うまくまとまらない感想 −千年女優−

今敏監督作品は、一度でいいから映画館で観たいと思っていた。


それは、彼亡き後も、燦然と輝き続ける唯一絶対の作品たちである。


有名だとか何とか、そういう物差しでははかれないのが彼の作品だと思っている。


この度なんと、運よく『千年女優』のリバイバル上映に立ち会えそうだったので、予定を調整して観に行った。

あらすじはネットで見かけたことがあったが、現実と虚構の混ざり合いが描かれた今敏作品なので、読んでも分かるような分からないような感じだった。


映像でこそ伝わるものなのにそれを文章で説明しようにもうまくいかないのだな、と思った。


というわけでどんなんだろう…とドキドキしながら席についた。


平日だというのに割と客は入っている。

年齢層も色々。同世代かな?という人もいた。


導入は分かりやすかった。

映像制作会社の二人が、往年の大女優に会いに行く。


そして、ご本人登場。


実は本人が出てくるのは映画のラストなのかな? と勝手に思っていたので、拍子抜けした。


しっかり年齢を重ねたその人は、隠居生活を送っている割には人と話すことが好きな感じで、「どうやらこの人の存在が謎なわけではなかったぞ」と思った。


そこからしっかり出生について話し始めるが、ここで彼女の若い頃の回想…と思いきや、先述の二人がその回想の中にすっぽり入ってしまっている。


彼らは、彼女を尾行して記録していく。


彼女は少女の頃、偶然出逢った鍵の君と交流する。

彼は画家であったが何故か追われているようで、そのうち姿をくらます。

彼女は生涯にわたって彼を追いかけることになる。



なるほどこういうことか…! としばらく見ていると、突如現代の部屋に戻る。どうやら彼女らはすっかり役に入っていたようだ。


案外地に足ついているのね、と思ったのもつかの間、今度は彼女の生い立ちと彼女が出演した映画がごちゃ混ぜになっている。


そんなヒストリーが…と切なくなっていると「カット!」の声が掛かって撮影所内のセットが見える。


彼女は鍵の君を追い続けているのだが、映画の中で鍵の君と一瞬だけ会話をしたり、捕まった彼の消息を追ったりしている。


映画=彼女の人生なのだろうが、演技にリアリティがありすぎて明確にこれは演技だと言われないと、私も気付かない。


作品も周りの環境も、彼女自身も移り変わっていきながら、物語は進んでいく。


すると彼女が持病? で倒れるシーンでクライマックスへ。


運ばれた先の病院で酸素マスクを付け、二人と会話する。


もう長くないと。


会話しながら、ふと目を閉じ、「私、あの人を追いかけている私が好きなんだもの。」


冒頭に流れた、ロケットに乗って宇宙へ飛び立つ彼女のシーンと重なった。


そして、宇宙の果てまでも鍵の君を追いかけていくのだろう…


暗転。エンドロール。平沢進の音楽が響く。


私はついついハッピーエンドを求めてしまうので、亡くなって天国に行ったら鍵の君に逢えたね、という想像を勝手にしていたのだが、結局鍵の君を追いかけ続ける示唆で終わった。


インタビューをしに行った二人のうち一人が鍵の君の生まれ変わりなのかな、とか、どっかで逢えることを期待していたけど、そうではなかった。


だって実際、鍵の君かっこいいし…(cv.山寺宏一)


私はそのような境地には至っていないので非常に幼稚な考えでしたが、映画としてはよかったなあと。


走る姿とか、殺陣とか、流れるような映像と、推進力を持った平沢進の音楽が至福だった。


声優も豪華というか、誰一人として技量の足りなさを全く感じさせない圧倒的才能たちで鳥肌が立った。


声のバックグラウンドがありすぎて。

バケモンやってなった。


画面の粗さは制作された年代によるものかもしれないけど、映像として当時の退廃的な? 雰囲気が蔓延しててなんじゃこりゃ状態でした。

すごすぎて語彙力が足りないってことです。


時代もパッケージングするストーリーに画面に人物に…って、全面降伏するしかありませんでした。