オーフ・ザ・レコード物語;20XX年のゴッチャ その127 完結編-中

 

成就


 
「スクープです。
 北朝鮮の金正恩総書記が、肝臓病の治療の為、今年春にパリで長期入院していたことが分かりました。二月の中朝首脳会談直後に、わざわざパリに極秘裏に向かい、現地の外科病棟に長期に亘って入院していた事等から、専門家は肝臓移植手術を受けた可能性が高いと見ています」
 
 週明け月曜日の夕方、メトロポリタン放送のメイン・ニュース番組が始まった。遂に、あの取材結果を放送する時が来たのだ。その前の昼のニュース番組で僅か30秒程だったが、このネタの放送を事前告知していた為、既に大変な注目を集めていた。
 
「先週、クリスマス・イブの夕方、平壌で伝説のロック・ギタリスト、エリック・クラプトンの特別公演があった。私達、メトロポリタン放送報道局は、この場に居た一人の若い女性に注目した」
 
 本編のVTRが流れナレーターの音声がこう説明する。
 
「特別席に並んで座る金正恩総書記と雪主夫人、総書記の兄の正哲氏の斜め後方に座るこの若い女性だ」
 
 コンピューター画像処理で、この若い女性に画面がズーム・インする。目と鼻、耳以外にはモザイクが掛けられ、顔の全体は分からないようになっている。
 
「この女性は別の場面でも映像に映っていた。それがこれだ」
 
 画面は総書記一行の会場到着シーンに移る。
 
「会場入りした総書記の後ろに続く雪主夫人と並んで歩く同じ衣装の若い女性、明らかに同一人物だ。
 韓国の聯合通信は、国家情報院筋の情報として、コンサートには金正恩総書記の末の娘も同行したと伝えたが、我々は、雪主夫人と並んで歩くこの女性こそが末娘であることをその後の取材で確認した」
 
 この確認情報は桃子と棚橋がそれぞれ裏を取ったものだった。
 
「そして、この女性の存在を、以前にも全く異なる意外な場所でも、我々は何度も目撃していた」
 
 VTRはパリの取材に移る。
 
「ここはパリの同時多発テロの惨劇の舞台となったバタクラン劇場前、今年2月に同じくエリック・クラプトンの公演があった時の映像だ。
 会場に入る人の流れの中にも、この若い女性は居た。彼女はヨーロッパのドイツ語圏にある国際学校で同級生達から『北のお姫様』と呼ばれていた。この時点では、『北の御姫様』というその綽名以外、詳しい情報を我々は掴んでいなかったのだが、しかし、更に別の場所でもその姿を捉えていた」
 
 画面は再び別のシーンに移る。
 
「後ろに見えますのはパリの中心を流れるセーヌ川の南側にある総合病院の外科病棟です。あちらの病棟に、北のお姫様と呼ばれる女性の姿がありました」
 大友の顔出しレポートだ。当時、撮影したものだ。
「北のお姫様と呼ばれる女性は、あの外科病棟の12階のバルコニーに何度か姿を見せました。そこには特別病室があります」
 
「そして、暫くして、驚きの映像を我々は遂に捉えた」
 
 ナレーションが繋いだ。
 
「今、再びお姫様がバルコニーに姿を現しました。そして、誰かを手招きしています。あ…かなり年上と思われる男性が病室から出てきました。平服の女性と異なり、病服を身に纏っています。周辺の取材から、この人物が極めて重要な人物である可能性が高いことが分かっています」
 
 顔出しは無かったが、VTRには撮影直後に吹き込んだ大友の抑え気味のレポートが入っていた。メトロポリタン放送の報道局フロアーでも、全員、固唾を呑んで見守っている。
 
「この男性は誰なのか、そして、どうしてここに居るのか、我々は取材を続けた」
 
 音声は再びナレーションに切り替わった。
 
「入院中ということもあり、この男性の顔形は相当やつれて見える。しかし、北朝鮮の金正恩総書記か兄の正哲氏の可能性があると我々はみて、顔の画像を鑑定した」
 
 VTRはいよいよ佳境に入る。
 
「映像に映る三人は画面右から金正恩総書記、パリの病棟の男性、そして、兄の正哲氏だ。コンピューター処理で画像をそれぞれ重ね合わせてみると、肉付きは異なるが、病棟の男性は、総書記と符合する。個人の特定に重要な役割を果たす目と鼻、耳の部分を切り出して、その位置関係をAIで鑑定すると病棟の男性と総書記の顔は97%の確率で同一と判定された。
 100%にならなかった理由について、AI鑑定の担当者は、『目尻の位置と鼻の高さがほんの微かながら異なっているからのようだ。人間の目で見ても肉付きが大分違うようなので、AIはそれを考慮したのだろう。ただし、鼻と耳の位置関係は完全に同一と判断している』と述べている。一方、正哲氏との同一性は僅かに35%だった」
 
