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4期絵本探求ゼミ第3回振り返り

翻訳家 灰島かり

1.灰島かり略歴


今回の絵本探求ゼミで灰島かりの著書に興味を持ちました。生涯を知ることで翻訳された時の背景がわかると思い調べてみました。実家が市川市にあったので、市川市立図書館の資料や『新装版絵本翻訳教室へようこそ』、伴侶の鈴木晶氏のブログも参考にしました。
 
新装版『絵本翻訳教室へようこそ』の著者紹介より
「1950年生まれ。2016年逝去。絵本や子どもの本の翻訳者、研究者。
国際基督教大学卒業。資生堂「花椿」編集部、広告会社のコピーライターをへて、1994~1995年、英国のローハンプトン大学院で児童文学を専攻。その後、子どもの本の翻訳、研究、創作と幅広く活動する一方で、東京純心大学客員教授、白百合女子大学、日本女子大学講師をつとめた。」
 
鈴木晶氏のブログから
「実家は市川市国府台の江戸川のほとりの料亭で、母と祖母が仕切って、父親はいろいろな事業をやっていた。中学受験をしてお茶の水女子大学付属中学に入る。高校時代に1年間オーストリアに留学。その一年間で英語力を身につけ、国際基督教大学に進んで、さらに英語に磨きをかけた。高校から大学にかけては、演劇の世界にはまり、ついには大学を休学して劇団の研究生になった。卒論のテーマはイギリスのファンター作家アラン・ガーナー。ファンタジーは『生涯のテーマ』の一つだった。」
 
アラン・ガーナー作『エリダ―・黄金の国』(龍口直太郎/訳、評論社、1982年)を読んでみました。イギリスの歴史や伝説、シェイクスピアの作品が織り込まれていて深い研究が必要と感じました。『ふくろう模様の皿』は児童文学賞としては最高のカーネギー・メダルを1968年に受賞している。灰島かりはローズマリー・サトクリフの作品を4冊翻訳されましたが、適任と思いました。
 
家族構成:夫は翻訳家、法政大学名誉教授の鈴木晶、娘は社会学者、文筆家鈴木涼美
父親は東京ベイ信用金庫会長、市川市文化振興財団理事長などを歴任、市川市名誉市民 2012年没(市川ひと事典より)
『市史研究いちかわ 創刊号』p.112(『市史研究いちかわ』編集委員会、2010年)より
ご実家の料亭は「昭和51年の河川改修のため閉店」とありました。
 
資生堂時代のことも知りたいと調べましたがなかなか見つからず、フェローアカデミーの「TRANSLATOR‘S」(翻訳業界を豊かにし翻訳者のためになるWEBメディア)の中に灰島かりについての記述をみつけました。
「卒業間際に、資生堂が出している『花椿』という、私の大好きなPR誌の編集部が人を探しているという話がまわってきて、そこで働くことにしました。・・・英語ができる人材をさがしていたのです。・・・優秀なアートディレクターから、ビジュアルと文章の関係を徹底して叩きこまれたのが『花椿』時代でした。それは今、絵本の仕事をするにあたって非常に役立っています。」
そして最後の部分では
「本を読むことで、子どもが慰められたり、力づけられたり、それが児童書の本当の役目なんだ。児童文学の研究者が好む作品よりも、読者である子どもたちを喜ばせる作品を作っていきたい。以来、私はずっとそういう思いで翻訳を続けています。」と。
 
灰島かりが育った市川市国府台の風景(ご実家の料亭鴻月があった辺り) 写真:加藤

里見公園下の駐車場
江戸川(国府台側から東京を望む)

*里見公園は桜の名所。またご実家からバス停までの道路には桜並木があります。新緑、満開の桜、紅葉、冬枯れの木立の様子を見ながら毎日通学されていらしたと思います。里見公園には国府台城址の史跡があり歴史を感じることができるスポットです。(市川市公式Webサイト「里見公園より)

参考資料 (2023年12月20日追加部分)
・鈴木晶ブログ https://shosbar.blog.ss-blog.jp [妻の思い出1」「妻の思い出2」
・Webメディア:フェローアカデミー「TRANSLATOR’S  PERSONS」より  https://www.fellow-academy.com
・新装版『絵本翻訳教室へようこそ』 (灰島かり著、研究社、2021年)
・『市史研究いちかわ創刊号』
・『市川ひと事典』(エピック、2004年)
・市川公式Webサイト「里見公園」https://www/city.ichikawa.lg.jp

