ようこ

40代のシングルマザーです。介護職。現在休職中。中学生の娘とふたり、縁もゆかりもない土…

ようこ

40代のシングルマザーです。介護職。現在休職中。中学生の娘とふたり、縁もゆかりもない土地で暮らしていましたが病気を機に実家に戻ってきました。娘はおそらくHSC。小学校と中学校で不登校を経験しています。

最近の記事

状況ががらりと変わった。

しばらくnoteを開くことがなかった。 あれからすぐ胃がんだと分かった。 それからは色んなことがありすぎて頭が追いつかなかった。 何も考えたくないときもあった。 生きているのかもわからないときもあった。 色々あって今私は生きている。 仕事も辞めて、住む場所も変えて。 このnoteには娘のこと、仕事のことを書こうと思って始めた。 今、私にしか残せない記録がある。 そう思って約9ヶ月ぶりに再びnoteを開いた。 書きたいことがある。 残したいことがある。 再び私のことを書い

    • 娘は娘。

      娘はひとりの人間であり私とは全く別の人格。娘は私の分身ではない。性格も違う。全く違う考えを持っていて当たり前。 娘の不登校で悩む時期に色々な本を漁ったが、共通して書いてあるのは子どもをひとりの人間として扱うことだった。 私の中で娘に対する考え方が定まってからは娘のあれこれに対する考え方が変わった。 学校、勉強、部活etc...決めるのは娘。 サポートはする。アドバイスもする。助けを求められたときには協力する。でも誘導はしない。 人にどう見られるのかではなく娘自身がど

      • 子どものためにもSNSを。

        先日、スーパーで偶然同級生のお母さんに会った。 幼稚園からの顔見知りで今は同じ中学校に通っている。 娘は私立の女子校に通っている。学校についてはまた後日noteに書こうと思う。 そのお母さんに娘はSNSをやっているか、と聞かれた。私は正直にInstagramもTwitterもやっていると答えた。どちらも娘は複数のアカウントを持っており私もそれを把握している。学校用、好きなアーティスト用、と使い分けている。 彼女は“うちの子は全くやっていない、やりたいとも言わない“らし

        • ママっぽくないね。

          お風呂に一緒に入っていると娘に言われた。 “ママってママっぽくないよね、いい意味で“ 何じゃそりゃ。 聞くと勉強しなさいってうるさく言わないからだという。試験前に出かけると行っても止めないし、怒らない。どうしてか聞かれた。 “だって私は困らない“私がそう言うと娘は笑った。 娘の友達のほとんどは親からいつも勉強をするように言われているらしい。確かに娘の通う学校のお母さんは厳しい方が多い印象。何においても管理しておられる様子が娘の話からうかがえる。 私は娘に“ママが勉

        状況ががらりと変わった。

          プロテイン始めました。

          月末はどうしても仕事が立て込んでしまい帰宅が遅くなる。 なるべく休みの日に夕を作り置きしているのだが21時前後のご飯となると罪悪感もありどうも食べる気がしない。 というわけで先日思い切って夕食をプロテインのみにしてみた。 翌朝空腹感があるものの体が軽い。 40歳過ぎて代謝が悪くなってきたのか生活は変わらないはずなのに体重が増加傾向にある。さすがにやばいと思って最近朝食はプロテインにしている。腹持ちもよくなかなか美味しい。 簡単な筋トレも始めた。無理をしない程度に10

          プロテイン始めました。

          学校が始まる。

          いよいよ本格的に娘の授業が始まる。 6月に入り午前中授業、遅めの登校、そして明日からは通常授業。2月の末に突然休校になり、ほぼ家で過ごした娘。休校中、娘は精神的にとても安定しており家の中はとても穏やかだった。オンライン授業がずっと続けばいいのにと言っていた娘。私もそれでもいいかな、と思っていた。 勉強はそこそこに料理や裁縫をしたり好きな映画や動画を見たり、本を読んだり自由に過ごしていた。家事も積極的にしてくれるので私もすごく助かる。 中学生になってからはきちんと登校でき

          学校が始まる。

          学校がすべてじゃないからね。

          娘は学校へ行かないことに罪悪感を持っていた。 学校に行かないといけないという思いが娘の体調不良を引き起こしていたのだと思う。それでも娘は毎日宿題をしたし、次の日の用意もしたし、朝起きて着替えもした。そして行く直前になるとトイレに駆け込み嘔吐した。 学校に行く必要ってあるのか?娘が不登校になって考えるようになった。娘を見ていると辛そうで学校に行かないとダメよ、なんて言えなかった。 私は娘に学校が全てじゃないからね、と言った。行きたくなかったら行かなくていからね、行けるとき