 顔貌鑑定絡みの説明がなお続く。
 
「頭部の全体画像を立体的に撮影して鑑定できなければ、100%の判定を得ることは不可能だった。これが、我々がこれまで放送を躊躇った理由だ。加えれば、中朝首脳会談終了後、金正恩総書記は帰国し、国内に居ると見られていたからだ。
 しかし、平壌でのクリスマス・イブ・コンサートに、パリの病院で目撃された『北のお姫様』が雪主夫人と連れ立って歩く姿が映し出され、我々の取材でも、この女性が総書記の末娘であることが確認された。故に、一緒に居たパリの患者はもはや総書記本人しかあり得ないと最終判断し、放送に踏み切ったのである」
 
 ナレーションが続く。
 
「念の為、パリで撮影された北のお姫様とコンサート会場の若い女性の画像をAI鑑定した結果は99%同一という判定だった。97%と99%一致する顔貌の二人のコンビがこの世で他にも存在する可能性は無いと言って良い」
 
 総書記は平壌にいた筈というアリバイはお姫様の確認という新たな証拠によって崩れたとメトロポリタン放送報道局は判断したのだ。
 
「この頃、北朝鮮では、二月の中朝首脳会談を受けて、新型コロナウイルスのADE株封じ込め作戦が進行していた。順調に推移していたとはいえ、そんな時にも係わらず、何故、総書記はパリの病院に入院していたのか?」
 
 VTRの音声はこの後、大友の声にまた切り替わった。
 
「二人の男性が連れ立って病院の敷地内を歩いています」
 
 映し出された二人の顔にはモザイク処理が為されている。山瀬の肩口にセットされた小型カメラの映像だった。
 
「一人はヨーロッパで著名な肝臓外科医で、生体肝移植の権威、大学の教授も務めています。もう一人は弟子でもある中堅の肝臓外科医です。今、二人はあの患者が入院している外科病棟に入っていきました」
 
 VTRの音声はまたナレーションによる説明に戻る。
 
「しかし、二人は総書記と思われる人物が入院していた総合病院の勤務医ではなかった。自分の大学病院や個人クリニックでの診療をこの時期休んで、わざわざあの外科病院に詰めていたのだ。これに先立ち、我々は、総書記が重いアルコール性の肝臓病を患い、深刻な状態だったという未確認情報を得ていた。肝臓病の専門医に尋ねてみた」
 
 音声はある日本の肝臓病専門医の電話インタビューに変わる。音声のトーンは変えてある。
 
「一般的に言って、重い肝臓病患者が外科病棟に入院する場合、肝臓に出来た癌病巣を部分切除するか、癌か肝硬変でどうにもならなくなった肝臓を生体肝移植手術で、他の人の健康な肝臓と取り換えるのが殆どと言えます。そして、担当の医師が生体肝移植の専門の外科医の方で患者が長期入院していたのなら、移植を受けたと考えて良いと思います。成功率は極めて高いです。早ければ一ヶ月程でも退院可能です。半年以上経ってお元気ということでしたら手術が成功したのは間違いありません」
 
 またナレーションに戻る。
 
「アルコール性の肝硬変の場合、内科的治療で入院することもあるが、その場合、外科病棟に入る可能性は低く、主治医も内科医になるのが普通だとこの日本の専門医師は言う。我々は、更に、昨日、あのパリの患者の担当だったと見られる肝臓移植の権威と言われる大学教授を電話で直撃した」
 