 2.児童書作品について


①ローズマリー・サトクリフの翻訳 
~運命と向き合い力強く生きた少年たちの物語~

ほるぷ出版の児童書サトクリフコレクションの6冊中4冊を灰島かりが翻訳している。『ケルトの白馬』(原題Sun Horse,Moon Horse)2000年、『ローマとケルトの息子』(原題OUTCAST)2002年、『炎の戦士クーフリン』(原題THE HOUND OF ULSTER)2003年、『夜明けの風』(原題DAWN WIND)2004年初版出版。2020年がローズマリー・サトクリフ生誕100年にあたり6冊が新装版として出版された。 

情景はただの景色ではなく、主人公の気持ちと一体になった描写で、読んでいて分かりやすかった。主人公と一緒にいるような臨場感がある翻訳と思います。日本語の書名はその本の内容が日本人にとって分かりやすくなっている。歴史小説の翻訳は言葉だけでなく文化や時代検証が必要で大変と感じました。 

『ケルトの白馬』と、『ローマとケルトの息子』は自宅にあり今回読みなおしました。あとの2冊も今回読んで、私はサトクリフの深い愛と目にみえないものを大切にし、心に訴えてくる幻想的なケルトの物語が好きなことがよくわかりました。成長期からずっと読む価値のある物語を翻訳して届けてくださったことに感謝します。 

『炎の戦士クーフリン』、『夜明けの風』のあとがきには、生原稿を読んで貴重な意見を寄せてくれた竹内美紀さん、強力なアシスタントを務めてくれた竹内美紀さんとの謝辞がありました。

灰島かりは絵本だけでなく、力強く生きた少年の物語を翻訳されていることが印象に残りました。『ローマとケルトの息子』の訳者あとがきで主人公「ベリックの『居場所がない』苦しみは形こそまったく違うものの、今を生きているわたしたちの心情と、響きあうものがあるように思える。しかもサトクリフは疎外され、凍りついている思いの人間が、どうやって心をとりもどすか、希望の形を見せてくれる。」(主人公ベリックは騙されて奴隷になり過酷なガレー船の漕ぎ手として心を捨て生きる運命を背負った)

<参考にした本>・『ケルトの白馬』(ローズマリー・サトクリフ作、灰島かり訳、ほるぷ出版、2000年)
・『ローマとケルトの息子』(ローズマリー・サトクリフ作、灰島かり訳、ほるぷ出版、2002年)
・『炎の戦士クーフリン』(ローズマリー・サトクリフ作、灰島かり訳、ほるぷ出版、2003年)
・『夜明けの風』(ローズマリー・サトクリフ作、灰島かり訳、ほるぷ出版、2004年)

 ②ロアルド・ダールの翻訳 ~楽しい言葉遊び、そして子どもの味方~
ロアルド・ダール・コレクション⑫『へそまがり昔話』口語表現の翻訳を得意とし、尊敬していた瀬田貞二を見習って、言葉のリズムに気を配って、訳文を深夜に声を出しながら翻訳の仕事をされていた(新装版『絵本翻訳教室へようこそ』より)

灰島かりはロアルド・ダールの翻訳も最適な方と感じました。『絵本を深く読む』(p.203)に「ダールは無邪気で無垢な赤ずきん像をひっくり返して、強く悪い女の子に変身させている」と。パロディ化された絵本を訳す楽しさと大変さが表れていると思いました。

ロアルド・ダール・コレクション⑪『オ・ヤサシ巨人BGF』原書の書名『THE BFG』(The Big Friendly Giantの略)で検索すると市内図書館にありましたので借りて、並列して読み進めました。原書を読んで一番気になったところは、BGFが話す部分に必ず「Iis・・・」とbe動詞の使い方が可笑しいところです。英語初心者の私が『なんで~、どうして』と思う言い間違いは、英語を勉強中の子どもたちにもBGFを身近に感じられるところではないかと思いました。

人食い巨人が人間の子どもを「ニンゲンマメ」(原書ではhuman beans)と書いているところも独特の表現です。これはロアルド・ダールのことば遊びの一つで「human beans」は「human beings」(人間)をもじったものと。ほかにも数々の楽しい造語があると『ロアルド・ダールが英語で楽しく読める本』にありました。

この本の中には「ロアルド・ダール紀行」(清水奈緒子文)のページがあり、イギリス・バッキンガムシャー州のグレート・ミセンデン村の記念館や、ゆかりの建物には小学生が多く訪れていると。村の郵便局では、週に4000通を超える手紙をジプシーハウス(ロアルド・ダールの自宅)へ配達したこともあり、世界中のファンからの手紙は現在でも届けられているとのこと。 造語や言葉遊びが多くとても翻訳がむずかしいロアルド・ダールの本。中村妙子の翻訳は大変読みやすいです。ロアルド・ダールの本を日本語でその楽しさを伝えることは大変なことと原書を同時に読みながら考えました。

