまったが、気にせず送る。互いに教育に携わっているということを知った私たちは、教えるとは良いものだねえ、こちらの方が教わることが多いよねえ、と月並みながらも本心を語り合う。

私は英語のWhat do you like?という表現が好きだ。What do you like about Finland?はフィンランドどう?という日本語での質問と微妙に、しかし明確に異なる。どう?に対しては楽しいだとかぼちぼちだとか答えるのであろうが、その段階はスキップして、あなたの生活の具体的な様子をあなたの目を通して教えてよ、と言われている気分になる。こんな機会でもなければフィンランドにいる自身の心地よさを言語化しようとは思わない。人差し指であごの骨をトントンと叩きながら書きたいことを整理する。

「フィンランドに来て、日本にいる時よりもシンプルに生きられるようになった気がするよ。ここではエンタメや刺激が少ないけれど、その分大切な人との時間や自然との繋がりを強く感じるし、それが私を幸せにしてくれている。日本にいた時も持っていたはずのものなのに、日本では見えていなかったものがたくさんあった。フィンランドはシンプルで飾り気のない机という感じで、私は持っているものを時たまその上に並べて眺めて、なんてたくさんの素敵なものを持っているんだろうと感心する。この時間は日本ではなかった。この国のそんなところが好き。伝わるといいのだけど。」

書くのに十分もかけてしまった。比喩を用いた表現は、相手に同じ景色が見えるかいつも不安だ。Rはしばらくののち、こう返してくれた。"I felt so pure, simple, natural, and above all, connected."

間違いなく伝わった。

その後私は彼女にも生活はどうかと尋ねたが、返信はなかった。しかし全く気にならない。気が向いたので気が向いたことを聞き、その返事に満足してくれたのだろう。こんなとき私はかなり楽天的である。なぜなら私もそんな一人で、自分から連絡したのにある程度会話の吹き出しが連なったら満たされるような、言い換えれば食べたかったはずのものを一口二口味わって食べたら満足して残りはどうでもよくなってしまうような、そんな特性を持っているからだ。そんな私だから思い立って連絡をくれたのではとまで思うのはいきすぎだろうか。

さて、きっと彼女と再び会話するのはまた数年後になるのだろうと私は確信している。そうであってほしいとすら思う。何年後か、彼女が例えばフィンエアーの機体を目にしたとき、もしくは私がビッグベンの写真を目にしたとき、Hello hello!とメッセージを送る相手として存在し続けたいし、存在し続けてくれるだろう。


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