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20XX年のゴッチャ その59

 替え玉 
 
 本編割愛し先を急ぐ
 
 緊急措置
 
「主席、懸念された事態が起きたようでございます」
 翌水曜日の昼過ぎ、中国政府の中枢部・中南海にある習近平主席の執務室に片腕の劉正副主席が防疫・公衆衛生問題を統括する国家衛生健康委員会担当国務委員・趙龍雲を連れて駆け込み、報告した。
 
 いつものように表情こそ変えなかったが、主席は手を止め、やや甲高い声に微かに怒気を込めて言った。
「続け給え」
「丹東市の北方の寒村で小さなクラスターの発生を地元当局が覚知し、解析したところ、先程、ADE株が検出されました。
直ちに一帯を封鎖し、陽性者と接触者、及び近隣の住民は全員隔離致しました。治療薬の投与も始めております。丹東市全域の全面封鎖と全員検査も間もなく開始し発表致します。詳しくは趙が報告致します」
 劉副主席が畏まって伝えた。
 
「丹東の国境から車で小一時間程離れた村で老婆が昨夜発熱し、近くの診療所から報告を受けた市の衛生当局が採取した検体を調べたところ、ADE株に感染していることが判明致しました。同居家族や近隣住民、診療所の関係者などのPCR検査をしたところ、同居家族五人からも陽性反応が出ております。
 老婆の容体は自覚症状こそ発熱など軽微なものの、レントゲン検査の結果、肺炎様の症状が見られた為、集中治療室に運ばれたと先程追加報告が挙がってきております。
 他五人に今のところ強い症状はなく、通常の隔離病棟に入っております。それ以外に陽性者は現時点で見つかっておりません」
 趙が補足した。
 
「丹東市と隣接する地区も封鎖し、全員検査せよ。遼寧省全体にも外出制限を発布せよ。直ちに、だ」
 表情は全く変わらぬが、その声音から主席が極めて不機嫌になっているのが誰にでも分かる。
「仰せの通りに」
 劉正は直ちに壁際の電話を取り、指示を飛ばした。習主席はその様子を薄めでじっと見ている。
 
 劉正の指示が終わると主席が質した。
「その家の消毒と捜索は?不審な形跡は無いのか?」
「老婆以外の陽性者の事情聴取と家の捜索は現在進行中で、報告待ちでございます」
 劉正が応えた。
 
「それにしても何故、そんなところで…どういうことだ?」
 劉正が趙を見て発言を促す。
「ご疑念、ごもっともでございます。国境と隣接する地域ではなく、かなり離れた場所で小さいとは言えクラスターが発生したのは全く解せないところでございます。孤立事例だからこそ一層理解に苦しむところです。まるで飛び火したようでございます。
 丹東市中心部など国境沿いの住民や封じ込め作戦の要員に不審な症状の報告はありません。
 ご案内の通り要員は毎日、国境沿いの住民も週に二回の検査を受けておりますので、陽性者が出ればすぐに分かる筈でございますが、その報告はございません。
 また、その寒村の住民は外出規制が始まって以来、誰一人として村の外に出ていないのも確認済みでございます。村は補給ルートからも結構外れており、トラックなど車両や要員が立ち入るような場所でもないと存じます」
 
 劉正が補足する。
「一体、何が、いや、誰が持ち込んだのか、徹底的に洗い出す必要があると存じます。誰かが意図的になのか誤ってなのか、その村に立ち入っていないかどうか、解放軍がすぐに調査を始める手筈でございます」
 実際には解放軍の調査はこれからなのだが、劉正はまるでそれが既に動き始めているかのように報告した。
 
「徹底的にやって欲しい。これ以上、感染が決して広がらないように。そして、同じようなことが二度と起きないように。責任問題になるぞ」
 主席は最後の言葉に少し力を込めた。二人の肝が縮み上がる。
 
 嫌な予感を振り払い劉正が尋ねた。
「恐れながら、発表につきまして…」
「副主席はどうするのが良いと考えるのだ?」
 習主席が直ぐに逆に問うた。
 
「はい、封鎖と全員検査をする以上隠し通せるとは思えませんので、速やかに発表致します。その理由として丹東市の外れの寒村でクラスターが発生したことも。しかしながら、新型コロナウイルスのタイプについては一先ず調査中とするのが良いのではないか考えております」
 劉正が応えた。
「それでよろしい。とにかく、まず、これ以上拡大しないようにすることが最優先だ。その為にも、もう一つ、緊急措置が必要だ。
北朝鮮に入った要員やトラックなどの中国への再入国を停止せよ。封じ込め作戦は続けるし、必要物資の最低限の搬入も続けるが、帰国はひとまず全面的に休止せよ。そして、これについては発表の必要は無い。作戦は続くのだからな」
 習主席が言葉を慎重に選びながら命じた。
 
「承知致しました」
 二人はそう応えると、そそくさと執務室を後にした。やるべきことは山のようにある。
 
「それにしても、何故、そんな所で…」
 習主席は怒りを禁じ得なかった。
 
 その理由はすぐに判明した。
 
 感染した家族の娘の部屋の床下からある筈のない物が見つかったからだ。それはWHO調査団向けの生活用品と缶詰、そして、治療薬だった。言い逃れのしようがない。犯人探しが直ちに始まった。
 
 WHO調査団にも、念の為、拠点外での活動を直ちに一時停止するよう内々に中国政府は要請した。その理由の説明は燃料や物資の補給にルートに問題が生じ、再点検をする為であった。

***
これは近未来空想小説と言うべき作品である。
当然、全てフィクションと御承知願いたい。
 
©新野司郎
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