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ハラハラするロジハラ

2023年11月12日
鶴田知佳子

「日本の英語を考える会」にブログの読者から問い合わせがあった。ある新聞のクロスワードパズルの回答として、「ロジハラ」と答えさせる出題があって、はたしてこれは新聞のクロスワードパズル問題でとりあげられるほどに広まっていることばなのか、というものだ。ロジハラとは、他人に正論を突きつけて攻撃し、混乱させたり、自信を奪ったりする嫌がらせのことである。この人は「ロジハラ」が和製英語ではないか、果たして市民権を得ているほど広まっていることばなのか、疑問に思い問い合わせたと推察される。

ちなみにこの語の語源と思われるlogic harassment ないしlogical harassmentと英単語をふたつ並べることはできる。しかし、英語として意味をなす表現にはならない。ましてや、略語にして「ロジハラ」の意味にはならない。むしろ、最初に聞いたときにはlogistic harassmentの略語かと思った当会の会員もいたくらいだ。そうなると、この「ロジハラ」は日本国民の間に十分(クロスワードパズルの解答になるくらい)認知度が浸透しているか、と問われるとそれは「?」だろう。セクハラ、パワハラ、マタハラ(マタニティハラスメント)、アカハラ(アカデミックハラスメント)。最近、生成AIを用いて研修が行われているなど、話題になっているカスハラ(カスタマーハラスメント)。「〇〇ハラ」の市民権獲得範囲はここまでくらいではなかろうかと漠然と思っていた。

そしてこう聞かれたのをきっかけに、日本人の和製英語を生み出すド根性と言うか、たくましさに、改めてほれぼれとしてしまう。

これまでに何度も言及しているように、当会も和製英語がよくない、と言っているわけではない。「日本の英語を考える会」の理事の一人で、北九州市立大学准教授であるアン・クレシーニは、10月17日にTBS系列のバラエティ番組「マツコの知らない世界」に出演して、研究対象としている和製英語のすばらしさを熱く語った。語彙の土台としてカタカナの英語を使っている「ダブル合体」の和製英語、たとえば「ベビーカー」の場合は発音、聞き取りやすさ、想像しやすい、などの点でわかりやすいという(英語では、「ベビーカー」は「Stroller」と言う。確かに、ベビーカーの勝ち、と思いませんか?)。

今回考えるきっかけの「ロジハラ」の場合、同じく「ダブル合体」であるがさらに単語の省略形をふたつ合体させているという例になる。ハラスメントの内容をカタカナ二文字に省略したあとに、ハラスメントを略した「ハラ」をつけている。多くの種類があって、「セクハラ」「パワハラ」「アカハラ」はよく聞く。妊娠中の女性に対する「マタハラ」も、最初聞いたときは何のことやら、と「マタ」は何を指しているのやらと思ったが、今となっては新聞や一般の会話で使われている。

通訳コースで教えている大学の学生からも、カタカナ語を通訳の際に使って通じるかどうかはどうやって判断するのか、という問いを授業で受ける。その授業のとき聞かれたのは、価格が「アフォーダブル」を、「無理なく買える値段」と言う意味の単語としてそのままカタカナ英語として使っていいかどうか、ということだった。こちらからは、「カタカナは便利だけどすぐ訳語が思いつかないからといって、つい通訳者の事情でカタカナのままで使うと、通じない場合があります」と教える。「アフォーダブル」が十分認知されているかと言えば、まだまだだろう。「リーズナブル」の浸透度と比べればよく分かる(ただし日本ではカタカナ英語の「リーズナブル」は「お値打ち価格」の意味でしか使われていないので、使いどころに注意しないと誤解を与えるかもしれない)。

はじめの問いかけに戻って、「ロジハラ」がすぐに通じるかどうか、を考えれば、まず、「ロジ」が何を指すか。ロジカルの略だとすぐにわからない場合があるということと、「ロジハラ」として人口に膾炙しているのか。ここまで考えずとも、ある程度以上に使われていて市民権を得ているかどうか。というのが問いに対する回答のポイントと思われるが、そもそも、ロジカルにハラスメントできる人が日本にどれだけ存在しているのか(つまりこの被害に遭う人がどれだけ多数派になり得るのか)、と考えても、ロジハラの市民権獲得の道のりはまだ当分先の気がする。と、理詰めで新聞社に抗議すると、これはロジハラになるのかしら。

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