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消えたあの子を見つけた話

これは10年以上前だが20年前まではいかない、そこそこ昔の話である。そのころ私が愛読していた少女漫画雑誌の漫画投稿者界隈では、漫画投稿者(投稿予定者も含む)が個人サイトを持つことが流行っていた。魔法のiらんどや前略プロフィールなどのサービスを使えば、パソコンや特別な知識がなくても簡単にサイトが作れたし、サーチに登録したりリンクで繋がることで「同じ雑誌の漫画家を目指す仲間」を見つけて交流ができたからだ。
私はもともと投稿ページも読んでいたので、投稿者に興味があった。青田買いではないがサーチやリンク集からバナーで絵柄や画力を確認していろいろなサイトへ飛んでいき、気になる投稿者が何人かできた。そのうちの1人、名をAとする。

この時Aは中学生だった。漫画家志望ではあるもののまだ投稿はしておらず、サイトの現状はイラスト置き場だった。このイラストがめちゃくちゃ上手くて、すでに多くのファンがついていた(「ネット上での、一雑誌の漫画投稿界隈」という極めて狭い範囲にしては)。

Aのイラストは確かに上手かった。イラストはケータイのカメラ機能で撮影したものなので(当時の画素数もお察し)正確なことはわからないが、髪も目も細かく描き込んでいて少女漫画らしい繊細な描線だった。人物はデッサンがおかしい部分はあったが、それを補って余りある華やかさがあった。特に口を大きく開けた笑顔は生き生きしていて魅力的だった。カラーイラストにはドクターマーチン(靴じゃないよ。お高い透明カラーインクだよ)を使用しており、その鮮やかな発色と仕上げに入れたホワイトで「ザ・少女漫画」というキラキラの画面が作れていた。見る者の目を惹きつける力が他の投稿者より頭ひとつ飛び抜けていたのだ。
しかし絵柄は当時圧倒的人気を誇った作家の影響をバリバリに受けていた。うん、まあこれは他の投稿者やプロ漫画家にも影響を与えるくらいだから仕方ないね。

このころ投稿漫画の批評で「既存作家の影響が強く見られる」と言われるのは100%この作家を指していたくらい影響を与えていた。

そして、まだ投稿していないのに投稿予定作品が5作以上あり、設定がその作家の影響をバリバリに受けていた(キャラ構成や設定、名前に使う漢字が同じ)。うーん、これは言い逃れできない。
Aはその作家の影響を否定していたが、好きな漫画家にその作家を挙げているので影響を受けていないとは考えられない。Aの態度に早くもアンチが生まれていた。デビューどころか、まだ投稿もしていないのに……。
「絵が上手くて、高い画材を使っている中学生」への嫉妬もあっただろう。心ないコメントに潰されやしないかヒヤヒヤしたが、Aは無視したり反論したりしていた。これが若さだ。(イキった中学生そのままだったとも言う)

ちなみに高校生になって中学生の時に描いたイラストを公開した際に、その作家の影響を受けていることを認めた。うん、知ってた。

サイトでカラーイラストやプリント裏の落書きなどを公開していたが、Aは中学在学中に漫画を投稿することはなかった。
Aが初投稿を果たしたのは、高校1年生のときだった。投稿作は構想から原稿を完成させて投稿するまで約3年をかけた作品だった。
そんなAの初投稿作品の結果は、何の賞にもかすらず、誌上に名前が載るだけの一次選考落選だった。Aのペンネームはハンドルネームと同じなので、私もリアルタイムで誌上で確認していた。一次選考落選者は成績で3ランクに分けられ(松竹梅とする)Aは松だったが、名前しか載らない時点で有象無象によるどんぐりの背比べだった。
1作に3年もかけて思い入れが深いだけに、一蹴されたショックは計り知れないものだろうと推察する。中学時代に投稿していれば「現役中学生」を評価してもらえただろうに、もったいないことをしたと思う。(当時は学生デビューが連発したり「現役高校生」「最年少漫画家」とアオったりと、若さを売りにする傾向があった)

