県北戦士アガキタイオン番外編『村上茶買います』

※「阿賀北ノベルジャム」参加作品の『有限会社新潟防衛軍』県北戦士アガキタイオン』の二次創作を募集するグランプリ「いぬねこグランプリ」の参加作品の「村上茶売ります」です。つまりこれがどういうことなのか知りたい方は『県北戦士アガキタイオン』と、残念ながら織り込めなかった『有限会社新潟防衛軍』の二作を今すぐチェックだ。

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「本当に作ったの!」
 出張から戻ったマキナは、驚きの声を上げた。事務所は衣装素材の段ボールで足の踏み場もない。端切れの山をベッドにしたミッシーが、徹夜テンションでもって天へとサムズ・アップする。傍らには縦横二メートルほどもある漆黒の球体が、屹立してんだか転がってんだか。からだを布地に横たえたままミッシーが叫んだ。
「メガローッ」
 すると球体の表面に毛細血管のような亀裂が走り、割れ目から生々しい赤光が漏れ出す。
「すっごい、けど誰が着るのこれ」
 驚嘆と恐怖が半々の気持ちで尋ねるマキナに、ミッシーは降ろしていた方の腕も高らかに掲げて両手でサムズ・アップをした。
 県北戦士アガキタイオンには欠番話数がある。
当時の土木課長で大の特撮マニアだった十想地明翁(じっそうぢ・あきヲ)が監督を志願し、家屋敷を抵当に入れて制作したエピソード『村上茶買います』である。若かりしころトンガリ系の映画青年であった十想地さんがゴリゴリの前衛路線を貫いた結果、「奇抜なカメラアングル・陰影キツい画面・主張強めの内容」という「特撮の変な回」要素を全クリしてしまい、怖すぎてお蔵入りになったのだ。しかも登場怪人「メガロイマジニア」の様々なギミックは、当時の予算では再現できず、特撮パートが未完成なのである。
「それを作ってしまうとは、さすが三島さんね」
 物陰から突然に岩船さんが現れたのでマキナはびっくりして「びっくりした」と言った。
「あの頃じゃ作れないわよ、これ。流石はメチャクチャな施工指示を出しまくってアンビルドの大王と呼ばれる十想地くんだけあるわ」
「なんでその人、課長になれたんですか?」
 マキナの疑問はさておき、ミッシーが声を絞り出す。
「これで幻の欠番話数の続きが撮れます。新規の特撮パートを当時の映像とつないで『アガキタイリス』でリメイクするの。ああ胸躍る、リメイク! わたしだってムルチの回をリメイクしたかった!」
ミッシーはリメイク怪獣の話になると必ずムルチのことをいうのである。

 さて一同は仁義を通しに村上市役所へ足を運んだ。
「あそこで打ち合わせをしているのが十想地くんよ」
 事務室ではツナギ姿の男が二人、図面を突き合わせており、痩せたほうが微笑みながら言った。
「この水道管、ラメ入った透明な素材で作って、壁這わせて、オレンジジュース流して、夜はライトアップしよう」
「現役でヤバい人じゃん」
 男はすっくと立ち上がり、マキナたちのほうを見据えた。
「私が十想地です。話は伺いました。メガロイマジニアを作ったと……」
 そして天を仰いだ。頭上は年季の入ったシミが点々と浮かぶ役場の天井なのだが、十想地はそこに星空でも見ているかのような遠い目をした。そしてそのまんま声を震わせて捲し立てるのである。
「あれは永遠に来臨しない『想像の産物』だった! 想像の聖域には誰も手を出せない! 現れない敵を待って、アガキタイオンは足掻き続ける……それが僕のコンセプトだった。未完ゆえ完成しているのだ。アガキタイオンが終わらないために! それを、よくも!」
 十想地の剣幕にミッシーは気圧された。本放送からいくとせ、この熱気ありあまる怒りは何だ。彼もまた本気なのだ、アガキタイオンに。おのが理想に。
 だが、理想の自分を目指して足掻く戦士ならば、ここにもいる。
 沈黙を破ったのは、マキナだった。
「十想地さんの理想はわかりました! 私達と正反対です。だって私たちは、現実にしたくて足掻いてるんだ! ヒーローになりたい、現実にはいないかもしれない存在にせめて近づきたい、いや―――現実にしたい!」
「相容れないようだね」
「はい。だから――勝負、メガロイマジニア!」
 マキナは腰を落とし拳を構えた。眼前にない何者かとの間合いをはかるように。無骨さとしなやかさを兼ね備えたそのポージングに、十想地が一歩退く。
「アガキタイリス!」
 チェックしてくれてるんだ。マキナの心に火がともる。大胆に間合いを詰めると、上段の回し蹴りを虚空にはなった―――いや、蹴りは空中で、柔らかい物体にいなされたように軌道を変える。マキナは―――アガキタイリスは蹴り足を着地した勢いで、反対の足で後ろ蹴りを繰り出す。しかしその途中、突然に海老反りにはね飛んで地面に転げる。
「敵が強い」
 呟いてから、岩船課長は我に返った。マキナは誰とも相対していない。しかし岩船課長には見えたのだ。敵の姿が。そこにいない敵の姿が。
 五分ばかり戦ったろうか。十想地がこぼした。
「もういい」
 しかしマキナは手を止めない。敵の横腹に掌底を打ち込み形勢を盛り返す。十想地の声が震えた。
「やめてくれ、倒さないでくれ!」
 マキナは思わず手を止めた。
 倒さないでくれ―――それはつまり、十想地にも見えた、ということだ。   倒されそうになる怪人の姿が。マキナの力で現実にしたものが。
 十想地は姿勢を正して、マキナへと片手を差し出した。
 マキナは、しっかりとその手をとり、硬い握手を交わした……


「メガローーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」


 そのときミッシーが雄叫びを上げた!
 おお、二メートルある漆黒の球体が事務室の引き戸をブチ折って飛び込んでくるではないか!
「キシャーーーーーーーッ!」
 メガロイマジニアの表面が光る! 緑色の煙とピンク色の液体を噴射しながら、ベーゴマのように回転し全てを薙ぎ倒す!
「いや何を呼んでんの!」マキナは血相を変えて怒鳴った終わる感じだったじゃんまとまってたじゃん。ミッシーが泣きそうな顔で、「だって、せっかく作ったのに、せっかく作ったのに終わる感じだったからっ、せっかく作ったのに」毒ガスも出すのに。
「グエーッ」
 十想地と、完全に居合わせただけの業者の人を下敷きにして、なおもメガロイマジニアは土木課を蹂躙するのだった!
「すごい動き。あれ中身誰?」
「後藤さん」
 頼まれれば、しっかりやる。
 それが後藤大。
 足掻くぜ、アガキタイオン!
 また来週!

〈了〉

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