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20XX年のゴッチャ その50

  ベルン取材 
 
 スマホから映画・スター・ウォーズのダース・ベーダーのテーマ曲が流れ、大友祐人はジュネーブのホテルで目を覚ました。
 
 朝四時だ。血圧の高い大友にとって朝は苦手ではなかったが、それにしても早過ぎた。体は重い。
 
 のそのそと起き出すと、用を足し、バスタブのお湯の蛇口の栓を捻り、歯を磨く。そして、磨きながらスマホをチェックする。
 
 頭はぼーっとしていたが菜々子から届いた訳語を読む。
「当たりか…」
 まだ半信半疑だった。もう一度目を通す。
 
 ようやく脳味噌がフル回転し始めた。
「予定通りベルンに向かい、張り込みます。
また連絡します」
 取り敢えずそう返信するとペットボトルの水を飲み、風呂に入った。ざーっと湯が大量に溢れる。やる気も漲ってきた。身体を洗い、髭も剃り、手早く身支度を整えた。
 
「飯はどうしよう。やっぱり少しは胃袋に入れるかな…」
 朝五時半の出発予定まで二十分。流石にまだ腹は減っていなかったが、張り込み中にひもじい思いをするのは避けたかった。
 
 一階に下りるとレストランはまだやっていない。開いていたコーヒー・スタンドでカフェ・オレとクロワッサンを六個買い求める。
すると間もなくベルナールも来た。彼女もコーヒーを購入した。
 
「おはよう」
「おはようございます」
 大友が録音した中国語の会話の内容を説明するとベルナールも目を輝かせた。眠そうだった顔が引き締まる。
「さあ、行こう」
 大友はそうベルナールに声を掛け、連れ立って駐車場に向かう。今回は、それぞれ車を運転して、二台でベルンに向かう。
 
 ターゲットが前夜と同じ車で同じアパートから出てくれば良いが、そうとは限らない。
なので、一台より二台の方が良いだろう。大友はそう判断したのだ。
 
 運転しながら、三個目のクロワッサンを口に入れると、車内に再びダース・ベーダーのテーマ曲が響いた。今度は菜々子からの電話だ。大友は目覚ましのアラーム音と国際取材部長からの電話の着信音にこの曲が流れるようスマホをセットしてある。
 
「おはようございます」
 クロワッサンを無理やり呑み込むとイヤホン・マイクで応える。
「おはよう」
 菜々子の優し気な声が聞こえた。
「いきなりついていたわね。当てでもあったの?」
「いやー、ほんと偶然です。まさにデブも動けば棒に当たるです。ラッキーでした」
「ほんと?ラッキーだったわね。でも、大変良く出来ました」
 またお褒めの言葉に預かった。大友は気分を更に良くした。
 
「土曜日に学校が割れると良いのだけれど、いずれにせよ先は長いわね。騒ぎにならないように慎重に事を進めてね。また連絡してください」
「合点、承知の介です」
「よろしくね」
 
 菜々子との会話はひとまずこれで終わった。大友は四個目のクロワッサンを食べ始めた。
 
 菜々子が言うように確かに先は長い。学校を割り出しても、その後、北のお姫様を特定し、人定をしなければならない。そして、仮に、お姫様が金王朝の娘の一人だったとして、それが王朝の動きとどう関連するのか現時点では全く見当もつかない。
 
 蓋を開けてみれば、ニュースにならない可能性も十分にある。まだ、海の物とも山の物とも判然としないのだ。それでも、何か大きなネタが掴める可能性があれば、多大な費用とエネルギーを使ってでも取材する。それがメトロポリタン放送国際取材部の伝統になっていた。
 
 放送するに値する結果が出るまで上司にも全く報告しない秘密保持と少人数による隠密取材はルークが徹底し始めたやり方だ。失敗したらロスは大きい。それだけに一人一人の特派員の力量が問われる。
 
 当然、指揮官たる国際取材部長から現場への要求はきつい。特派員達のスマホで、部長からの着信音にダース・ベーダーのテーマ曲が使われるようになったのはルーク部長時代以来なのだった。
 
