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《OPINION INTERVIEW》小動物臨床への情熱とビジョンby一般社団法人 日本臨床獣医学フォーラム(JBVP)名誉会長 石田卓夫 先生

犬や猫などの小動物臨床の世界では知らない人はいない石田卓夫先生。先生の講義やセミナーに参加したり、著書を読まれた獣医師の方も多いのではないでしょうか。JBVP名誉会長や日本獣医がん学会、ねこ医学会の会長を務める石田先生は、多彩な経歴と専門分野を持つ獣医師かつ研究者であり、小動物の臨床分野を長年牽引されてきた存在です。実はビスカともご縁の深い石田先生。いまも変わらず抱き続ける、小動物臨床への情熱と今後の展望についてうかがいました。

【石田 卓夫 先生 Profile】
1950年東京生まれ。国際基督教大学卒、日本獣医畜産大学(現・日本獣医生命科学大学)獣医学科卒、東京大学大学院農学系研究科博士課程修了。米国カリフォルニア大学獣医学部外科腫瘍学部門研究員を経て、1998年まで日本獣医畜産大学助教授。
著書に「ねこと幸せ上手にくらす本」「勤務獣医師のための臨床テクニック」など。


ビスカの先代社長・石田和道との出会い

 偶然、同じ“石田”という苗字なのも何かのご縁でしょうか。石田先生とビスカの先代社長・石田和道との出会いは、40年以上前にさかのぼります。先代社長がビスカ創立前に勤務していた共立商事(現・共立製薬)で、外国人講師によるセミナーの通訳を務めたのが、石田先生。「先代社長と一緒に全国を行脚したのは良い思い出です。獣医師業界で顔が効く存在なのでいろいろ教えてもらい、ずいぶん助けられました」。
 石田先生から見て、先代社長はどのような人物だったのでしょうか。「とにかくお客様のことを一番に考える本物の営業マン。部下に怒っている姿も見たことがありませんね。また、とてもアイデアマンでもありました」。
 この出会いが、今も動物病院で広く使われている『POMRシステムカルテ』の誕生へとつながっていきます。

石田先生は、日本ビスカ現社長 石田(左)の高校生時代、英語の家庭教師をしていたそう。
思い出話に花が咲きました。

獣医界に革新をもたらした『POMRシステムカルテ』

 ビスカのベストセラー『POMRシステムカルテ』は、1980年代の後半に石田先生と先代社長が共同で開発した革新的なカルテです。
石田先生の監修によるこのカルテは、問題指向型方式に沿って【検査・診断・治療の過程】を記録できる画期的なもの。アメリカの大学病院で使われていたカルテを雛形に、日本でも使いやすいように設計されました。「多人数で診療を行う病院では、“論理的な思考回路”の共有が必須です。飼い主さんに“論理的に説明した証拠”として記録も残さなければいけません」。
Subjective、Objective、Assessment、Planに沿って経過を記載するSOAPは、今でこそ当たり前のカルテの記録方式ですが、当時の日本の小動物医療分野ではまだ存在しませんでした。
「Assessmentは非常に大事なんですが、書かない人が多いですね(笑)。獣医師として自分の意見を書いていいのですよ」とのアドバイスも。こうして作りこまれた『POMRシステムカルテ』の開発は、石田先生にとって、自分の考えを実現できる喜びにあふれた仕事だったようです。

現在も、大学の獣医学の授業で使われている『POMRシステムカルテ』。
動物のシールやスタンプは先代社長のアイデア。

獣医学における“論理的アプローチ”の普及

 とはいえ、発売当初、臨床の現場では『POMRシステムカルテ』が提唱する“論理的アプローチ”に戸惑う空気が流れていたといいます。
「当時の小動物の臨床は、長年の経験に頼る診療が主流だったので、先生方にいきなり“論理的アプローチ”といっても、面倒くさがられる雰囲気がありました。しかし本来は、飼い主さんに『こういう病気が考えられるので、こういう検査をした。するとこういう結果が出たので、このように診断した。だからこの薬を使う』と、論理展開して説明する必要があるんです。昨今では検査のしすぎが弊害になりつつありますが、だからこそ、なぜ検査が必要かを論理的に説明できなくてはなりません」。
 石田先生は、日本ではまだ発展途上であった〈小動物医療の臨床病理学〉の先駆者として、『POMRシステムカルテ』をインフォームドコンセントに用いることで、“論理的アプローチ”の普及に努められました。
プロフェッショナルとしてのこだわりが詰め込まれた『POMRシステムカルテ』。発売以来、獣医師の方々にとってスタンダードとなっています。

父の影響と幼少期の思い出が獣医師キャリアの原点

 石田先生の獣医師としてのキャリアは、お父さまの影響と子ども時代の思い出に端を発します。「父は東大の獣医学の教授で、学者だったんですね。獣医師に教える立場でしたから、子ども心にすごいなと尊敬していました」。
 忙しかったお父さまが休日に連れていってくれたのは、ホルマリン漬けの標本や顕微鏡が並ぶ東大の病理教室。大学そばの上野動物園に、裏門から特別に入れてもらうこともあったのだとか。そのような環境から、獣医学の道を志したのは自然な流れだったと振り返ります。
 「父は、獣医師になるにしても、まずは学部で教養を広く身に着け、人間的に成長してから獣医学を学んだ方がいいという考えでした」。こうしたアドバイスもあり、石田先生は国際基督教大学を卒業後、日本獣医畜産大学(現・日本獣医生命科学大学)、東京大学大学院を経て、カリフォルニア大学で小動物医療の研鑽を積まれました。

