森田芳光映画フルマラソン⑨:「そろばんずく」──やってやって、やりまくりの広告業界コメデ ィ

 まず始めに──「そろばんずく」は"幻の作品"?

「森田芳光全監督作品コンプリート(の・ようなもの)Blu-ray box」に(の・ようなもの)と入っているのは、今回取り上げる「そろばんずく」が収録されていないからである。書籍「森田芳光全映画」共著者の宇多丸のラジオでの発言や書籍収録のスチール写真などから分析するに、どうも本作の主演、とんねるずの二人及びヒロインの安田成美側からの版権許諾がおりなかったらしい。

 ならば本作は、たとえば井筒和幸監督作「ガキ帝国 悪たれ戦争」のような"封印された幻の作品"であるのかというと、そうでもない。現在も再販されておらずAmazonでも在庫はない状態だがDVDは発売されており、ケーブルテレビの映画チャンネルなどでたまに放映されていたりする。自分が観たのも、昨年にWOWOWで放映されたものを録画したものである。なので、どうしても本作が観たい方は、気長に待ち続ければどこかのチャンネルで観る機会がやってくるかもしれない。ガンバ!


あらすじ(「森田芳光全映画」より引用)

 広告代理店"ト社"の営業マン・春日野八千男(石橋貴明)と時津風わたる(木梨憲武)、そして梅づくしのり子(安田成美)は、チームを組んで働くことになった。ある日、進行中のCFが、タレント事務所から突然キャンセルを言い渡され、原因はライバル会社の"ラ社"の横ヤリだと判明する。ラ社はトップに立つアメリカ帰りの桜宮天神(小林薫)が会長の娘婿の地位を利用して、学歴主義と良血主義を掲げた理不尽なしごきを社員に施していた。その光景を目のあたりにした梅づくしの怒りは相当なもの。実はかつて彼女は天神と体を交わした仲だったのだ。3人は天神への復讐を誓う。数日後、またもや春日野と時津風のCFの企画が、天神と部下・天敵雄(渡辺徹)との策略で挫折。2人はラ社に殴り込みを掛けるが、籠絡され、自宅待機を食らってしまう。天神はその間にト社との吸収合併を計画。3人は手をつくして合併を止めようとする。

アバンギャルドなギャグセンス

 森田芳光作品には必ずと言ってもよいほど、"笑い"の要素が入っている。落語家が主人公で"人間はおもしろい"がテーマだった商業デビュー作「の・ようなもの」からその姿勢は一貫しており、比較的シリアスな題材の「ときめきに死す」や「それから」にも、思わずクスリとしてしまう場面が散りばめられている。

 そして、森田芳光作品の"笑い"は、身も蓋もない言い方をすると、非常に馬鹿馬鹿しくしょうもない。そんな"笑い"をベテランスタッフの巧みな技を使って豪勢に見せていることが更に馬鹿馬鹿しさに拍車をかける。

 前作「それから」が、それまでの森田芳光作品とは打って変わった腰の据わった文芸作品だったこともあってか、「そろばんずく」は従来の森田作品的な馬鹿馬鹿しい笑いの世界へと、更にパワーアップして帰ってきている。痙攣するようなカット割や早回しを使ったアッパーな編集に、前後関係なく放り投げられてくる展開、スーパーマリオや忠臣蔵、果ては自らの作品(失恋で落ち込む梅づくしがカラオケで歌うのは、薬師丸ひろ子「メイン・テーマ」!)までネタにしたパロディと、文字通り"やりたい放題"という言葉が似合う作品に仕上がっている。

初の"悪役"桜宮天神

桜宮天神(小林薫)長髪のカツラは本人考案のものだとか。

 本作には、森田作品の中で初めて、明確に主人公と対立する"悪役"が登場する。それが、春日野と時津風が勤める"ト社"のライバル会社"ラ社"のカリスマ広告マン桜宮天神である。

 まず初登場からスゴい。主人公の三人が休暇で一緒にドライブをしていると、何故だか「スーパーマリオ」に出てくる土管を発見する。その土管でマリオよろしくワープした先の草原で、"ラ社"の社員に檄を飛ばし体操をさせているのが、ランニング姿の天神。渡辺徹演じる右腕の天敵雄に抑えられながら「やって、やって、やりまくれぇーー!!」と絶叫する姿は、現在の"いぶし銀な名優"という小林のパブリック・イメージをぶち壊すだけの破壊力がある。その後も、春日野と時津風を陥れるため一世一代の猿芝居を打つシーンや、天敵雄と共に風呂場で全裸(モザイクあり)ではっぱ隊的なダンスを披露と、天神が絡んでくるシーンはひたすらに馬鹿馬鹿しく、強烈だ。

 とにかく自己愛が強く嫌みったらしい、でもどこか憎めない男、天神だが、あらすじにも書いてある通り、彼は"営業は血だ"というモットーを掲げた優性思想の持ち主であり、ただのコミカルな役どころではない、言ってしまえば現在にも通じる日本の政治家やビジネスマンの悪しき伝統をカリカチュアした存在でもあると言える。(広告業界というのも、その後の日本社会の差別思想を考えると非常に象徴的な存在でもある) 作中の言葉を借りれば、まさしく"あなどれない"立派な悪役である。

次回は、仲村トオル主演、森田芳光唯一のヤクザ映画「悲しい色やねん」です。

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