「教授、北朝鮮の金正恩総書記への生体肝移植手術についてお尋ねしたいのですが、コメント頂けますか?」
 
 声はパリ支局のベルナールのフランス語だ。訳スーパーが画面に出る。
 
「我々、医師には患者の秘密保持の義務があります。そういう質問には一切お応えすることができません。さようなら」
 
 音声のトーンはこれも変えてあるが、パリ第二十一大学医学部のアラン・パスカル教授だ。慌てた様子は全くない。いつかこのような質問が来ることを予期して準備していたに違いなかった。そして、否定もしなかった。虚偽のコメントをする訳にもいかなかったのだろうが、事前にDGSE・対外治安総局と擦り合わせもしていたのだろう。
 
 VTRは締め括りのコメントに入った。
 
「確認を求めた我々の取材に対し、フランス当局は沈黙を貫いている。しかし、日本政府筋は『そのような情報が存在することは承知している。確認作業を続けている』とコメントした」
 
 長いVTRが終わり、画面はスタジオに戻った。秋から夕方のメイン・キャスターは公共放送出身の神林和美にバトン・タッチされていた。
 
 VTRの締め括りの言葉は、ベルナールがフランス当局に放送の仁義切り、即ち、事前通告をしたことを意味していた。そして、ルークが日本の官邸幹部に通告し、コメントを引き出していたのであった。
 
「続いてワシントンから宮澤アメリカ総局長の解説レポートです」
 
 神林が振った。ワシントンの現地時間は月曜の夜明け前だったが、クリスマス自体は終わっていたし、アメリカ政府の対北朝鮮政策担当者達は休みをほぼ取らず仕事を続けていた。
 
「ワシントンです。アメリカ政府の北朝鮮政策担当者は昨夜の私共の取材に対し、『そのような情報は存在する。しかし、これ以上、コメントは出来ない』とオフレコを条件に述べました」
 
 菜々子の生中継レポートが始まった。その担当者がジェフなのか別の人物なのか、放送を凝視し続けていたルークにも分からない。
 
「北朝鮮政府が、今回の私共の報道を公式に認める可能性はまずありません。フランス政府も同様と思われます。しかし、アメリカ政府筋と日本政府筋は、金正恩総書記がパリで生体肝臓移植手術を受けたという情報を既に入手していることを事実上認め、否定しませんでした」
 
 菜々子の勝利宣言に等しい…、この後、各社がどんな風に追走してくるかが見物だ…、ルークはそう思っていた。
 
「宮澤さん、金総書記がフランスで手術を受けたというのは米朝交渉にどんな影響を与えたと考えられますか?」
 
 神林が尋ねた。所謂、生掛け合いの始まりだ。菜々子が応える。
 
「金総書記が、わざわざ外国で移植手術を受けなければならなかった程健康状態に問題があったという事実は、最近の北朝鮮政府の行動に大きな影響を与えたと考えられます。
 北朝鮮政府は、かつて一度も見られなかったような姿勢で対米関係の改善に乗り出し、かつ継続していますが、その背景には、総書記が生命の危機に瀕した結果、本人の総書記始め兄・妹が一致して、対米関係を改善して政権の安定と国の安寧を今のうちに成し遂げ、次の世代に引き継ごうとする強い意志があるからだ、こう指摘する声があるのです。そして、アメリカ政府もこうした事情を把握した上で対応している節があるのです」
 
「すると、つまり、米朝交渉の先行きはかなり期待できるということになりますか?」
 
 神林が更に尋ねた。
 
「対米関係改善を一挙に目指した動機の真相は現時点では勿論定かではありません。ただ、こうした見方が正しかったとしても、それは同時に、例えば、アメリカとの平和条約を締結し、もはや攻撃を受ける恐れは無くなったと彼らが感じる前に、抑止に不可欠な核戦力を、彼らが完全に手放す可能性は無いとうことも意味します。北朝鮮が目標とする次世代にも安心して繋げられる政権の安定と存続が確保される前に核を完全に手放すことはないのです。
 ということは、つまり米朝交渉の山場はまだ先なのです。当然予断は出来ません。ただ、これまでと同じように北朝鮮が柔軟で真剣な対応を続けるならば、アメリカや日本など関係各国も同様の対応が必要になります。別の言い方をしますと、CVID・完全で検証可能で不可逆的な核廃棄の達成を平和条約締結より先行させることにアメリカが拘泥すると、交渉は最後の段階で結局行き詰まる恐れが高いと言えるかもしれません」
 