投稿漫画の批評は一次選考を通過しないと誌上に載らないが、原稿返却時に批評シートが同封される。プロの編集者による批評で、Aは自分の本当の実力を思い知らされたことだろう。カラーイラストが上手く描けても白黒イラストや漫画の上手さとはまた別だということを、個人のケータイサイトや部活など狭い界隈でちやほやされていたことを……。

批判や文句ではないまともなアドバイスもアンチ扱いしていたので、少なくとも好意的なサイト閲覧者は誰も何も言えなかったのだと思う。良かれと思って言ったところで、Aにとって都合の悪いものは攻撃されるのだから。
よって、Aが意見を求めてきた(=外野の意見を聞く体勢ができているとわかる)時にだけ、めちゃくちゃ言葉を選んでコメントするので本質は伝わらない。やっとの思いで伝えてもAが気に入らなければ変えないので、気を遣っても無駄なのだった。だいたい「意見を求める=褒めてほしい」だしな! アドバイスなんてハナから求めてねーんだわ。

肝心の漫画投稿は全然進展がないもののメルマガ配信やファン参加企画などで精力的に活動していたAだったが、次第にサイト更新頻度は下がっていった。公開されるイラストは全部描き下ろし(当たり前)だったのが、漫研の部誌の原稿を公開=流用が増えていった。メルマガも配信時間が遅れたり内容が少なくなったり「今週の配信はなし」という配信が増えていった。
高校生になって忙しくなったこと以外に、次第に界隈の流れが個人サイトからブログに移っていることもあっただろう。活動の低下はサイトを閉鎖するか縮小するかを考えさせるまでに至っていた。継続を訴えるファンの声により、Aはサイト縮小の道を選んだ。別のHPサービスへ移転して、再出発となった。

しかしその1年後、突然サイト閉鎖を告げられたのである。結局やめるんかーい!
Aは閉鎖の理由をはっきりと語らなかったが、閉鎖前に公開された部誌の原稿の内容や投稿2作目の構想から失恋だと思われた。高校生、多感なお年頃である。

サイト閉鎖から数ヶ月後、Aがブログを始めたことが一部に知らされた。そのブログは今までのように漫画やイラストを中心にした話題ではなく、書いている内容もボカしているため抽象的で、よくわからないものだった。要するに思春期のポエムだったのである。
更新頻度も高くないため、個人サイト時代にしていた日参(毎日通うことだよ。オタク用語じゃないよ)はやめて、ときどき確認する程度になった。
そのブログも更新が途絶えた。こうしてネット上でAの消息は不明となった。

それからは、ふと思いだした時に名前を検索してAの行方を探してみたりした。世はSNS時代に突入し、漫画投稿者の立場ならデビューしなくても作品を簡単にたくさんの人に見てもらえる環境になっていた。もしAがまだイラストや漫画を描いているなら、どこかで作品を公開しているのではないかと考えたのだ。
しかしAは見つからなかった。「もしかしたらAはもう漫画家になることを諦めたのかもしれない。イラストを描いていないのかもしれない」……そんな思いが検索するたびに大きくなっていった。

Aと同時期に気になっていた投稿者(Aより成績は良かった)もデビューすることなく消えてしまったので、Aもそうなったのかと思った。当時は「20代前半のうちにデビューできなければ終わり」という空気がなんとなくあるように感じた。実際に20代後半の受賞者は少なかったし30代の受賞者はいなかった。
ちなみに今は30代でデビューする人もいるよ! 他誌でデビューしたけど投稿から始めて再デビューじゃなくて、就職して働きながら投稿して初デビューだよ!

