見出し画像

従業員等の引抜行為と損害発生期間

1 ある会社が競争会社の従業員に対して、自社に転職するよう勧誘などを行って引き抜いた場合、当該引抜行為によって競争会社が被った損害を賠償する責任があるかどうかが問題となる。

2 まず、最高裁平成22年3月25日判決では、競業避止義務の特約等がなく退職した社員が、退職した会社と同種の事業を営み、その取引先から継続的に仕事を受注した事案において、「社会通念上自由競争の範囲を逸脱するかどうか」を基準に不法行為に当たるかどうかを判断している。なお、この判例においては、①退職した会社の営業秘密に係る情報を用いたり、その信用をおとしめたりするなどの不法な方法で営業活動を行ったかどうかや、②取引先との自由な取引が阻害されたかどうかという要素が検討された。

3 それ以外の裁判例においては、単なる転職の勧誘を越えて社会的相当性を逸脱した方法で従業員を引き抜いた場合には、その企業は雇用契約上の債権を侵害したものとして、不法行為として右引抜行為によって競争企業が受けた損害を賠償する責任がある旨を判示したものがある。

4 「社会的相当性」を逸脱するとはどのようなものが考えられるのか。これについて裁判例では、会社に内密に移籍の計画を立て一斉、かつ、大量に従業員を引き抜く場合など極めて背信的な方法で行われた場合にはこれに該当するものとし、社会的相当性を逸脱した引抜行為であるか否かは、転職する従業員のその会社に占める地位、会社内部における待遇及び人数、従業員の転職が会社に及ぼす影響、転職の勧誘に用いた方法(退職時期の予告の有無、秘密性、計画性等)等諸般の事情を総合考慮して判断すべきであるとした。

5 このような社会的相当性を逸脱するような方法で引き抜いた場合の損害、すなわち損害発生期間については、どのように認定されているか。
 (1) この点については、「人員補充期間、使用者の営業回復期間等を考慮して損害算定期間を3か月ないし6か月・・・としている裁判例が多い」(横地大輔「従業員等の競業避止義務等に関する諸論点について(下)」判例タイムズ1388号・29頁)とされている。しかしながら、以下のように、それ以上の長期間の損害が認められている事案もある。
 (2)① 競合会社の取締役又は従業員であった5名が共謀し、競合会社のモデル等を違法な方法で引き抜いて、新会社を設立した事案において、モデルとの契約期間が1年間(ただし、自動更新条項あり)であったが、過去3年におけるモデルの契約残存率が70%~80%と高い数値であったことを理由に、3年間の営業損害(ただし、残存率を乗じて損害額を算定している。)を認めた裁判例
  ② 競合会社の取締役が、競合会社の乗っ取りを計画し、新会社を設立させて、競合会社の営業のほとんどを奪った事案について、2年間(原告の主張した損害期間と同じ)の営業損害を認めた裁判例
  ③ 従業員を大量かつ一斉に引き抜き、これに引き続いて1年間にわたってキャンペーンを行うなどして競合会社の顧客を集中的に奪取するという不法行為を行った事案について、顧客との契約期間が通常2年であることも踏まえ、2年間の営業損害を認めた裁判例
 (3) このように裁判例は、個別具体的な事情に基づいて損害発生期間を算定していることから、個別具体的な事情を十分に立証していく必要がある。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?