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セックスの単価 vol.9 -ある人妻の記憶①-

人妻とのセックス、それはリスクを伴うが特別な背徳感を持つ。

遠い記憶を紡いでみることとしよう。


15年ほど前だろうか、私が大学生であった時のこと。

彼女とは、とあるクラブで出会った。柱の陰に隠れて友人と2人で立っているところに声をかけ、酒を奢り話をすることに。
彼女は最初から人妻であることを打ち明けてきた。既婚女性にはこのタイプが多い。彼女らにとって、独身であると相手を欺いてまで関係を持つことにメリットはない。自分に非がないよう、最初から布石を打ちたいのであろう。これ以上踏み込むなら貴方の責任よ、と暗に仄めかす。
暗闇では年齢を推測することができなかったが、およそ30代半ばくらいであろうか。今日は友人に誘われて来たのだという。子供はいない。旦那の話題には深く踏み入らず、当たり障りのない話を続ける。
そうこうするうちに、住まいが近いことがわかった。出身や行動範囲に共通点があると、不思議と親近感が湧くものである。2人の間の空気が自然と和らぐ。クラブという薄暗く非日常な環境が、尚更そうさせた。そこから話が弾むと共に空のグラスも重なり、心地良い酔いが回り始める。

フロアへと移動し、軽く体を動かしつつ距離を縮める。既に友人の姿は見えなかったが、彼女にとっても居心地は悪くなかったのであろう、酔いに任せて日常の喧騒を振り払うべく体を動かした。
ひとしきり汗をかいた後、フロアから隅へと身を移し、唇を重ねる。この瞬間、周囲は一切が目に入らなくなる。互いの体を弄り合い、自らの存在さえ不確かなこの環境で、互いの存在を確かめ合った。

どれだけ時間が経過したか記憶にないが、友人が迎えに来た。二人連れの場合、互いがバランスよく楽しむのは案外難しい。帰宅の途につくこととなる。出口までエスコートし、別れを惜しみつつ連絡先を交換した。


それから間も無く、彼女と再び会うこととなる。一回りは下である若造の誘いに対し、快くOKしてくれた。
指定されたのは、平日の昼間。高級住宅街を車で巡る。離れた場所で迎えようか?という問いに、自宅のすぐ近くを指定してきた。
助手席に彼女を乗せ、ドライブへと誘う。先日の淡い記憶が現実であることを確かめつつ、不確かな記憶をひとつひとつ縁取っていく。どうも旦那とは一回り以上離れているようだ。稼ぎは明らかに良さそうであったが、妻が欲求不満のまま放置されているという典型的なパターンであった。傾聴し、頷く。運転席と助手席を隔てるセンターパネルは、互いの存在を確かめつつ話を引き出すには絶妙な距離感を保たせた。

私はホテルへと車を走らせた。彼女には何も聞かなかったが、拒みはしなかった。それが自然な流れであったと思う。
細かな記憶は失しているが、彼女が私を強く求めたことは覚えている。彼女のセックスは、決してテクニックを有していた訳でもなく、かといって不器用さもなかった。また、彼女のセックスは、彼女の自然体そのものを写していた。自宅では自然体でいることさえも許さないのだろうか、と、若輩ながら哀れんだ記憶がある。

それから幾度となく逢瀬を繰り返した後、彼女との関係は途切れた。何が原因だったか、記憶にはない。男女のくっつく離れるには、理由など要るまい。その後間も無く、彼女は私の記憶からも姿を消した。


それから幾年経ったであろう、ターミナル駅のホームで彼女と再会することとなる。運命は時に、粋な悪戯をする。真っ直ぐに私を見つめる彼女がいた。私も真っ直ぐに彼女を見つめ返す。たとえ期間こそ短くとも、お互いを肌で確かめ合った関係は、心に多少の爪痕を残していた。
電車に揺られながら、たわいもない会話を始めた。昔を懐かしみつつも、以前とは異なり、会話は何故だか必要以上にぎこちないものとなった。最寄駅までの乗車時間は、お互いに平等に流れた空白の時間を確かめるには短すぎた。
彼女は去り際に、「いい色ね」と、私のダウンジャケットに触れ、精一杯の微笑みを見せた。笑顔で手を振り、彼女を見送った。それ以降、彼女の消息は知らない。

記憶の中の彼女は、ぽっかりと顔が抜けている。今彼女を見かけても、彼女だと気付くのは難しいかも知れない。ただ、今でもその深緑のダウンジャケットを見ると、彼女と過ごした、若かりし頃の歯痒い記憶が鮮明に蘇る。

私は彼女を思い出す度に、彼女の幸せを願っている。それは、背徳を犯した自分への戒めと、彼女への身勝手な償いなのかも知れない。

椎名

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