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20XX年のゴッチャ その61

 友好協会
 
「あ、もしかして、この人では?」
 現地時間のその日午後、パリ支局のプロデューサー、ベルナールが声を上げた。
「どれどれ」
 早速、大友と山瀬が歩み寄り、ベルナールのパソコンを覗き込む。
「お、似ているねえ…」
「これですね、きっと」
 二人が口々に同意する。
 
 北朝鮮の大使館や代表団が駐在するヨーロッパの国々には、北朝鮮との友好促進を謳い文句にする民間団体が存在する。
 
 極めて少人数の集まりばかりなのだが、北朝鮮との経済取引でわずかでも得をしようとする人間や共産主義の理想という未だ実現したことのない幻影を追い求める人間はどの国にも居るのだ。
 
  大友達は、そうした団体のホーム・ページを軒並みチェックし、バタクラン劇場にお姫様と共に現れた男たちの姿を探していた。
 
「友好協会の勉強会に講師として登場した駐スイス北朝鮮大使館のリー・ヨンソル公使」と写真に説明があった。写真は四年以上前の物で古いと言えば古いが、時期は問題ではない。ベルナールは早速画像から男の顔を切り出して処理し、バタクラン前の画像と並べて比べた。
 
「同じですね」
「どうみても同一人物だね」
 三人の見解は一致した。
 
 他人の空似の可能性はゼロではなかったが、それ以上、確認する必要は無かった。追い求めているのはあくまでもお姫様だからだ。お姫様が北のお姫様である蓋然性が高ければ十分で、男の調査はこれで終わりだ。
 
「問題はここからだよね。お姫様が何処にいるか、まだ皆目見当がつかないから…。取り敢えず部長に報告するとして、三人で相談しよう。下のカフェでケーキでも食べながらさ」
 大友が言った。
 
「まぁた、甘い物を食べるのね…お昼をたんまり食べたばかりなのに」
 ベルナールはそう思ったが、口にはしなかった。山瀬なら付き合うだろうから、自分はコーヒーだけにするつもりだった。
 
 菜々子のスマホが着信音を鳴らした。自炊した遅い夕食を終え、後片づけをしていた手を止め、メッセージを確認する。
 
「またしてもお手柄ね。お疲れ様。この後、どう取材を進めるか私も考えます」
 菜々子はそう返信した。
 
 明日、またルークと桃子に相談する機会がある。それまでに妙案が出てくれば良いのだが、アイディアは全く浮かばなかった。
 
 手探りでやるしかないのは分かっていた。そして、こういう時こそ頼りになるのはルークの勘と桃子の情報だった。
 
「その前に矢吹さんにも相談しなきゃ」
 菜々子はそう思い立った。
 
 その数時間前、メトロポリタン放送のニュース制作部長・雨宮富士子は大学時代の友人、太田聡美と再び会食していた。
 
「どうやらお宅の女性部長さんらしいわよ。うちの元旦と親しいのは」
 聡美が言った。
「えー、あの宮澤菜々子?」
雨宮が目を輝かす。
「でも、どうして分かったの?」
「うちの人間が目撃したのよ。二人で食事しているところを同じ店で。向こうには気付かれなかったらしいけど、アツアツだったらしいわ」
 聡美が感情を押し殺すように言った。
 
 元夫の太田博一と同じくキャリア外交官の聡美は現在、外務省の報道・広報部門に居る。部下が太田博一に加え、メトロポリタン放送の国際取材部長の顔を知っていても不思議でも何でもない。
 
「それなら人違いではないかもしれないわね。何だか、気分悪いわね」
 雨宮が聡子の気持ちを代弁した。
「でも、どうしようもないわ。二人とも独身でしょ?問題にはならないわ、情報漏洩でもしていない限り。でも、そんな馬鹿じゃないでしょ」
 聡美がやや投げやりに言った。
 
「情報漏洩?そう言えば菜々子は最近ずっと誰にも分からないように陰で色々動き回っている。何か関係があるのかしら…もしかすると彼女を突っ突く材料の一つになるかもしれないわ。戸山の事もあるし…」
 雨宮はそう思って、内心、少しニンマリした。
 
「でも、これだけじゃちょっと足りないわね。急いては事を仕損じるって言うし」
 雨宮はそう考えながら、聡美に言った。
「そんなこと忘れて飲みましょうよ。あの女の事で、せっかくのお酒と食事が不味くなるのも馬鹿らしいわ」
「そうね。そうしましょ」
 聡美が少し痛い思いを振り切るように応じた。
 
 雨宮は店員を呼んでワインの追加をオーダーした。
 
***

これは近未来空想小説と言うべき作品である。
当然、全てフィクションと御承知願いたい。
 
©新野司郎
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