英語初心者の私としては、24章のうち最初の3章までは2ページで終わり、章のはじまりの文章が短かくて読みやすいと感じました。子どもたちによく読まれている秘密の一つかと。 

ロアルド・ダール・コレクション別巻1『ダールさんってどんな人?』ロアルド・ダールの人生(1916~1990年)が「このうえなく、物語を超えるほどのおもしろさに、びっくりします」「あるときは石油会社の駐在員、あるときは戦闘機乗り、あるときはスパイにして、医学装置の発明家、映画の脚本も書けば、有名女優と結婚、そして…永遠のベストセラー作家」とありました。この本がロアルド・ダール作品のわくわくする世界へさそってくれます。ダールの本をどうすれば探検できるか、そのいくつかの方法を読者の子どもたちに語りかけている本。

 ロアルド・ダール・コレクションのうち⑫『へそまがり昔話』(2006年)・⑭『こわいい動物』(2006年)・⑰『まぜこぜシチュー』(2007年)・別巻1『ダールさんってどんな人?』(2007年)が灰島かり訳。昔話やマザーグース、詩の本を翻訳されていることがわかりました。

<参考にした本>
・ロアルド・ダール・コレクション⑫『へそまがり昔話』(ロアルド・ダール作、クェンティン・ブレイク絵、灰島かり訳、評論社、2006年)
・『オ・ヤサシ巨人BGF』(ロアルド・ダール作、クェンティン・ブレイク絵、中村妙子訳、評論社、1985年)
・『THE BFG』 (TEXT BY ROALD DAHL、ILLUSTRATED BY QUENTIN BLAKE 1982年)
・『ロアルド・ダールが英語で楽しく読める本』(コスモピア編集部編、2017年)
・ロアルド・ダール・コレクション別巻1『ダールさんってどんな人?』クリス・ポーリング著、スティーヴン・ガルビス絵、灰島かり訳、評論社、2007年)
・新装版『絵本翻訳教室へようこそ』 (灰島かり著、研究社、2021年)

 ③『お助けナブラーがやってくる』 ~大人の問題で悩む子どもに~
主人公ルーファスは、両親の離婚に悩んでいる。そこに不思議な世界からやってきたお助けナブラー。ナブラーがやって来ると、部屋の中はまるで森にいるような匂いでいっぱいに。ナブラーを見つけるテクニックとして、自分が困っている人のせなかをちょっと押してみてと。(類は友を呼ぶ)「この本はきみという目的地に到着してよかった、よかった」とのあとがきの言葉に灰島かりをこの本の翻訳に向かわせた気持ちが理解できました。

 3.絵本について

① 絵本に描かれた男の子・女の子の成長 ~『絵本を深く読む』から~『絵本を深く読む』の第1章「成長を占う旅」の中で『おかあさんのたんじょう日』(原題『ASK MR. BEAR』で少年が森へいくの基本構造を考察。

「少年は日常とは異なる場所(=森)へ出かけ、他者(=クマ)と出会い成長して帰宅する。」(『絵本を深く読む』p.22)。さらにその完成形の『大森林の少年』について記述があります。最後に「こうして旅をした少年たちはみな、背がグンと高くなり、視線も高く広くなって、成長して帰るというわけだ。」(『絵本を深く読む』p.40)

以前地元で開催された灰島かり講演会で、『大森林の少年』についてお話をされましたが、息子ばかりの我が家にとっては心に残る絵本となりました。

クマではないのですが、息子たちが犬を飼いたがったことも大切なことだったのかと。このことは第5章の絵本サロンのイギリス人と犬にローズマリー・サトクリフの著書『炎の騎士クーフリン』を例にして、「犬が出てきて重要なはたらきをします。」(p.123)と。そして「イギリスには犬を飼って、犬の世話をして、犬を愛することで、成長していくという伝統があるのです」とあります。(p.122)

女の子の成長に関しては、身近に女の子がいないので、自分の子どものころを思い出して読みました。少年が森へいくに対比して女の子はおつかいにいく絵本として『はじめてのおつかい』 『ゆうかんなアイリーン』を考察し少年と違ってクマのような存在と戦わないで、「みいちゃんも、そし、アイリーンも、おつかいでそれぞれ森へいき、自力で課題を果たし、帰還した。」(p.51)と。2冊の絵本から、「大きい母は子どもが成長するためのすき間をつくらなくてはならないのだ。・・・結局女の子たちは、そのすき間をうまく利用して小さい母へと成長してしまう・・・見えないところに性差は歴然として存在している。」(p.52)と。絵本をこのように深く読むことで子どもの内面の成長とはを考えることができた。

