第二話 紫煙と硝煙を、潜る

みきさんの前世がシオン
Lさんの前世がパテフです


紫煙と硝煙を、潜る



ときに時代というものは、誰かの人生そのものを争いで黒く塗りつぶしてしまうものである。今がその時だった。国王の号令と共に、いつ終わるともわからない戦争が始まった。よほど特別な人間でもない限り、若者は徴兵される。シオンもそのひとりだった。
ここは戦場、今はシオンの属する隊は他の隊とも合流し、夜に包まれて皆静かに眠っていた。満月の夜だ。ひどく明るい。あまりに明るすぎて眠れる気もせず、シオンはタバコを吸いに外へ出た。
夜警の者を遠目にちらと見て、崖の方へ向かう。人に寄られるのは嫌だった。昔から望んでもいないのにシオンの周りには人が虫のように集まる。
木立を抜け、目の前が開けた瞬間に、誰かと急に目が合った。敵なら、と身構えるが自軍の制服を着ているのでひとまず安心をする。どうやら先客がいたらしい。
髪を一つ結びにしたその男は崖から足を下ろして座っていた。不用心極まりない。普段ならばシオンは無視をして他の場所を探すところだったが、不意にその男が笑いながら話しかけてきたものだから諦めた。月光にシオンと同じ一番下の位のバッチが光っている。
「やあ、こんばんは。あなたも眠れなかったのですか?」
「…まあ、そんなところだ」
「私もそうでしてね、なんせこんな明るい月夜です。酒というのも見つかったら恐ろしいものですから、せめてタバコでも、と。あなたも同じと見ましたがどうでしょう?」
「…いや、その」
そうだが必要以上に関わりたくはないとシオンが言い淀んでいると、何を勘違いしたのかその男はポケットからタバコとマッチを取り出して差し出した。
「一本と言わず、何本でもどうぞ」
「…礼を言う」
つい押されてタバコを受け取る。困惑をしながらタバコに火をつけると、その男もタバコに火をつけた。
「いやはや、ひとりではないことはいいことですね。話し相手がいるのは嬉しいことです。私は北の方の小さな村の出身でしてね、あんな僻地にも徴兵の命令が届くとは思っていませんでした。ですから驚いたものですよ」
「はあ…。」
「あなたの出身はどのあたりですか?」
「首都だ」
「おお、都会の人です。すごいなあ、私は田舎しか知らないから…色々な店があると聞きます。服屋もたくさん立ち並んでいてその中から選べるとか」
「田舎には服屋はないのか?」
「ないわけではないのですが、選べるほどではないのです。在庫がないのでほとんど布屋か仕立て屋のようになってしまっていますね」
「首都では仕立て屋のほうが値が張る」
「おお…まるで真逆です。あなたの話は面白いなあ。あ、そうそう、私はパテフと申します。珍しい名前でしょう。私は自分と同じ名前の人間に会ったことがないのです。あなたのお名前を伺っても…?」
「確かに聞いたことのない名前だな。俺はシオン。そう面白い話でもないと思うが…。」
「シオンさん…ええ、それはもうとてもどきどきします。シオンさんのお話は面白いですから」
「そんなことは初めて言われた」
「ええ?そうなのですか?もったいないことをしてきましたね、シオンさんの周りの方々。…いいなあ、私も戦争が終わったら首都に移り住みたいものです」
「来ればいいだろう、なにも咎められるわけじゃない」
「はは、そうですね。私は三男ですし、跡取りはもういますから移り住みましょう。何か新しく商売でも始めて」
「まあ、頑張れ」
「ええ、頑張ります」
そのあと、他愛もないことをパテフは話し続けた。今はまだ十代であること、好きな食べ物、武器に詳しいこと…シオンはいつまでこんな話に付き合わされなければならないんだと思う反面、パテフの話し言葉が軽快でどんどんと先へ進むものだから飽きずに聞いていられたのは確かだった。一本でいいと思っていたタバコは気づかないうちに、二本、三本となり、気が付けば数を数えるのをやめてしまっていた。
「それで…と、大分雲が出てきて月が陰りましたね。寝るにはちょうどいい頃合いです」
「ああ、おやすみ」
「はい。おやすみなさい。縁があったらまた話すこともあるでしょう」
ではまた、と言うパテフに背を向けてシオンはテントへ戻る。妙な奴だ、妙な奴に出会った。だが今までシオンに絡んできた連中とは違うものを感じるとも思っていた。まあ、また縁があったら今度はこっちがタバコをくれてやろうと思う男だった。
明朝、シオンがチームを組む他の隊と改めて合わさると、その中にパテフがいた。目が合い、目立たない程度に軽い会釈をされたものだから軽くこちらも返した。
合同で戦場を駆けるようになってからというもの、パテフは鬱陶しくない程度にシオンに話しかけてくるようになった。
シオンの周りには勝手に人は集まり、パテフの周りにはパテフが人を呼び寄せる。パテフは栗色の髪に栗色の目、そばかす。幼げな顔つきでどうにもぱっとしない。ただ温厚そうな人柄は滲み出している。友達が多いタイプなのだろう。対してシオンは金色の髪に筋肉質な体、青い目。やたらと目立つ容姿だ。何を思ったか近づいてくる輩はいるが、友達はいない。まるで正反対で、ますます話すのが不思議に思われた。
そんなふたりがたまに申し合わせるでもなくつるんで、紫煙を燻らせているのは周りの目から見ると奇異なものに映るのかもしれない。だがそんなことは、シオンは気にしていなかったしパテフも気にしてはいないようだった。

ここから先は

8,060字

¥ 500

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?