 国際学校
 
 出発からおよそ二時間後、大友達は張り込み現場に到着した。
 
 前夜確認した中国人女子学生が住んでいると思われるアパートの駐車場出入り口の前後に停める。路上駐車の車が他にもそこそこある為、見通しにはマイナスだったが、逆に車を停めていても目立たない。
 
 中央分離帯があり、出口からは右折しか出来ないのが助かる。大友は出口の後方に、ベルナールは前方でエンジンを止めて待機し、出入りする車をチェックする。エンジンを切って座っていると少し寒いが、ノイズで近所の人間や通行人に訝られても困る。車内のエアコンは寒さが我慢できなくなったら時々入れることにする。
 
 土曜日ではあったが、出勤時間帯とあって出入りは結構あった。しかし、昨夜と同じ車は出て来ない。
 
 張り込んでから小一時間程経った八時前、一台のセダンが出て来た。車の色が違うが、運転しているのは東洋人風の男性だった。大友にははっきり分からなかったが、後部座席に二人の女性が座っているようにも見えた。
「これかな?」
 ブルー・トゥースで繋いだベルナールに問いかける。車はベルナールのすぐ横を通過した。
「多分」
 ベルナールが応えた。
「追い掛けて」
 大友がベルナールに指示した。大友の姿を前夜の三人は間違いなく覚えているだろうが、ベルナールなら分からない筈だ。彼女の車が動き出し、後を追った。
 
 大友はベルナールが止めていた位置に移動し、出入りのチェックを続ける。前方からの方が見易い。駐車場の出入りの様子はサイド・ミラーで確認できる。
 
 およそ十五分後、前夜追跡したのと同じ車が出て来た。大友はミラー越しに気付く。横を通り抜ける際に確認すると運転席に一人だけ、母親と思しき女性が乗っている。他には乗っていない。
 
「さっきのがそうだな…」
 大友はベルナールにメッセージを入れる。
「どう?」
 運転中のせいだったのか、およそ二十分後、返信があった。
「車はベルン郊外の国際学校で二人の女の子を下ろして去って行きました。多分、レストランで会った子達です。どうしますか?」
「その辺りの不自然で無い場所で待っていて。
今からそちらに行くから」
「アパートの前の道をそのまま東南方向に進むと三十分強です。場所は検索すればすぐに分かると思います」
「了解。少しお待ちを」
 
 確かに検索すると学校はすぐに分かった。大友はナビに校名を打ち込み、そちらに向かった。
 
 勿論、学校に正面から取材を申し込むつもりは大友にはない。周辺を歩き回るつもりもない。テロ警戒が続く昨今、そんなことをして怪しまれると面倒になるのは確実だったし、その後の取材がまともに出来なくなる。ただ、車で学校の外見と周辺状況を確認したかったのだ。
 
 大友は学校に向かう途中、路肩に停まっているベルナールとすれ違った。自分は正門を通り過ぎる際、横目で学校を一瞥しただけで、その少し先をUターンして戻り、ベルナールと合流した。学校周辺に他の建物は無い。あれでは学校の出入りの張り込みは不可能だ。
 
 途中、ベルンの北朝鮮大使館前を通過して学校との位置関係を確認しながら、一旦、ジュネーブに戻ることにした。
 
 またもラッキーだった。中国人留学生を追う必要はもうない。筋が違うからだ。土曜日に登校した理由も分からないが、それも関係ない。
 
 学校の割り出しはすんなり終わった。まだ九時半にもならない。次はジュネーブで昼飯だ。
「今日はイタリアンでパスタをしこたま食べよう」
大友は様々なパスタを思い浮かべた。カルボナーラにボロネーゼ、ジュノべーゼにアマトリチャーナ、ペスカトーレ…、クロワッサンを六個食べて間がないのだが、もう腹が鳴った。
 
 菜々子には運転中に電話で簡単に報告を入れるつもりだ。その先の取材方針は昼飯の後に考え、改めて相談することにした。
 
***
これは近未来空想小説と言うべき作品である。
当然、全てフィクションと御承知願いたい。
 
©新野司郎
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