見出し画像

私をみてくれ、

私を見てほしい。
私は今いっぱいいっぱい生きている。
人生はままならない、苦しい、もっともっと親に甘えたかったし無条件に愛されたかった。
親の良い道具にならなくても私をみてほしかった。
きっとこんなことは叶わないのかもしれない。
自立してないと言われるだろうか、
でも、私はずっとずっと自立したふりをしてきた。
まだ自立する必要のないときに、私は自立したふりを必死でして、必死で素晴らしい良い子どもになろうとした。

物心ついた頃から、私は祖父といた。
母でも父でもなく祖父だった。
祖父は私にとって世界の全てだった。
祖父の言うことは絶対、何がなんでも守った。
祖父が機嫌を悪くするその日、世界は終わるのだと思った。
必死で必死で謝り続けた。
祖父が満足するまで、何度も土下座した。頭を床に擦り付けた。
祖父とは一緒に風呂に入ったし、その度に念入りに身体を洗われた。
可愛い可愛いと、冗談だからと、手足をべろべろなぶられたこともあった。そのときの加齢臭と甘ったるコーヒーの混ざった嫌な臭いを私はたまに思い出す。
お金で買えるものならなんでも与えてくれた。
18金のネックレス、本革の水筒入れ、岩田屋で買ったマカロン、なかなか手に入らないキラキラのレアカード。
もちろん嬉しかった。
でも、本当はそんなもの要らなかった。
ワガママな子どもだったのかもしれない。
本当はそんなもの欲しくなかった。
ただ優しく私を抱きしめて、そばにいてくれるだけでよかった。

そんな祖父も老いが進んでいくもので、
とうとう自分でトイレにいけなくなった。
その代わりにポリ袋みたいなものに排泄物を管で流すようになった。
透明なポリ袋のなかに濁ったうす茶色のものがちらちら見えた。
それが見えるのを嫌がった祖父はいつもポリ袋を服で隠してキュッと押し潰していた。
それが私が高校を卒業する時だった。

そんなある日、祖父がとんでもない金切り声をあげた。
その時私は、自分の部屋で本を読んでいた。
金切り声が怖くて部屋に隠れていた。
こんなことは日常だったから、ただ嵐が過ぎ去るのを待っていた。
でも全然、過ぎ去らないのだ、嵐が。
その上、仕事中の祖母が帰ってきた。
流石に今までとは何かが違うと思って祖父のいるリビングへ行った。

そこには祖父の排泄物がカーペットにぶち撒かれていた。
もうとにかくなんにも言えなかった。
それでも祖父はずっと何かに怒っている。
祖母に早く病院に連れて行けと怒鳴っている。
病院に連れて行ってほしいのは私のほうだ。
私を病院に連れて行け。おかしくなる。
祖母は急いで祖父を病院に連れて行った。
私はリビングの排泄物を雑巾で拭き続けた。
祖母に拭かせるくらいなら、私が拭いたほうが良いと思った。
祖母に不快な思いをさせたくなかった。

とにかくずっと拭いていた。
臭くて汚くて悲しかった。
私がずっと頭を擦り付けて謝罪したカーペットが、今は祖父の排泄物で溢れかえっていて、
私は、なんだか一生、祖父から逃げられない気がした。
なんてみじめったらしくて弱いんだろう。

それからしばらくして、祖父は死んだ。
悲しいのか、寂しいのか、よくわからなかったけど涙が出た。
嫌な記憶が多いのにずーっと泣いていた。
その日、私の世界が本当に終わった。

祖父が死んで何年か経って、
家族は何もなかったように今を過ごしている。
もう終わったんだよ、
祖父はもういないんだよ、
と言う家族の言葉に、いつも苦しくなる。
確かにいつまで引きずっているんだろう、
一向に私の地獄は終わっていない。
実家のリビングにいると、いつも思い出す。
あの臭いも、汚れた雑巾も、祖父の金切り声も、
身体を念入りに洗われた風呂場も、
包丁を冗談で向けられた台所も、
私を威嚇するときに使って壊れた孫の手も、
習い事や塾や学校の行き帰りで私を叱り続けたあの車も、
趣味の悪い18金のネックレスも、
使い所も私の好みも一切考えられていない本革の水筒入れも、
祖父の写真が飾られた祖父の寝室も、仏壇も、
全部、全部、全部、全部、全部。
あの人の匂いがする。あの人の面影が見える。
苦しくて過呼吸になりながら泣いていた私を思い出す。
そしてふとした瞬間、その時に引き戻される。

そんな時生きていても仕方ないような、
なんとも言えない苦しい気持ちにのまれてしまう。
ひとりでいると、実家にいると、
やっぱり駄目だ。
こんな私はどこかおかしいんだと思う。
だけどおかしくならないと生きていけなかった。
私はいつのまにか、社会の基準と言われるものからこぼれ落ちてしまった。
そんな私は、私のような人間は、おかしいか?
真っ当に生きてはいけないか?
幸せを感じることは、助けを求めることは許されないか?

そんなの間違えている。
祖父も、泣いている幼い私を祖父に差し出した母も祖母も、そして今泣いている誰かや、苦しんでいる誰かを見ないふりしている世界も
全部全部間違えている。
だからそれを伝えるために、私は気持ちをうまく説明できないけど文章にする。行動する。
しどろもどろで、稚拙だけど、
誰にもこんな言葉響かないかもしれないけど
私は私の声を強烈にあげる。

主張する。
私も、どこかで苦しんでいるあなたも、いるのに社会からいないものとされていた、またはされているあなたも、
きちんと生きていて存在しているのだ。
私たちをもっとはっきりと、ちゃんとみてくれ。
私たちをとりまく苦痛をちゃんとみてくれ。
この声がどこかの誰かの目に留まりますように。
ひとりでも多くの人に見られますように。
強く強く祈る。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?