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弁護士法72条にいう「その他一般の法律事件」の解釈

1 弁護士法72条本文は、「弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない」と規定しており、弁護士でない者が「その他一般の法律事件」を行うことを禁止している。そのため、「その他一般の法律事件」の解釈(どのような行為が該当するのか)が問題となる。 

2⑴ まず、最高裁平成22年7月20日決定(刑集64巻5号793号)は、弁護士資格等がない者らが、ビルの所有者から委託を受けて、そのビルの賃借人らと交渉して賃貸借契約を合意解除した上で各室を明け渡させるなどの業務を行った行為について、「多数の賃借人が存在する本件ビルを解体するため全賃借人の立ち退きの実現を図るという業務を、報酬と立ち退き料等の経費を割合を明示することなく一括して受領し受託したものであるところ、このような業務は、賃貸借契約期間中で、現にそれぞれの業務を行っており、立ち退く意向を有していなかった賃借人らに対し、専ら賃貸人側の都合で、同契約の合意解除と明渡しの実現を図るべく交渉するというものであって、立ち退き合意の成否、立ち退きの時期、立ち退き料の額をめぐって交渉において解決しなければならない法的紛議が生じることがほぼ不可避である案件に係るものであったことは明らかであり、弁護士法72条にいう『その他一般の法律事件』に関するものであったというべきである。」(太字は筆者)と判示した。
 ⑵ そして、上記決定の調査官解説では、「いまだ交渉もしていないうちに紛議が『具体化又は顕在化』したという表現をすることについては、賃借人の中には、立ち退き交渉の過程で結果的に紛議が生じたものについては『その他一般の法律事件』に当たることになるとの考え方もあり得るが、そうすると、結果的に『その他一般の法律事件』に当たることとなった交渉と、当たらないこととなった交渉とが生じることになるが、そのようなその後の個別事情に犯罪該当性が左右されると解することは、本件のように一括して立ち退き交渉を請け負った者の罪責のとらえ方として不自然であり、『業として』の解釈認定にも問題が生じてしまうように思われる。」とし、
   「そのように考えると、紛議が『具体化又は顕在化』しているとの基準は適当ではなく、端的に法的紛議が生じることがほぼ不可避であるような基礎事情が存在することを根拠に『その他一般の法律事件』に当たるとの判断をすべきではないかと思われる。本決定が『交渉において解決しなければならない法的紛議が生じることがほぼ不可避である案件』との表現を用いていることについては、このような考察があるのではないかと思われる。」(太字は筆者)とされている。
   また、「例えば、退去の意思があるかどうかの単なる意向伺いなどは、そのような意味での法律事務に当たらないのではないかと思われる。」とし、
   また、当該文章に付された注31で、「小山・後注③34頁は、『これまで『その他一般の法律事件』に関し弁護士法違反が認められてきた類型としては、交通事故の示談交渉や債権取立てなどがあるが、その根本には、交渉によって、支払時期、支払金額その他の事項が設定され、あるいは変更される余地が十分にある状況下で、そうした交渉を行うことをも含めた事務を委任され、これを取り扱った点があると考えられる。逆に言えば、支払催促や支払受領などの事実的な行為をするだけでは足りない状況にあったのである。このような交渉等は、もとより適切な法的判断を踏まえたものでなければならず、厳格な資格要件を満たし、所要の規律に服する弁護士によってなされなければならない。本決定にいう紛議の不可避性も、そうした状況等にあることを別の視点から表現しているものとも考えられる。』とし、『法的裁量判断を要する事件(事務)』との視点も提示する。」と記載している。
 ⑶ 本決定において、法的紛議が生じることがほぼ不可避である案件は弁護士法72条に違反する旨が判示されたが、どのような基準で弁護士法72条に違反するかという基準が明確に示されたとまでは言い難いと考えられており、依然として、弁護士法72条にいう「その他一般の法律事件」をどのように解釈するかどうかの問題は残った。

3⑴ その後、大阪高裁平成30年9月21日判決(最高裁に上告されたものの令和1年6月12日に上告棄却)は、「本条は、報酬を得る目的でなされた訴訟事件、非訟事件及び行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とする行為を広く禁じる趣旨であり、その前後の規定と併せてみれば、同条にいう『その他一般の法律事件』には、同条に例示されている事件以外で実定法上事件と表記されている案件はもとより、これらと同視し得る程度に法律上の権利義務関係に問題があって、争訟ないし紛議の生じるおそれのある案件も含まれると解するのが相当であり、また、『その他の法律事務』は、上記のような案件において、その例示に係る事務以外の法律上の効果を発生、変更等する事項の処理をいうと解される。」(太字は筆者)と判示した。
 ⑵ なお、上記判決が収録された高等裁判所刑事裁判速報集(平30)号330頁の「参考事項」には、「弁護士法72条の「その他一般の法律事件」の解釈については、東京高裁昭和39年9月29日判決において、「同条例示の事件以外の、権利義務に関し争があり若しくは権利義務に関し疑義があり又は新たな権利義務関係を発生する案件を指し、右規定にいわゆる『その他の法律事務』とは、同条例示の事務以外の、法律上の効果を発生変更する事項の処理を指すものと解すべきである。」とされ、その後、広島高裁平成4年3月6日決定において、「『その他一般の法律事件』とは、同条に例示されている事件以外で実定法上事件と表現されている案件(例えば、調停事件、家事事件、破産事件等々)だけではなく、これらと同視し得る程度に法律関係に問題があって事件性を帯びるもの(すなわち、争訟ないし紛議のおそれのあるもの)をも含むと解するのが相当である。」と判示した。その後、最高裁平成22年7月20日第一小法廷決定は、原審が上記広島高裁と同様の解釈をとったのに対し、「その他一般の法律事件」の意義について正面から判示することはせず、事例判断の形式をとり、詳細な事実認定をして「交渉において解決しなければならない法的紛議が生ずることがほぼ不可避である案件に係るものであったことは明らか」として同条該当性を肯定した。本判決は、上記最高裁決定後、「その他一般の法律事件」の意義を明確に示したものであることから紹介する次第である。」(太字は筆者)とされている。

4 最近では、東京地裁令和4年1月24日判決は、「被告が作成して本件受託法人らに遵守を求めるマニュアルには、〈1〉訪問員は、長期未収者のうち、被告が受信料の支払請求書を送付したにもかかわらず支払のない者を対象として、対面訪問を行うこと、〈2〉同一世帯に対する当日中の訪問は1回までとし、対面訪問は月間3回までとすること、〈3〉訪問員は、対面訪問の際には、長期未収者に対し、未払時期及び未払の受信料の総額を伝え、これを支払うように求めること、〈4〉対象者が契約や支払に応じない場合には、支払拒否、生活苦、日延べ等の反応に対して重ねて説得をしないこと、クレームやトラブル防止のため返送・手続依頼等の簡潔な案内に留め辞去すること、明確な拒否反応があった場合には当期中の再訪問はしないことが記載されていたと認められる。このようなマニュアルの記載に照らすと、再開業務は、訪問員が長期未収者に対し、未払受信料を支払うように求めるとともに、支払に応じる意思があるか否かを確認し、必要な手続を教示するものにすぎず、支払に関する意向の対立があるときに、その調整を行うことは予定されていないものと認めるのが相当である。そうすると、再開業務は、法的紛議の発生が不可避であるとはいえず、弁護士法72条の『その他一般の法律事件』に関する業務には当たらない」(太字は筆者)と判示している。

【執筆者:弁護士山口明】


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