この4冊は時代が変化しても読み継がれていってほしい絵本と思います。現在よく読まれている『マジックツリーハウス』シリーズでは、女の子、男の子が一緒に探検しているところに時代の変化を感じます。

<参考にした本>
・『絵本を深く読む』(灰島かり著、玉川出版部、2017年)
・『おかあさんのたんじょう日』(『おかあさんだいすき』よりマージョリー・フラック作・岩波書店、1954年)
・『大森林の少年』(キャスリン・ラスキー作、ケビン・ホークス絵、灰島かり訳、1999年)
・『はじめてのおつかい』(筒井頼子作、林明子絵、福音館書店、1977年)
・『ゆうかんなアイリーン』(ウィリアム・スタイグ作、おがわえつこ訳、らんか社、1998年)
・『マジックツリーハウス』シリーズ(メアリー・ポープ・オズボーン作、KADOKAWA 2002年~)

 ②『DOGGER』を読み『新装絵本翻訳教室へようこそ』へ
『絵本を深く読む』第5章に英国でもっとも敬愛される絵本作家としてシャーリー・ヒューズの記述がありました。そこに登場する絵本『ぼくのワンちゃん』(原題『DOGGER』を読んでみました。図書館で日本語版・英語版の両方を借りることができました。第一印象は茶色が多い色調と、可愛い日本の子どもの絵本に慣れているので描かれている人物像になじめませんでした。ところが絵をみているうちに子どもの表情が気持ちを表現していて目が離せなくなりました。

絵に関することですが、この本にはいろいろな人種の子どもが描かれている。小さい子どもが見る絵本の登場人物に配慮している文化を感じる。 文章は翻訳アプリDeepl、英和辞書、携帯をみながら読んでノートに書いてみました。まったくの直訳でしたので、これを読んでも面白くないなと。

そこから、いよいよミッキー先生も受講生として登場する『新装版絵本翻訳教室へようこそ』を読んでいくと貴重なアドバイスがいっぱいありました。 「絵本の翻訳は英語をきちんと読み取って、的確かつ美しい日本語にするというのが基本です。しかし的確かつ美しいだけでは不十分で、元の作品の持つ言葉の力(別の言い方をすれば、魂かな)を十分につたえなくてはいけません」「私が心がけたいことは、血の通った日本語というか息吹が感じられるものでしょうか」『新装版絵本翻訳教室へようこそ』(p.154)より。 各章に、なるほどと思うアドバイスがあり、絵本翻訳の奥深さ、難しさを思い知りました。

そして再度日本語に訳してみると、読みやすい文章に近づけたかと思い楽しみに。これから翻訳絵本を読んでいくときに大切な選書眼の引き出しを一つ持てたと感じました。 

家に眠っている絵本『THE BOY WITH TWO SHADOWS』(文はマーガレット・マーフィー)は保育の学校に通っていた時に絵が気に入って購入。気が遠くなるようなブランクがありますが、時間ができたので日本語文に訳して、『新装版絵本翻訳教室へようこそ』に書いてあったようにその訳文を書いた紙を絵本に貼ってみたいと思います。

<参考にした本>
・『DOGGER』(SHIRLEY HUGHES、1977年)
・『ぼくのワンちゃん』(シャーリー・ヒューズ作、新井有子訳、偕成社、1981年)
・『絵本を深く読む』(灰島かり著、玉川大学出版部、2017年)
・『新装版絵本翻訳教室へようこそ』(灰島かり著、研究社、2021年)
・『THE BOY WITH TWO SHADOWS』(story by MARGARET MAHY、pictures by JENNY WILLIAMS、1971年)  

4.最後に

鈴木晶氏ブログ2016年6月14日永眠のお知らせの中で、愛情豊かな人でしたとありました。 市川子どもの本の会の講演会に3回ほど講師としておいでくださいました。(私は仕事の都合で2回だけ受講)。留学された英国の大学院で、ふぁっふぁっふぁっと笑う不思議なおばあさんがどこからともなく現れると楽しそうにお話する姿が思い出されます。子どもの心の成長を考えた本を翻訳されていらっしゃることも印象的でした。

4回目の依頼も体調がよくなったらとのことでしたが本当に残念でした。今回著書を読んで高校時代のオーストラリア留学、大学でのファンタジー研究、劇団の研究生、「花椿」の編集者時代の経験が灰島かりの翻訳に大きな影響を与えていたと思いました。

主に翻訳の言葉に関しての学びを中心に考えてみました。第4回の振り返りでは、絵本『とんことり』や『わたしとあそんで』の絵を読むことについて学んだことをまとめていきたいと考えています。

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