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20XX年のゴッチャ その53

 目撃
 
 日曜日の午後、丁度、大友が朝飯にげんなりしているのとほぼ同じ時間帯に、菜々子はいそいそと身支度を始めた。
 
 シャワーを浴び、入念に身体を洗うと、全身に保湿クリームを塗り、ミッドナイト・ブルーの真新しい下着を身に着けると、バスローブを羽織る。次いで、髪の毛を乾かしながら、少しずつメイクを施す。髪の毛はアップに整える。久しぶりに太田と会うのだ。自然と鼻歌も出る。
 
 待ち合わせたのは六本木のオイスター・バーだ。
 
 菜々子は生牡蠣が得意ではなかった。昔、中国で当たったことがあるからだ。しかし、軽くでも火が通っていれば好物だった。
 
「やあ」
 菜々子が店に着くと太田博一は既に着席して待っていた。
「お久しぶりです」
「出張は大変だったでしょ?嫌な物も出て来たし」
「私自身はそんなに忙しくなかったのですけれど、色々心配です」
「そうだよね。でも、菜々子とこうして一緒に居られると僕は落ち着くよ。君はやっぱり素敵だからさ」
 
 店員がやって来た。
「とりあえず、スプマンテで良い?」
 太田が尋ねた。
「はい、お願いします」
「ではスプマンテをグラスで二つ下さい」
 
「何を食べようか?生は僕だけにするとして、ロックフェラーとチャウダー、それにフライで良いかな?他にある?」
「良いですね。それにサラダもお願いできれば」
「オーケー」
 
 スプマンテを運んで来た店員に太田が料理を注文する。
「乾杯」
 太田が杯を上げ、菜々子の眼をじっと見つめる。菜々子は頬を少し赤らめ同様に返した。
 
「あら」
 少し離れたテーブルの三人組の若い女性の一人が小さな声を上げた。太田と菜々子の見詰め合う姿が目に入ったからだ。
「どうしたの?」
 連れの一人が問い掛ける。
「ううん、何でもないわ」
 二人は全く気付かなかったが、彼女は太田の元妻・聡美の部下だった。
 
「タイミングが合ったらまたゴルフにでも行かない?少し暖かくなって来たしさ。花粉も大分飛んでいるみたいだけれど大丈夫でしょ?」
 太田が菜々子に尋ねる。
「有難うございます。もうずっと薬を飲んでいるから平気だと思います」
「何日なら大丈夫そう?勿論、ドタキャン有りでさ」
 菜々子はスマホでスケジュールを確認して応えた。
「結構先になってしまいますけれど、来月の春分の日辺りの連休中はどうですか?」
「そうだね。それ位先なら、ツーサムがオーケーの所も空いているかな。探してみるよ」
 
 ゴルフ場の多くは特に週末には三人か四人の組でないとラウンド予約を受け付けない。二人だけのラウンド、ツーサムを週末でも受け付けるコースは東京近郊では少数派だ。しかし、連休中とはいえ、本格シーズン前の三月ならまだ見つかる筈だ。
 
 大人の恋人同士の楽しそうな会話が続く。いつものように仕事の中身の話はしない。
 
 ゆっくりと食事を終えた二人は店を出た。勘定はいつものように割り勘だ。
 
 その姿を聡美の部下がじっと見つめていた。
 
 二人はタクシーで菜々子の家に移動した。
 
 玄関ドアを閉めると直ぐに太田が菜々子を後ろからそっと抱きしめた。菜々子のうなじに太田は唇を寄せる。
「久しぶり」
 太田がそう囁くとゆっくりと手を上げ、菜々子の胸に当てる。
「あ」
 菜々子が思わず小さな声を出す。そのままの姿勢で二人は唇を合わせた。そして、太田の右手がゆっくり下に降りて来た。菜々子のパンツのチャックを下ろし、近付く。
「あー」
 男にとって大変嬉しいことに菜々子は感度も抜群なのだ。
 
 濃密な時間が過ぎ去ると太田は寝息を立て始めた。菜々子はそっと起き出し、玄関からベッドの辺りに散らばったままの二人の衣服を片付ける。心地よい疲労感に包まれていた。
 
 菜々子は水を一口飲み、緩慢な動きでスマホを手に取った。
 
「本日も入りは特に何もありませんでした。一応、出も確認します」
山瀬のメッセージが菜々子にそう伝えていた。
 
 菜々子はシャワーを浴びる。化粧を落とし、全身を洗うと目を覚ました太田が入って来た。
 
 濃密な時間が、今度はゆっくりと経過した。
 
***

これは近未来空想小説と言うべき作品である。
当然、全てフィクションと御承知願いたい。
 
©新野司郎
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