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20XX年のゴッチャ その41

 デイリー・ブリーフィング
 
「ウイルスは入手したのか?」
 オーバル・オフィスと呼ばれる執務室で定例のデイリー・ブリーフィングを一通り聞き終えるとマイク・ベン大統領がマキシーン・ウイラード国家情報長官に尋ねた。
 
「いえ、まだです。しかし、近日中にWHOからCDCやファイザー、モデルナ等に渡される見込みです。彼らもアメリカとイギリスの製薬会社が頼りですので」
 
「分かった。中国はもうワクチン開発に着手したと考えて良いのだな?」
「その可能性は高いと思っています。しかし、アメリカ企業程能力は高くありません。動きは速いかもしれませんが、これまでと同じように効能はそんなに期待できないでしょう。コロナウイルスのADE株ワクチンはまだ誰も開発したことがありません。勿論、一部で研究は進んでいましたが、実物の新型コロナADE株にお目に掛るのは初めてになりますので、やはり、アメリカ企業に一日の長があると思われます」
 
「オーケー。必要な資金援助は惜しみなくやるようすぐに指示するつもりだ。話は変わるが、北朝鮮最高指導部発の通信量がほとんど無いというのはどう評価する?」
「現時点では何とも言えません。そうした状況は珍しい事ではありませんので。しかし、封じ込め作戦が始まり自分の国が中国軍に事実上占拠されつつあるというのに、帰国以来ほぼ音無しというのは変です。水面下の動きに韓国の国家情報院も注目しています」
ウイラード長官が応えた。
 
「下々の事は気にも留めないという事では無いのか?」
「この非常時にそれはやはり奇妙だと思います。メモには書きませんでしたが、金正恩総書記が特別機で北京を離れる少し前に、別の車列が特別列車から北京空港に向かいました。誰が乗っていたのか確認できていませんが、その車列の一行はまた別の飛行機に乗ってパリに向かいました。車列は格納庫の中に入った為すぐには分かりませんでしたが、その後、当該格納庫から出た航空機は空飛ぶ救急車と呼ばれる医療用のチャーター機であることが分かりました。北朝鮮の要人の誰かが医療上の必要からパリに向かった可能性が高いと見ています」
「彼ら一族のメンバーや高官がパリで治療を受けた例は過去にもあったと記憶しているが…?」
「その通りです。チャーター機の一行がその後、何処に向かったか追跡調査中ですが、同様の事が起きている可能性は高いようです。国情院も、この健康問題を気にしています」
「しかし、再確認するが、金正恩は平壌に帰国したのだな?」
「その通りです。今は平壌に居るはずです」
「金正恩の音無しの構えと関係はあるのか?」
「それは十分可能性があります」
「分かった。引き続き情報収集を頼む」
 
 封じ込め作戦が順調に推移し、金正恩総書記が平壌で恐らく指揮を執っている以上、この健康問題が大勢に影響するとは考えにくかったが、タイミング的に気になる情報であることに違いない。場合によってはフランスの奴らを問い詰めるとするか…ベン大統領はそう考えていた。
 
「他には?」
「今日のところは以上です」
「では、また明日」
 
 この日のデイリー・ブリーフィングは終わった。
 
 北朝鮮での封じ込め作戦はこの日も順調に推移した。トラブルの報告は何処からも無かった。
 
 
***

これは近未来空想小説と言うべき作品である。
当然、全てフィクションと御承知願いたい。
 
©新野司郎
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