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戸籍時報連載『旧市区町村を訪ねて』4「新しい地名の生まれ方」茨城県小美玉市(文・写真:仁科勝介)

こんにちは。コンテンツビジネス推進部のMです。
弊社刊行「戸籍時報」との好評連動企画、「旧市区町村を訪ねて」。いつもたくさんの「スキ」をありがとうございます💛
今回は、8月号掲載の第4回です。茨城県小美玉市の由来のご紹介と、素敵な風景が届きました。
今回は、誌面のカラー写真に加えて、誌面には載せきれなかった写真も、特別にここでご紹介します!
今後の連載も、ぜひお楽しみに。

~~本連載の著者は、写真家の仁科勝介さん。2018年3月から2020年1月にかけて、全国1741の市区町村を巡った彼が、2023年4月から再び、愛車のスーパーカブで日本中を旅しています。
 今回の旅のテーマは、1999年に始まった平成の大合併前の旧市区町村を巡ること。いま一つのまちになっているところに、もともとは別の文化や暮らしがあった。いまも残る旧市区町村のよさや面影を探します。
 仁科さんの写真と言葉から、今そこにある暮らしに少し触れてもらえたら嬉しいなと思います。~~

『新しい地名の生まれ方』

  地名の成り立ちというものにはいろいろある。元々流れている川の名前を使ったり,その地域にそびえる山の名前を使ったり。もちろんほかにも多種多様ではあるが,その中に「合成地名」と呼ばれる地名の付け方がある。

 合成地名というのは名前の通り,元々存在していた土地の名前をくっつけて生まれた土地のことだ。東京23区の大田区だって,今では何の違和感もない地名だが,元々は1947年に「大森区」と「蒲田区」が統合して生まれた地名である。「大」と「田」が組み合わされたのだ。千葉県の横芝光町(よこしばひかりまち)も,「横芝町」と「光町」が合併して生まれた地名であり,山口県の山陽小野田市,鹿児島県のいちき串木野市(くしきのし)なども,この流れに沿えば,どの地名同士が合わさって生まれたのか,ある程度推測できるのではないだろうか。
 
そうした合成地名は日本中に存在するわけだが,その中でも茨城県の「小美玉市(おみたまし)」は,典型的な例だと言えるだろう。東茨城郡の小川町(おがわまち)と美野里町(みのりまち),さらには新治郡(にいはりぐん)の玉里村(たまりむら)の3町村が2006年に合併して誕生したのが小美玉市だが,よく見ると,それぞれの町村の頭文字を取り,読みやすく並べられて,「小美玉(おみたま)」という地名が生まれたのである。ぼくは旧市町村として,それぞれのまちを訪れるまで,そのことを知らなかった。由来を知ったときはずいぶん感心してしまった。


▲霞ヶ浦の近くで,ハスの景色が広がっていた。(旧玉里村)

 その土地に詳しくはない人間が,いざ,最初から地名を見て,合成地名だと判断するのはなかなか難しい。小美玉市が「小(川町)」「美(野里町)」「玉(里村)」に分かれていたことも,言われてみればなるほどと思うが,初見ではわからない。
だが,地元の方々からすれば,この土地の名前の変化について,説明できる方々が多いだろう。
 
 だから,土地の名前の移り変わりというものは,その時代の「今」を生きる人々に馴染み,それが繰り返されていくのだと思わされる。年月が経てば経つほど,地元の方々でさえ,特に若ければ若いほど,「小美玉市」が旧町村の頭文字を取ってつくられた名前だと知らずに,驚く人も出てくるように思う。もしあと数百年経って,小美玉市がまったく別の新しい土地の名前に変わることがあれば,地名から受け取るメッセージは一新されるはずだ。
 境界や名称が変えられながら,その時代の「今」に馴染むことが,土地というものかもしれない。旧市町村を訪れていて,感じることである。

                    (かつお╱Katsusuke Nishina)

~~おまけの写真たち~~


▲茨城空港は都心に出る必要がないため便利だ。(旧小川町)


▲マントを身に纏った仔牛のおみたん、空を飛ぶ日を夢見ている。(旧小川町)

仁科勝介(にしなかつすけ)
写真家。1996年岡山県生まれ、広島大学経済学部卒。
2018年3月に市町村一周の旅を始め、
2020年1月に全1741の市町村巡りを達成。
2023年春より旧市町村を周る旅に出る。
HP https://katsusukenishina.com/
Twitter/Instagram @katsuo247


本内容は、月刊『戸籍時報』令和5年8月号 vol.842に掲載されたものです。