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綿の鳥籠b

 この街は穏やかすぎる。

 ひんやりとした木の上に寝そべる。俺に合わせて作られたかのようにぴったりと体に合う木のくぼみ。生まれたときからこの場所が決まっていたみたいに。でもこの大樹が刻んできた時間は、俺の生きている期間と比べたら永遠のように長い。そして俺がこの世界から去ったあとに紡ぐ時間も。もし俺がよぼよぼのじいさんになるまで生きて、寿命を全うして死んだとしても、こいつにとって俺といた時間は米粒にも及ばないのだ。
 いつものように、ゆっくりと瞼を下ろしていく。曖昧な暗闇の中で、ふたつの耳が聴き分ける空気の濃度が増すのがわかる。遠くではしゃぐこどもたちの声、どこかで踏み切りの降りる音、人々が紡ぎだす囁きの応酬、鳥たちの羽音と揺れる木々のざわめき。松乃の長い睫毛が、そっとしばたく音が聴こえる、確かに、聴こえる、俺は、この街で死ぬ。


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