「と言いますと、北朝鮮の核保有を認める必要があるということでしょうか?」
 
 極めて重要なポイントについて神林が再び尋ねた。
 
「いえ、公式にそれを認めることは考えにくいと思います。もしも、そのような事態となれば、周辺で、所謂、核ドミノ現象が起きる心配も生じます。そして、この核ドミノ現象に対しては中国も激しく反発するでしょう。
 他方、現実に核を保有しているものの正式な保有国ではない国は他にも存在します。そして、北朝鮮が核兵器を既に保有しているのも紛れもない事実です。この点をどう処理し対応するか、米朝交渉の最後の難関になると思われます。ワシントンからお伝えしました」
 
「有難うございました」
 
 スタジオには外交評論家の簗瀬衛と客員解説委員の木原桃子が出演していた。
 
「今、宮澤総局長のかなり先まで踏み込んだ解説をお聞きなって、簗瀬さん、日本政府としてどうするべきとお考えになりますか?」
 
「うーん、非常に難しい問題ですよね。ただ、はっきりしているのは朝鮮半島の今の緊張緩和の進展具合を日本政府はただ喜んでいる訳には到底いかないということだと思います。
 米朝の交渉の先行きはまだ難問だらけで、客観的に申し上げて、まだゴールさえ見えていない状態だと思います。しかし、だからと言って、最終的に北の核は僅かとは言え残り、拉致問題は置き去り、経済支援の請求書だけ回ってくる、などという事態を日本政府は何としても避けなければいけません。
 唯一の被爆国・日本の核アレルギーは強烈と言っても良いと思います。それなのに北の核の完全廃棄も拉致問題の全面解決も無しに、経済支援の御鉢だけ回ってくると政権は持ちません。世論も沸騰するでしょう。勿論、馬淵政権も外務省もそんなことは百も承知で、アメリカと様々なチャンネルを通じて連絡を取り合いながら間合いを図っていると思います。そして、日本にとっても正念場はもうすぐやってくると言えるのかも知れません」
 
「木原解説委員、北朝鮮の最近の対米軟化姿勢は真剣かつ真摯なように見えますが、この先も続くのでしょうか?」
 
「その可能性は十分にあると思います。特に金総書記と兄・妹が三人揃って、次の世代に、そして、その次の世代にも政権を安心して引き継ぎたいと考え始めて今の行動を起こしているとすれば、この先も真剣に対米交渉を続けると思います。勿論、どこかの時点で、取る物だけ取ってまた殻に閉じ籠る可能性も無いとは言えませんが、それも今後の対米交渉次第になるのではないでしょうか?
 ただ、今回のADE株封じ込め作戦に伴う中国と西側各国の支援で、北朝鮮の一般国民も、自分達と外の世界の違いを痛感している筈です。その国民感情を完全に無視して、元の殻に閉じ籠ると、国内でも政権の威信が揺らぐ可能性も否定できません。そして、頼れるのは中国だけにまた戻ります。
しかし、その中国も対米関係は悪いままで、国内の経済状況も決して薔薇色ではありません。そんな中国頼りには限界がある筈です。ですから、現在の交渉に当分前向きに対応する可能性は高いと思います」
 
 スタジオのトークはまだ続いていた。すると自室で放送を見守っていた矢吹の電話が鳴った。
 
「はい、矢吹です」
「矢吹さん」
「お疲れ様です」
「この放送なら中国政府の気に障る心配は無さそうですね。でも、王鶴さんがあんなに気にしていたのは何故だかやはり分かりませんね」
 声の主が言った。
「はい、問題になりそうな話には触れないよう指示してあります」
「それは?」
「大変申し訳ありませんが、電話ではあいにく…出来ればお目に掛ってご説明させていただければ…」
「そうですか、では明日11時に」
「畏まりました。宜しくお願い致します」
 会話は終わった。
 
 スタジオはADE株と核問題を巡るこれまでの北朝鮮と関係各国の動きを整理して伝え始めていた。ADE株出現といういわば世界中が竦み上がるタイミングを見計らって、肝移植と対米関係一挙打開を同時に目指して大胆に動き始めた北朝鮮のしたたかさを簗瀬は「これまでのところ見事と言うしかない」と改めて断じていた。
 
映像公開
 
「北朝鮮の金正恩総書記がパリで生体肝移植手術を受けたという日本メディアの報道について、国情院幹部は当該情報に既に接していることを明らかにした。
 国情院筋は当該情報を『現在も確認中である』としながらも、それを『否定する情報は無い』と述べ、当該情報が誤りではない可能性が高いことを事実上認めた」
 
