オーフ・ザ・レコード物語;20XX年のゴッチャ 129 後記

 
 大風呂敷を思い切り拡げて舞台を設定したが、このやけに長い小説を貫くテーマは大人の鬼ごっこである。実在の外国首脳の名前や実在すると思われる人物をモデルにしたキャラクターも登場するが、荒唐無稽なお伽噺と笑ってお許し頂きたい。
 
 主人公はテレビ局の報道記者である。
 
 簡単な事実関係をレポートするだけなら、ちょいと気の利いた人間であれば一~二年で出来るようになるのも珍しくないのだが、取材源の開拓や多角的な取材、ネタの正しい評価、背景説明や解説まで、時には秒を争うテレビ報道の世界で記者が一通りこなせるようになるまでには十年程度は掛かるのが普通である。ましてや、取材の指揮までとなれば、年数は更に必要になる。歩留まりも高いとは言えない。一人前の記者の育成には時間も金も掛かるのだ。
 
 しかし、昨今のテレビ界の厳しい経済事情はなかなかそれを許さないように思われる。新聞界も似たようなものだろうが、長く厳しい修業を当然視する時代はもうとっくに終わったのかも知れない。
 
 ただ、この状態を放置すれば報道の質の低下は避けられない。優秀な記者が居なければ良質の報道など望むべくもないからである。記者は社会の木鐸ともいうが、健全な民主主義と平和な社会、安全な生存環境を育み維持するのに、好きな表現ではないが「国民の知る権利」に応える健全なジャーナリズムと良質な報道・報道機関は不可欠なのだ。中国やロシアの現状を見れば分かるが、大本営発表ばかりを垂れ流す御用機関を喜ぶのは独裁者と専制主義者なのだ。
 
 
 
「ジョブ・フォー・ライフ」という言葉がある。過日、70年にも及ぶ在位期間を終えたイギリスのエリザべス二世が自らの職務を表した言葉でもある。単純に訳せば「一生の仕事」になるのだが、この訳語はその一面を現しているに過ぎない。 
 
 女王はその一挙手一投足を常に見られていた。たとえ休暇中でも事あらば直ちに対応を求められた。本当の意味での完全な休暇など無かった。彼女にとっては生きること自体が職務で、それを「ジョブ・フォー・ライフ」と表現したのだ。
 
 理想を言えば記者の仕事も同じである。だが、簡単ではない。幸いに記者には代わりが居るので女王のようにまさに余人をもって代え難い職務ではない。しかし、同様の気概を持つことが記者には必要である。勿論、一人や二人ではやり切れない。チーム・ワークは必須になる。サポート態勢も重要である。優秀な記者を数多く育てしっかりサポートすることが報道機関の経営陣に求められる所以である。
 
 現実は甘くない。しかし、その厳しい現実に安住して育成とサポートを怠れば、結局、その厳しい現実に負けてしまう。大袈裟との誹りを覚悟の上で言わせて貰うが、大本営発表に負けて国を誤るのだ。作品で正しく描くことが出来たと豪語するつもりはないが、闇雲に突っ走るのではなく、確実に真相を追い求め報じることは報道機関と記者の使命である。鬼が諦めたら「鬼ごっこ」はそこで終わるからだ。
 
 最後になるが、執筆に当たって、ウイルス学者のM氏、肝臓専門医のS氏始め多くの友人・知人の御助言・発言を参考にさせて貰った。ここに改めて深く感謝の意を表したい。

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これは近未来空想小説と言うべき作品である。
当然、全てフィクションと御承知願いたい。 
 
©新野司郎
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