ある日、Aの名前で検索すると1枚のイラストが引っかかった。ドキドキしながら確認した。Aと同じ名字の別人が引っかかることがあるからだ。また人違いかもしれない。
だが、それは間違いなくAのイラストだった。知人の作品の表紙イラストを担当したようだった。
久しぶりに見るAの絵柄や塗りには当時の名残りがあった。けれど華やかさや活力は欠けているように感じた。人物デッサンに進歩も見られず、むしろ退化しており、あまり絵を描いていないように感じられた。
やはりAは漫画やイラストから離れている可能性が高い。これは昔取った杵柄で描いたのだろう。そう思わせる絵だった。

それから数年が経ったある日、Aの名前で検索すると多くの画像が引っかかった。これまでにない大きな変化に驚きながら検索結果をスクロールすると、一番上の記事にAの名前とともにもうひとつ名前が記載されていた。Aの本名だ。
なぜ一介のサイト閲覧者だった私がAの本名を知っているのかというと、個人サイト運営時代のAの企画に参加してイラストを郵送してもらったことがあるからだ。そこに本名が書かれていただけの話で、ストーキングの成果ではない
AのペンネームとAの本名が書かれているのなら、A本人で確定だろう。私はその記事の中身を確認した。
そこにはAの来歴と現在の活動などが記されていた。SNSのアカウントも書かれていたのでチェックした。フォローは通知されるのが気になるので様子見をするが……。今フォローすれば「どんなタイミングでフォローしたんだ?」と引っかかる人になってしまう。目立つことはしたくない。

さて、Aの現在の活動だが、なんとイラストを描いている。だが、イラストレーターではないデザイナーでもない。絵を描いて発表していても、絵を描くことを仕事にはしていないようだ。原画を販売していてもグッズは(無配以外)作っていない様子。絵さえ描ければ素人でも簡単にいろんなグッズが作れる時代になっているのに……!?

そしてAの現在の絵柄はというと、やはり基本的には当時の名残りがあるものの、古臭いと感じた。Aが中学生の頃に流行っていた絵柄は今見れば充分古いのだが、その時代よりも古い。当時影響を受けていた作家の絵柄に、当時以上に似ている(当時はなかったファンアートも公開しているし、開き直って寄せているとすら感じる)。絵柄が少し変わったことで顔パーツの配置バランスも悪くなっている。正直に言ってしまえば、最初に見たのが今の絵柄ならファンにはならない。いわゆる劣化している状態に思えた。
カラーは当時からすでに上手かったので、上達したという気がしない。
ここまで散々な言いようだが、以前は失われたと感じた華やかさや活力は戻ってきているように感じられた。絵の上手さに画力(正確な描写力)は必要だけど、画力だけがあれば上手い絵というわけではないのだ。Aは自分の好きな絵を自分の好きなように描くのが一番魅力を発揮できるのだろうと思った。(だから流行の絵柄や読者の反応を考慮しなければならない商業少女漫画家には向いていないとも言えるのだが)

もし私にコミュ力があったなら、「ケータイサイト時代に応援していた者です。あなたの描く絵をまた見ることができて、とても嬉しいです」とでもメッセージを送ることだろう。
しかし私にはコミュ力がない。個人の作者には声をかけるより、壁になって見守っていたいタイプだ。普段TwitterでもRTやいいねはするけれど、リプライを送ったこともエアリプすらない。(RTもいいねも、するのに勇気や勢いがいるレベル)
何よりAは当時を黒歴史と呼んでいる。せっかく当時とは名前を変えて活動しているのに、自分の黒歴史を知っている人間が急に現れたら、どう思うだろうか。「私はあなたの過去のイタイ言動を知っているし、当時もらったイラストもまだ持っている」なんて、弱みを握られたも同然ではないだろうか。萎縮したりして、今後の活動に影響が出てしまうかもしれない。

とはいえ、Aを見つけた記事には当時のペンネームが併記されていた。これはつまり「当時を知っている人に見つけられても問題ない」ということではないだろうか。実際、だからこそ私はAを見つけることができたのだ。
しかも現在名乗っているのは本名だ。本名を晒して過去を受け止める気概があるのかもしれない。

しかしAは結婚しているので、本名は元・本名になっている可能性が高い。
本名で活動している芸能人や作家は結婚で名字が変わっても、芸名やペンネームで本名が残るのがかっこいいな〜と思う。一般人は本名以外の名前を持たないもんな、SNSも本名でやるくらいだし。コワ……(いちオタクの観点)。

しばらくはSNSでAの活動の様子をこっそり見ていこうと思うのだった。ストーカーではない。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!