          学校がすべてじゃないからね。

          新しいものを受け入れる。

          娘の好きなものを否定せず受け入れる。 娘が普段聴いている音楽をわたしが偶然聞いている。娘が可愛いという服を一緒にスマホで見る。娘が好きなアーティストの話題を私から振る。娘のメイクを褒める。 ちょっとしたことだけどそれだけで娘は喜ぶ。 “ママもこんな音楽聴くんや!いい曲やと思わん?“ “これ、いいよね、ママも好き?ママの若いときもこんなやった?“ 娘の話には横文字や略語が多すぎて意味がわからないことも・・・。早口についていけず私の脳が思考停止に陥ることも・・・。 そ

          新しいものを受け入れる。

          学校に行かないことで困ること。

          学校への連絡。娘が通っていた小学校はマンモス校のため欠席の連絡は電話でなく連絡帳を通じて行うと決まっていた。でも欠席するかわからない、途中から遅刻していくかもしれない。どうしたらいいんだ。先生がいつでもお電話くださいと言ってくださったのでそうさせてもらうことにした。しかし結構これが私にとってストレスだった。毎回担任の先生に繋いでもらえるわけではなく、知っている先生が電話に出るとちょっと今日は遅れていくかもしれません、で済むのだが知らない先生が電話に出るとそうはいかず、どうかし

          学校に行かないことで困ること。

          私は娘を甘やかしすぎているのか。

          今日も娘の話をしようと思います。 HSCの子育てハッピーアドバイスを読んで私はかなり救われた。 それまで元夫にはもちろん、自分の母親にまで私の子育てを否定されていたから。小さい頃は大人しく育てやすい子だと思っていた娘が成長するにつれて育てにくい子に感じるようになった。 ちょっとしたことで癇癪を起こし文句を言う。些細なことで大袈裟に騒ぐ。ちょっと注意すると存在を全否定されたかのように逆ギレする。うまくいかないと八つ当たりをして被害妄想的に取る。過度に落ち込むためフォローが

          私は娘を甘やかしすぎているのか。

          ひといちばい敏感な子。

          娘はおそらくひといちばい敏感な子。 娘が小学校高学年で不登校になってから私は色々な本を読み漁ったり、ネット検索をしたりした。娘は学校に行きたくないことにはっきりとした理由はないという。具体的に何があったというわけではないが学校に行きたくないと。アスペルガーなのだろうか、娘は父親にすごく似てる、けど何かが違う。人の気持ちがわからない元夫とは正反対で娘は人の気持ちを読みすぎる。 明橋大二さんのHSCの子育てハッピーアドバイスを読んだとき、娘のことが書いてあると思った。娘の特性

          ひといちばい敏感な子。

          離婚すると決めた日。

          携帯のメモに残ってる。 私が離婚を決意した日。 2018年5月16日 離婚する。今日はものを投げてお皿を割った。いくらなんでもそれはない。本当に感情のコントロールがどんどんできなくなっているのに本人に全く自覚がない!〇〇(娘の名前)があんな風になったのは私のせいだと言われた。ネットでサッカーやアニメばっかり見て〇〇のことは調べたのかと聞いても曖昧。本当に調べているのなら私の育て方が悪いとかいう発想は出てこないはず。もう一緒に暮らすのはムリ。イヤ。離婚したい。 実際には

          離婚すると決めた日。

          仕事のこと。

          介護職で生計を立てている、しかも離婚をしてひとりで娘を育てている、10年前の私が聞いたらきっとびっくりするだろう。 約6年前、事務職で働いていた私に当時の上司が、施設のヘルパーを手伝ってほしい、資格取得の援助をするというので、とりあえずやってみようかな、という軽い気持ちで初任者研修の資格をとりに学校へ通う事になった。 久しぶりに通う学校は新鮮で仲間もでき、とても楽しい3ヶ月間だった。実務者研修も同じメンバーで受講した。講師の先生とも意気投合し今でも連絡を取り合っている。

          仕事のこと。

          noteはじめます。

          今日からnoteはじめます。 今日は何か新しいことをはじめるのに良い日だとのこと。 いつか始めたいと思っていたこと、重い腰を上げ 思い切ってはじめようと思います。 私は41歳のシングルマザーです。 1年と少し前に離婚し、今は13歳の娘と2人暮らしです。 九州で生まれ育ち、関西で暮らしています。 大学進学のため実家を出て 関西で暮らしはじめてもう20年以上経ちました。 両親も親戚もいないこの街で娘と2人、支え合って暮らしています。 仕事のこと、子育てのこと、

          noteはじめます。