日記0913-0916

日常の繰り返しはつまらないけれど、いざ外泊すると3日目くらいからもう自宅のしょぼいシングルベッドが恋しくなる。そういう我儘さが自分にはある。

札幌に行った。
学生時代の研究を学会で発表するという名目だったが、実際は旅行みたいなものだった。

0913

小学4年生のときの担任にあった。
恩師と呼んでも違和感がない唯一の人間だ。
相変わらず背が異様に高かった。声が若かった。頭頂部は老いていた。
もう相当前のことなのにも関わらず当時の出来事をかなり覚えてもらっていて、感動した。同時に15年前の出来事をついこないだかのように思い出せる自分にも驚いた。

卒業アルバムを見て思い出話に耽った。
その中に、自分も先生もどうしてもよく思い出せない人がいた。うっすらと物静かな子という印象だけ残っている。
もし自分が彼のような生徒だったら、今こうして思い出してはもらえなかったんだろうか。

自分の記憶に残る生き方と他人の記憶に残る生き方は、どうやら違うみたいで、難しい。
他人の記憶に残るためには、どうしても他人の心に踏み込む必要がある。
自分は今、誰かの記憶に残る人生を送れているだろうか?

最後はホテルまで車で送ってもらった。
また人生のどこかのタイミングでこの先生に会いたいと思った。
約束をして、とかではなくて、街を歩いていたらすれ違って、みたいなので会いたい。
それまでは、自分も、周りの誰かにも、忘れられないような生き方をしていたい。

0914

ビール園に行った。サッポロとアサヒが割と近年まで同じ会社だったと知れて面白かった。
友だちが永遠と元カノへの未練を話していて面白かった。
とはいえ、自分も他人事ではない話だということに後から気づいた。
自分の人生でこの人以上の人はいないって、既婚者のみんなはいつ気づいたんだろう。あるいは、いつから思いこむようにしたんだろう。

0915

知り合って2年、会うのは初めてという異例の関係性の友だちと、小樽に行った。
会う前は初対面の緊張感があったが、いざ会うとあっという間にそれが消えていって不思議だった。
最後お別れするときに謎にグータッチまでしたから、きっとこの半日で親友にまでなれたんだと思う。

0916

自分の研究発表日だった。
多くは記さないけれど、いつかまた、この研究の続きをしたいと誓った。


総じて自分の人生を見つめ直すきっかけになる出来事が多かった4日間だった。
帰りの飛行機で歌野晶午の「葉桜の季節に君を思うということ」を読み切った。
ネタバレを避けるため曖昧に表現にとどめるが、自分にもいつかくるであろう「葉桜の季節」が今から少し楽しみではある。

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