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天地組織之原理(136) -国平の広矛-

#00895 2024.4.28

「故(かれ)、更にまた還り来て大国主神に問ひたまはく、汝が子等、事代主神、建御名方神二神は天神(あまつかみ)の御子の命の随(まにま)に違(たが)はじと白(まお)しぬ。汝が心奈何(いか)にと問ひたまひき。こゝに答へまつらく、僕が子等二神の白せる随に僕(あ)も違はじ、この葦原中国(あしはらなかつくに)は命の随に既に献(たてまつ)らむ。」
 
 こゝに挙げたる明文はよく聞こえたことなれば別に解を加へず。大国主大神のかく二柱の御子に問ひ給ふは、事代主神は前にも申したる通り国土経営のことに大なる功坐すのみならず己命の御子にして承祖の神なるが故に、たとへ己命のみ天神の命の随にこの国を奉り給ふとも、事代主神にしてその事を諾(うべな)ひ給はずば必ず事の乱るゝに至ることは勿論、建御名方神も又建(たけ)き神なれば御心に懸かりたる御事にて、既に前段の如く天神の御使と戦(いくさ)を開かんとし給ふにても知られたることなるに、事代主神は御父大神の御心をさへ早く定めしめ給はんとして一言以て奉り給ふのみか、御父大神に先立ち幽にさへ帰し給ひて異心無きを示し給ひ、建御名方神も前段の如く天神の神威を畏(かしこ)み給ひて自ら悔ひて異心無きを示し給ひしにより、最早大国主大神の御心に懸かる所無きが故に、こゝに奏告し給ひ、全く葦原中国の顕事(あらわごと)を天神の御子命に奉り給へるなり。
 
『日本書紀』曰く、「乃(すなわ)ち国平(くにむけ)し時に杖(つ)けりし広矛を以て二神に授(たてまつ)りて曰(のたま)はく、吾この矛を以て卒(つい)に功治(ことな)せる有り、天孫(すめみまのみこと)もしこの矛を以て国を治(し)らさば、必ず平安(たいら)けくましなむ。」
 
 この伝は『日本書紀』の伝なるが、始め大国主大神の国造り坐しゝ時に海原を照らして寄り来り給へる己命の幸魂(さきみたま)奇魂(くしみたま)の神より授け給ひし国平の広矛を、天神の神使二柱神に授け給ひて、吾はこの矛を以て終に功治せり、皇孫命もし事ある時にはこの矛を用ひて国を治め給へば必ず平安ならんと詔り給ひてこれを奉り給へるなり。
 この矛、後に皇孫降臨の時、三種の神器と共に天照大御神より皇孫命に授け給ひ、上古は三種の神器に添へてこれを天皇の御同殿内に斎(いつ)き給へるを、後には神威を畏み給ひて神器の鏡・剣と共に他所に移し祭り給ふ事となりし御矛にて、大国主大神の幸魂奇魂神の御魂代(みたましろ)にぞありける。
 
「亦、僕(あ)が子等(こども)、百八十神(ももやそがみ)は、即ち八重事代主神、神之御尾前(みおさき)と為りて仕へ奉らば違(たが)ふ神は非じなり。かく白(まお)して乃(すなわ)ち隠りましき。」
 
 こゝに挙げたる『古事記』本伝の明文は聞こえたる通り、百八十神と坐す多くの御子神等は、即ち八重事代主神、神の御尾前と為りて仕へ奉らば非じと詔り給ひて奉り置き給ひ、御自ら御安心坐して終に顕世を避り坐して幽冥に入り、永く隠れ給ひしと云ふ伝へなり。
 この時百八十一神の国津神等も大国主大神と共に解散し給ふこと『出雲風土記』にも伝へあることなるが、何れも幽顕自在の神等なれば少名彦那神の常世国(とこよのくに)に渡り給ひしが如く神体はその儘隠し給ふなり。
 且つこの時事代主神の御魂を始めて皇孫命の近き守護神と貢(たてまつ)り置きて、八百丹杵築宮(やおにきづきのみや)に鎮め坐したることは『出雲国造神賀詞』に委しければ、こゝに前に参考として挙げ置きたる次の神賀詞の文を挙げて参考に供し置くべし。 #0890【天地組織之原理(131) -出雲国造神賀詞-】>>
 
「乃ち大穴持命の申し給はく、皇御孫命の静まり坐さむ大倭國と申して、己命の和魂を八咫鏡に取り託(つ)けて、倭大物主櫛甕玉命(やまとおおものぬしくしみかたまのみこと)と御名を称へて大御和(おおみわ)の神奈備(かんなび)に坐せ、己命の御子、阿遅須伎高孫根命(あじすきたかひこねのみこと)の御魂を葛木の鴨の神奈備に坐せ、事代主命の御魂を宇奈提(うなせ)に坐せ、賀夜奈流美命(かやなるみのみこと)の御魂を飛鳥の神奈備に坐せて、皇孫命の近き守神と貢り置きて、八百丹杵築宮に静まり坐しき。」
 
 さてこの神賀詞の文にも多少の解を加へ置くべきなれども、この巻は既に紙数の多きを覚ゆるのみならず、本文によく聞こえたることなれば別に解を加へず。その委しきことを知らんとなれば本居・平田両先哲の『古事記伝』『古史伝』に因りて見らるべし。

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