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更生した不良


消化不良のまぶたに差しこむ光で目を覚ます。
「歯が痛い」
おはようよりも先に出た言葉に耳を疑った。
目覚めの一言ランキングが覆された、異常事態。
まだ霧のかかる脳にも鮮明に浮かぶ「痛」。
いつも目を擦る手はかなり下にあった。手によると、どうも右側の上部の歯、もっと言うと犬歯の肉が痛いようだ。

急いで駆け下り、鏡に問う。
「鏡よ鏡よ鏡さん、世界で1番醜いのはだれ?」
「それはあなたです。」
王妃にぴったりの言葉が返ってきた。

鏡の言葉も右から左に抜け、はねる後髪にも目もくれず、前に進むカバ。カバに申し訳ない。カバって呼ぶには申し訳なかった。 あの時、ヒエラルキーがあれば、カバは上だっただろう。購買のパンを食べ、談笑するカバに憧れの目を向けながら、教室の隅でシーマンと絵しりとりでもしていただろう。

かなり脱線してしまったが、肝心の歯は検討がついていた。子供の時からある変な歯が原因だろう。歯科検診ではブイブイ言わす不良だった私は、毎年歯医者に行っていた。小学3年生の頃は、Cの烙印はかなり恥ずかしく、教卓に顔を赤らめながら赤紙を取りに行った。4年生の頃には、仲間内で赤紙を見せあい、罵りあった。5年生にもなると、新参者に先輩風を吹かし、次の年には、行きつけを紹介していた。

そんな私は数々の店を渡り歩いたが、必ず指摘される歯があった。なぜ直さなかったかと言うと、初回の検診で
「前にとび出ている歯があるけど、子供の歯だから、ほっといたら抜けるよ」
と言われたからだ。
この言葉を高らかにかかげ、行く先々で
「ここの歯、変なとこに生えてるんですけど、子供の歯なんで」
と牽制していた。そのおかげでのびのびと育ったこいつは、今になって思春期に入った。抜けば終わるのだろうが、行く歯医者がない。あんなに可愛げに過保護に育てた子に、そっぽ向けられていると知られるのが恥ずかしい。6枚ある診察券からランダムに選ぼうと決めた。目を瞑り、震える手を抑えながら、引いた。

予約がいっぱいだった。



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