家族の本
私の母は一度読んだ本を読み返さない。
貸した本の感想もあまり言わない。
読みにくかったときや好みでなかったときは、それとなく断りを入れてくる。
そんな母が珍しく気に入った本を、三冊紹介してみる。
いずれも今の季節のような、温かで穏やかな本だ。
ちなみに、母が過去に自分で買った本は西村京太郎や東野圭吾などサスペンス・ミステリー中心だ。
私はあえてその辺を外して貸すようにしている(色々読んでほしいから)。
「サザエさんの東京物語」(長谷川洋子)
これは母がおそらく初めて、何度も読み返しているという本。
著者はサザエさんの作者として有名な長谷川町子氏の妹、長谷川洋子さん。
長谷川家の母と三姉妹が戦前~戦後をたくましく生きた回顧録だ。
いつも一緒の三姉妹の思い出話から、洋子さんが姉妹の結束という束縛から別離していくまで、そして町子姉との死別などが記されている。
現代から見れば、この時代のほうが情は厚かっただろう。
しかし反面でそれぞれ我も強く、親子家族上下の関係がはっきりしていた時代、洋子さんのように穏やかな性格では生きづらいことも多かったかもしれない。
母もまた三人姉妹、女系家族なので、色々と思うところが強いらしい。
「小暮写真館」(宮部みゆき)
母に本を貸し始めた当初は、もともと読んでいたミステリー類が読みやすかろうと思っていた。
だが、同著者の「模倣犯」は残酷で怖くてあまり読めなかった、と言われてしまった。
「火車」「理由」なども貸したが、読んだことがあったり、映像化されていたりでどうしても既視感がある。著名なのだから仕方がない。
なので当時発行されたばかりで、何て優しい話なんだ!と震えてしまったこの本を貸したところ、珍しく良い感想が返ってきた。
読み終わったあとで、「宮部みゆき初の恋愛小説」という文言を目にし、なるほどこの優しさはそういうことかと感じた。
分類としてはミステリーだが、とてもそれだけではくくれない。
かといって恋愛小説という簡単な言葉でも表せない。
この本には誰かが誰かを思いやる気持ちがあふれていて、何とも温かくて爽やかな、気持ちのいい風が吹いている。
新潮社からも発行されているが、講談社の装丁がよりこの本を読んだ後の心象風景を表している気がする。
「いとしいたべもの」(森下典子)
私の好きな、食べものに関するエッセイ。
この本で森下さんが書かれているように、食べ物の味にはその時の思い出も含まれていると思う。
子どもの頃はやっていたけどもうやらないこと、逆に大人になってから始めたことなどは色々あるだろう。
でも、食べることは子どもの時からずっと続けてきた習慣だ。
そこにはたくさんの思い出がある。
高級な和菓子からインスタントラーメンの話まで、食べたことのあるものも、ないものも、全部食べたくなってしまう困った本だ。
冒頭のラーメンの話を立ち読みして、続編にあたる「こいしいたべもの」と合わせて即購入した。
素直で飾り気のない、森下さんの語り口がとても好きなのだ。
添えられた手書きの絵もとてもいい。
ちなみに私たち親子はこの本の読了後、どん兵衛が食べたくなった。
ここまで書いて、どの本も話の軸は「家族」であることに気づく。
母は近頃、家族(母の実家)の話をしてくれるようになった。
私がそういう話を聞いてもいい歳になったのもあるが、こういった本を読んで自分の家族との色々を思い出しているのも大きいのだと思う。
私は母の両親、自分にとっての祖父母に会ったことがない。生まれる前に亡くなっているからだ。
会ったことのない、自分と血を分けた誰かの話。
それはどんな本にも書いていないし、母の口から母の言葉で語られる。
たくさん思い出してもらって、たくさん覚えておこう。