20XX年のゴッチャ その91

 地震波


 
 20XX年四月三日午前十時五十八分頃、北緯42度2分、東経129度3分の地点から生じた特異な地震波を、日本の気象庁やCTBTO・包括的核実験禁止条約機構など関係機関が観測した。
 
 震源の深さはゼロ・キロメートル、気象庁の観測ではマグニチュード5・1~5・3と推定された。自然の揺れではない。震源地が豊渓里の実験場に当たること等から北朝鮮が核実験を強行したと判定され、その報は直ちに世界に伝えられた。
 
 メトロポリタン放送始め各社はすぐに速報スーパーを流した。
 
 マグニチュードから推定される爆発の規模はTNT火薬に換算して10キロトンから20キロトン相当と見られ、これまでの経緯から、北朝鮮が小型の核爆弾の爆発実験に成功した可能性が高いと見做された。
 
 実験場近くの日本海上空では核実験監視用のアメリカ軍機、コンスタント・フェニックスが観測を続けていたが、実験で生じるキセノン等の放射性物質は2009年以降の実験の時と同じく捕捉できなかった。北朝鮮は実験抗の封鎖も上手くやったらしい。
 
 この時点では、使われた核物質がプルトニウムだったのかHEUと称される高濃縮ウランだったのか不明だった。
 
「北朝鮮が今朝、核実験を強行した模様です。公式発表はまだありませんが、日本時間の先程十時五十八分頃、北朝鮮北東部の豊渓里の核実験場付近で人工的な揺れが観測されました。揺れの規模からTNT火薬換算で10キロトンから20キロトンの核爆発があったものと推定されています。
 総理官邸前から中継です。向井さん」
 
 メトロポリタン放送のカット・イン報道特番が始まった。
 
「北朝鮮による核実験強行の報は直ちにここ総理官邸に伝えられ、その後、外務・防衛の閣僚や関係者が次々に官邸入りするなど、こちらは慌ただしい動きが続いています。間もなく、馬淵総理が官邸の記者団の前で声明を発表する見通しです」
 
 総理官邸担当キャップを務める政治部・向井孝比呂記者がレポートを始めた。ベテラン記者に相応しく話し振りは冷静だ。
 
「今回の実験強行について官邸筋は記者の囲み取材に応じ、『豊渓里の実験場で不審な動きが続いていたこと等から、実験そのものについては大きな驚きは無い。しかし、封じ込めが上手く行っているとは言え、ADE株警戒と中国による北朝鮮支援がなお続いているこのタイミングで核実験に踏み切った狙いが良く分からない。この暴挙がADE株の監視などに悪い影響が出ないと良いが、まだ、先は読めない』と困惑を隠しませんでした。
 また、大陸間弾道ミサイルの実験にも踏み切る恐れはないのか?という記者の問いには『現時点では何とも言えない』と応えました。いずれにせよ、日本政府としましては、アメリカや韓国等関係各国と連絡を取りながら分析を続けると共に、今後の対応を協議するものと…」
 
 すると話の途中でスタジオのキャスターが割って入った。
 
「向井さん、馬淵総理が今、カメラの前に現れました。切り替えます」
 
「北朝鮮が核実験を強行したことは、国連安保理決議に明白に違反しCTBT・包括的核実験禁止条約の精神を踏みにじる行為であります。まさに国際秩序に対する挑戦としか言いようがありません。加えて、ADE株に係る現在の状況を鑑みれば、これこそ暴挙であり、愚行であると断じざるを得ません。唯一の被爆国である我が国としてはこれを許すことは到底出来ず、最大限の非難をするものであります」
 
 馬淵総理が厳しい表情で声明を発表し始めた。原稿は手にしていないようだ。総理は続けた。
 
「日本政府の対応としましては、先程、官邸内に北朝鮮のよる核実験対策室を立ち上げました。そして、関係閣僚・部局に対し、情報収集と分析の鋭意継続と関係各国との連携強化、国民への遅滞なき情報提供などを指示致しました。間もなく国家安全保障会議も開催し、アメリカや韓国などと協議の上で、厳しい対応を決めていく所存です。
 実験による放射性物質の漏洩などは現時点では観測されておりません。警戒を緩めるわけではございませんが、国民の皆様はどうか通常の日常生活を続けて頂きますようお願い致します」
 