 メトロポリタン放送の夕方ニュースが終わると間もなく韓国の聯合通信社がこのような記事を短く報じた。程なくして、日本の共同通信社も聯合通信社を引用する形で韓国政府筋の情報を伝えると共に、日本政府筋も同様の見方をしていると伝えた。夜7時のメイン・ニュースで、日本の公共放送も、肝心の映像は無かったが、総書記の資料映像を使いながら、肝臓移植手術を受けた可能性を伝えた。もう誤報扱いされる心配は無い。
 
 現地時間の朝7時過ぎ、日本時間の夜9時過ぎに開催されたホワイト・ハウスの記者懇談も、このメトロポリタン放送の情報で持ち切りになった。
 
「日本で報道された総書記の生体肝移植情報について、アメリカ政府の見解は?」
 古株のホワイト・ハウス担当記者が広報官に尋ねた。
 
 この非公式の記者懇談は、平日朝に頻繁に開かれているもので、現地ではギャグルと呼ばれている。記者達が広報官に矢継ぎ早に質問を浴びせ掛ける様子を、鳥が集まりぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる姿に見立て命名された。多くのメディアと対立した第45代大統領の時代こそ稀にしか開催されなかったが、ホワイト・ハウスの朝の恒例行事の一つであった。
 
「そのような情報が存在することは承知している。現在も確認作業中である」
 広報官が応えた。
 「米朝交渉への影響は?」
「特にないと考えている」
「北朝鮮の対外融和姿勢に影響を与えた可能性は?」
「アメリカ政府は現在も事実関係を確認中であり、そのような仮定の質問には応えられない」
 
 広報官はそれ以上の回答を拒否した。しかし、やはり否定しなかった。APやロイター、ブルームバーグといった世界的通信社も、直後にこのギャグルの内容を、慣例に従い発言者の名前を明らかにすることなく、速報で伝えた。ギャグルでのやりとりは午後に開かれるカメラ撮影可能な公式の定例記者会見で繰り返されることが多い。ホワイト・ハウス広報官が肝移植情報の存在をカメラの前で認めることは確実であった。
 
 その頃、メトロポリタン放送はネット攻撃に晒されていた。本社や報道局専用のウェブ・ページに大量アクセスが集中し、機能しなくなっていたのだ。国際取材部のネット通信用サーバーにも同様の攻撃が続いていた。
 
 メトロポリタン放送は攻撃を受けたサーバーを一時シャットダウンして、嵐が過ぎるのを待たざるを得なくなっていた。国際取材部のサーバーもシャットダウンされ、臨時サーバーが起動された。一斉大量アクセスは中国・南アジア方面から来ていたが、攻撃の背後関係は不明であった。
 
「よし、この際、映像を公開しよう。APとロイター経由で世界に配信する。直ぐに手配して」
 矢吹が国際取材部長の岩岡とIT・衛星班担当の大友に指示した。日・米・韓の政府筋がこぞって情報の存在を認めたことで、もう誤報扱いの心配は無い。むしろ映像を公開して、世界で大々的に報じて貰った方が良いという矢吹の判断だった。
 
「クレジットは勿論被せますが、使用期限は設定しますか?」
 
 大友が指示を求めた。全ての映像の片隅にメトロポリタン放送のロゴをクレジットとして被せ、出典を明らかにするのは当然としても、各社にいつまで自由に使わせるか尋ねたのだ。
 
「配信から48時間以内にするかな」
「分かりました。その条件で直ぐに渡します」
 
 各通信社の東京支局からは映像を配布するよう既に何度も要請が来ていた。大友は配信用素材を準備すると、使用は48時間以内、映像の加工処理は不可という条件を付けて、コピーを入れた媒体を直接取りに来るよう連絡した。凡そ1時間後にはAPとロイター通信のテレビ部門が映像を世界に一斉配信した。欧米主要メディアは、メトロポリタン放送の配信映像を使って、扱いはまちまちだったが、この肝移植情報を伝えた。日本の各メディアも、渋々には違いなかったが、ライバルのメトロポリタン放送のクレジット入りの画像を使って、夜ニュースから報じていた。
 
大勝利だった。

***

これは近未来空想小説と言うべき作品である。
当然、全てフィクションと御承知願いたい。 
 
©新野司郎
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