見出し画像

20XX年のゴッチャ その49

 缶詰生活
 
 ホテルの部屋から見える国境の中朝友誼橋のトラックの往来は土曜日もそれ程変わらなかった。
 
 最初の頃より台数は幾分減って渋滞が緩和されたようだったが、午前は中国側から北朝鮮へ、午後二時を境に逆方向に移動するトラックの流れは日中に限って言えば基本的に途絶えることは無かった。
 
 新しい事と言えば、前夜は夜の十二時から朝の六時まで流れがストップしていたことぐらいだ。封じ込め作戦が順調に推移している為か深夜の移動を停止し、運転手達も夜は休めるようにしたのかも知れないと戸山は思った。
 
 丹東で取材を続ける戸山昭雄は、その旨を原稿風のメモにまとめると往来映像と共に東京のデスクと北京支局に送った。同時に、夜間の移動停止が昨夜だけの例外なのか、それとも支援物資の運搬時間が昨夜から変更されたのか、一緒に取材を続けるスタッフと北京支局に確認を依頼した。
 
 他は特にやることも無い。外出が禁止されている為、地元住民やトラック運転手にインタビューをすることも出来ないし、気晴らしの散歩にも出られない。
 
 ただ、ホテルの中の移動は自由だったし、一階のレストランは営業していて、会話は原則禁止でメニューも限られていたが、宿泊客は自由に利用できるのが救いだった。
 
 特に異状事態が発生しなければ、次の日曜日には北京に一旦撤収し、折を見て、再び丹東に戻って来ることになるのだろうと戸山は期待していたのだが、撤収時の二週間の隔離と来訪禁止措置のせいで、それもままならない。
 
 戸山班の丹東缶詰生活は六日目に入ったが、終わりが全く見えないのが憂鬱極まりなかった。しかし、東京のデスクに愚痴を言っても、所詮、まだ六日目だ。「ま、腹を括って取材するんだな」程度の反応しか返ってこないのが目に見えていた。
 
 戸山は任地のソウルで彼の帰りを待つ妻と子供とヴィデオ・チャットをすることにした。テレビでCCTVやCNN、BBCをずっと見ているのも流石に飽きが来る。
 
「あら、ご苦労様です。順調ですか?」
 妻が応えた。
「大丈夫さ。そっちは?」
「大丈夫よ。ひな子も元気よ」
「パパ―、何しているの?」
 三歳になったばかりの娘の無邪気な顔も見えた。
「パパはお仕事が忙しくてね。ひな子ちゃんは元気ですか?」
「げんきー。ねえ、パパ、いつ帰って来るの?」
「まだ分からないよ。早くひな子に会いたいな」
「ひな子も早くパパと遊びたい!」
「もうちょっと待っていてね」
「うん、わかったー、じゃね」
 そう言うと娘は画面から消えた。可愛い盛りの娘に会えないのがより辛い。
 
「外出禁止なんでしょう?ちょっと退屈なんじゃない?」
「そうかもね。ま、やることが全く無いという訳じゃないんだけれど、暇を持て余し始めたよ」
「二週間の隔離もあると聞いたから、戻るのは大分先になるわね」
「悪いね。よろしく頼むよ」
「慣れているわ。大丈夫よ、きっと」
「そちらも気を付けて。場合によっては実家に里帰りしても良いからさ。兎に角、元気でいてくれよ」
「ありがとう。余りにも長くなりそうなら考えるわ。また連絡を下さい」
「了解。じゃあ」
 
 余り長く話していると里心がもたげてくる。
戸山はヴィデオ通信をこの辺で打ち切った。
 
 戸山はまだ三十台半ばだ。妻を掻き抱く場面がすぐに脳裏に浮かんだが、頭を振るって邪念を払い落とし、溜息をついた。
 
***
これは近未来空想小説と言うべき作品である。
当然、全てフィクションと御承知願いたい。
 
©新野司郎
本連載の複製・蓄積・引用・転載・頒布・販売・出版・翻訳・送信・展示等一切の利用を禁じます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?