懺悔の話

これは、懺悔の話である。後下世話な話だ。極力抑えるつもりである。

5年くらい前、武内くんと熊沢くんという男3人でルームシェアをしていた。熊沢くんはずっと仕事をしていたので、1週間に1度くらいしか居なかった。

以下懺悔の話。

ある日。そう、ある春の日の話。その日は、武内くんも帰りが遅く、熊沢くんも帰ってこない日だった。僕はお金を払うことで女性と性的な遊びができる画期的なシステムの話をインターネットで知ってしまった。これはネット社会の弊害とも言える深刻な社会問題だ。

そして僕は、とある電話番号に電話をかけた。所謂、秘密結社だ。そこに電話をすることで女性が来るらしい。これもネット社会の弊害だ。忌々しい。僕は不安と期待を胸に電話をかけた。そして「フリーで」とだけ伝え、電話を切った。

そして僕は自分の部屋でそういう行いをするのが嫌だと言うことに気づいた。自分に正直になれた気がした。大人になった証だ。成長を素直に喜んだ。

じゃあどこだ?難問だ。僕は膝から崩れ落ち、頭を抱えた。ここまでなのか?

だがすぐに答えは出た。熊沢くんの部屋だ。そこしかなかった。もうそこしかなかったのだ。

これは懺悔の話。勿論、以下も懺悔の話。

とりあえず熊沢の部屋を綺麗にするところから始めた。女性が来るまで80分。まだ余裕はある。急ぐ時間じゃない。電話はもうかけてしまったんだ。準備してからかければよかった。だが今更そんなことを言っても仕方ない。仕方ないんだ。

彼の部屋は畳の部屋で、本棚には浦沢直樹の「MONSTER」と「プルートゥ」あとダンブラウンの「ダヴィンチコード」、横山秀夫「半落ち」、「パタリロ」と「こち亀」が数巻並べられてある。あと「ブラックキャット」。

僕はずっと意味とセンスがわからないと、彼の本棚を心底軽蔑していた。不快だった。彼の本棚は本当に不快でしかたなかった。僕は彼の本棚が日本で一番嫌いだと豪語していた。僕は怒りを沈め、彼が読み散らかした安彦 良和のガンダムオリジンを本棚に戻し、極力布団だけの部屋を作り上げた。畳の部屋の中央に布団があるだけの部屋。普通にこんな部屋に住んでいたら発狂する。

準備はできた。

そしてチャイムが鳴る。もう逃げれない。闘うしかないのだ。ありがとう。不思議とそんな言葉が口から出る。扉を開けると女性が立っていた。驚くかもしれないが、僕は彼女のことを知らない。彼女も僕を知らない。人生なんてそんなもんだ。

一期一会。添えても良いか?こんな状態に一期一会。

そして、また驚かせてしまうかもしれないが、気づいたら、僕は彼女とシャワーを浴びていた。しかもお互い裸でだ。

あれよ、あれよだ。まさに、あれよ、あれよである。口に出ていたかもしれない。「あれよ」と。こんなはずじゃなかった。だが、心のどこかでは彼女とこんなことになることは、覚悟していたのかもしれない。

シャワーを浴び終えると、2人で熊沢の部屋に向かった。彼女は俺に尋ねる?「他の2つの部屋は?」僕はバスタオルを腰に巻き、両手を腰に添えて答えた。「物置。物置だよ。二つともね。」今思えば、こいつはどんな家に住んでる奴なんだろうか?畳の部屋の中央に布団を置き、残りの部屋2つを物置として活用する。不器用。間取り不器用ボーイ。そんなタイトルの曲を向井秀徳も歌っていたかもしれない。

そして彼女は、布団に仰向けになってくれと言った。断る理由が見つからなかった。その後どうなるかなんて僕達はわからなかったし。明日の天気が晴れか曇りか雨なのか、そんなことだってわからなかった。だから、その瞬間、瞬間を大事に生きていたい。それじゃダメかな?そう思った。

彼女はローションを取り出した。そして、出が悪かったのか、ボトルをぐっと押すと、上蓋が外れて、驚くほどのローションが出た。というかシンプルに本当に驚いた。海だった。熊沢くんの部屋にローションの海が完成した。だが不思議と悪い気はしなかった。何より温かかった。

全部忘れようとしていた。だが、どうしても忘れられなかった。ここが熊沢くんの部屋で、これが熊沢くんの布団であるということだけは、どうしても忘れられなかったのだ。

そんな不安さえも彼女は包み込んでくれた。大量のローションと共にね。

全てが終わった後、彼女と再びシャワーを浴びた。あれよ、あれよだ。今度はちゃんと口に出していたかもしれない。

帰り際、彼女が口に出した。

「今日はありがとうね?」

馬鹿だな?お礼を言いたいのは、俺の方じゃないか。玄関のドアが閉まる。僕は髪をかきあげ、冷蔵庫からポカリを取り出し飲んだ。視界には熊沢くんの部屋が映っている。ドロドロになった熊沢くんの部屋だ。あんな綺麗だったのに。

もう、戻れないんだね?

思えば、青春とは取り戻そうとするその瞬間こそが、青春なのかもしれない。夢中で追いかけたあの時間こそ、何よりも輝いていた。

「いつでも戻れるよ。」独り言を呟くと、僕は熊沢くんの布団をゆっくりと、ひっくり返し、彼の部屋の電気を消し、扉を閉めた。

同時に、武内くんが帰ってきた。彼は僕の顔を見て「どうしました?」と尋ねた。疲弊しきっていたのだろう。

「疲れた。もう疲れたんだ。」僕はそう言い残し、自分の部屋に戻り、ベッドで寝た。

これは余談だが、僕の部屋は一切汚れていなかった。

1週間後、朝の出来事だ。熊沢くんの部屋からベリベリベリベリという大きな音がした。その後に熊沢君の大きな声がする。

「おい!!布団と畳が持ち上がったぞ!!!」

僕は彼の部屋に行き、言った。「カビじゃない?布団干してなかったべ?」そう言うと、彼は安堵した表情で「ああ、カビか。」と言った。その顔は本当に安らかな顔をしていた。

誰が悪いとか、誰がなんだとか、僕はそんな話がしたいんじゃないんだ!畜生。分かってくれなんてさ。思ってないよ。僕は。

だけど、ただ一つ言えるなら。

「ごめん熊沢。あれカビじゃなくてローション。あとなんかちょくちょく漫画とか借りパクした。食材とかも凄い食べた。感謝してる。感謝しかない。感謝しかないんだ。」

これは、懺悔の話。遠い春の、暖かな陽が差し込んだ、あの日の。

懺悔の話だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?