 総理は声明を発表すると質問には応えず、記者団の前を後にした。
 
 メトロポリタン放送の特番ではキャスターが再び向井記者に呼び掛けた。
 
「向井さん、今、総理の声明がありました。日本政府は具体的にどのような対応をすることになるのでしょうか?」
 
「はい、日本政府としては、まず、自衛隊等による関連データの収集と解析、分析を続けながら、アメリカや韓国などと情報交換を図ることになると思われます。また、アメリカが中心になると思いますが、国連安保理での非難決議を目指すものと思われます。
 更に、北朝鮮に対する制裁につきましては、やはりアメリカと連携しながら、核開発に関わる北朝鮮の組織や個人への制裁強化を打ち出す可能性があります。
 一方、北朝鮮でのADE株監視にどのような影響が出るのか、こちらは当分、現地の動き、状況を注視し続ける以外に有効な手段は無さそうです。私からは以上です」
 
「はい、有難うございます。続いてアメリカ政府の反応です。ワシントン支局の山村記者です。山村さん、お願いします」
 
「はい、こちらでは先程ホワイト・ハウスのウェブ・ページにアメリカ政府の声明が発表されました。
 その中でアメリカ政府は『北朝鮮の核実験は安保理決議違反で受け入れられない。最大限非難する』等と断じています。しかし、今のところ、型通りの非難の域を出るものではないようです」
 
 日米のトーンには微妙な差があるようだ。時差の関係でアメリカはまだ深夜、ホワイト・ハウスは本格的に稼働していないからかも知れなかったが、レポートを見ながら菜々子はそう思った。
 
「北朝鮮の核実験は近いとの見方はこちらにもかねてからありまして、ワシントンの北朝鮮問題専門家は、仮に実験が強行されても『それが直ちに新たな脅威になることは無い。実験だけなら、アメリカ政府は黙殺するだけかもしれない』と極めて冷静でした。また、北朝鮮への制裁については『既にこれ以上ない程課せられている。追加できることは限られる』と同じ専門家は述べていました。アメリカ政府の型通りの反応は、こうした現実を踏まえたものではないかと思われます。
 ただ、この後にミサイル実験が続くのか、或いは、別の政治的な策動になるのか不明ですが、北朝鮮の次の手に注目しているようです。ワシントンでした」
 
 韓国政府の反応は日本とやや似ていた。日本も韓国も地理的に近い分、アメリカより神経質になるのは当然だった。また、過去の核実験時と同じように、在韓米軍と韓国軍は北朝鮮監視態勢レベル、ウォッチコンを引き上げた。
 
 しかし、韓国政府は日本との連携には言及せず、実験はプルトニウムを使った弾頭の小型化に成功していることを改めて示したとの見解を表明したことが目を引いた。
 
 中国政府の反応は微妙だった。核実験に関する公式な報道はまだなく、新華社が北朝鮮北東部で地震を観測したことを伝えただけだった。
 
 特番中の中継レポートで、北京支局長の岩岡は「水面下で中国政府筋は不快感を顕にしています。現在も支援を続けている中国政府の反対の意向を無視して北朝鮮が実験を強行したことは、首脳会談で大規模支援を決めた『習近平主席の顔に泥を塗る行為に等しい』からです。中国政府は、今後の展開次第では一転して北朝鮮の締め付けに掛かる可能性もあります」と報告した。
 
 放送が一段落すると菜々子は北京・岩岡、ソウル・棚橋、ワシントン・山村にメッセージを送った。次の動きがどうなるか探るようにという指示だ。同様の依頼を桃子にもすると同時に、日本政府筋の知り合いにも探りのメールを入れた。
 
 しかし、分かったのは核実験を続けてやる準備を北朝鮮はしていないこと、ミサイル実験を直ぐにやる兆候は現時点では見られないが、明日以降は分からないということだけだった。
 
 
***
 
これは近未来空想小説と言うべき作品である。
当然、全てフィクションと御承知願いたい。 
 
©新野司郎

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