「僕は15年近く大学にいたわけですが、社会に出る前の執行猶予期間として非常によかったと思いますね。なぜなら獣医師は小児科と一緒。話せない動物を相手に、飼い主を説得して、この治療をやりましょうというには、ものすごいコミュニケーション能力が必要なんですよ。そのためには本を読んだり、映画を見たり、友達と遊んだりと青春を謳歌してから獣医師になることをおすすめします」とほがらかにお話くださいました。

人と動物の社会福祉につながるヒューマン・アニマル・ボンド

 石田先生にはもうひとつ、社会に浸透させたい概念があるそうです。
「赤坂動物病院の柴内裕子先生がJAHA(日本動物病院協会)で推進してこられた、“ヒューマン・アニマル・ボンド”という概念です」。それは、人と動物との「絆」を尊重し、お互いに健康で幸せに生きていくことが社会全体の福祉向上につながるという考え。
「僕は“人のための科学でなければ意味がない”と教えられてきた世代ですが、獣医学も人に貢献できる科学のひとつ。たとえば、家族の一員である犬や猫が病気になったら、飼い主さんは心配で心の病気になることもあります。しかし、動物の病気を治し、飼い主さんの心配を解消することは、動物医療の力でも可能なわけです」。

 さらに石田先生は、海外の事例やエビデンスをもとにお話してくださいました。
「アメリカの心臓病学会では“長生きしたかったら犬を飼いなさい”というほど、人間の健康寿命は、犬を飼っている・いないとでは全然違うんです。健康寿命が延びれば、高齢者層の医療費削減にもつながります。また、子どもにとっても、動物の介在はプラスの影響があることが調査結果で明らかなんですよ。そうして〈子ども〉が良くなると〈家庭〉が良くなる。すると〈家庭〉の集まりの〈社会〉が良くなる。戦争しない世の中を作るためには、まずはそこからやっていかなきゃいけないと思いますね」。

人と動物の絆が、社会に良い影響をもたらす、ヒューマン・アニマル・ボンド。だからこそ、動物業界のみならず社会全体に行き渡らせる必要があると石田先生は力説します。

先生ご自身は現在4匹のネコちゃんたちを飼っていらっしゃいます。「猫は散歩の必要もないし飼いやすい。猫人気は自然な流れではないでしょうか」

ハイレベルな臨床をめざし、現場に出て後進を育成

 現在もなお、赤坂動物病院で医療ディレクターとして診療を行い、企業での研究や学会に参加し、講演や執筆活動のほか、他の動物病院での直接指導も行われている石田先生。
 なかでも1998年に自ら設立された“日本臨床獣医学フォーラム”には、特別な想いが込められているそうです。
卒後の獣医師たちをまずは最低限のレベルまで育てたい。そこから、さらにハイレベルなところへ導きたい、と考えています。教育の成果はじわじわと上がっていますが、まだまだ足りないと思いますね」。
 多忙なスケジュールでありながら、「臨床の現場に行くと、いろいろな症例が数多く見られるから面白いんです」と日々精力的に活動されています。
 そのパワフルの秘訣をうかがうと、「むしろ動き回っていないとストレスになるんです。夜寝る時間を削ってでも調べものをするのが楽しみなので、寝てなんかいられない(笑)。英語の文献を読むのは誰よりも早いですよ」と答えてくださいました。

石田先生は日本における〈猫免疫不全ウイルス(FIV)感染症〉研究の第一人者でもあります。「猫のFIV陽性率は変わりませんが、ウイルスも生存戦略なのか、後天性免疫不全の発症は少なくなってきましたね」。

コミュニケーションを大切に、いち科学者として社会に貢献を

 昨今は小動物医療でも幹細胞療法や免疫細胞療法などの先進医療が発展していますが、石田先生のお考えをうかがいました。
「僕ら獣医師は確かに最良の治療を提案しなければいけませんが、先進医療をいきなり勧めるのはどうでしょうか。新しい治療法は、既存の治療法がうまくいかない場合にやることだと思います。ただ、 “先進医療はお金がかかるので無理だろう”と決め込むのもよくないですよね」。

 最後に、開業医の先生方へ向けてメッセージをうかがいました。「動物を治すことは、一つの目的ですが、その先につながってるものは〈社会〉なんです。だから一番大切なことは、コミュニケーション。自分は〈社会〉を相手に医療行為を行い、奉仕している科学者だということを常に考えてほしいと思います。先ほどお話した“ヒューマン・アニマル・ボンド”は、言葉や優しさによるコミュニケーションが重要な役割を果たす社会科学です。動物にとっても、人にとっても幸福なことは何かを常に問うことは忘れてほしくないですね」という素敵なお言葉をいただきました。

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