4期絵本探求ゼミ第2回振り返り
1.第2回ゼミのために選書した絵本は
ピーターラビットの絵本『りすのナトキン』です。
ビクトリクス・ポター/作・絵 いしいももこ/訳 福音館書店 1973年
<選書の理由>
1回目のゼミを受講して石井桃子訳の絵本を多く読んで理解を深めたいと考えました。
木の実を集めに、リスたちが湖をいかだでわたって島に通うお話。長老のふくろうブラウンじいさまにいたずらっこのナトキンがなぞなぞを持ちかけるのですが、そのなぞなぞがマザーグースとのこと。マザーグースの部分は歌うような畳みかけるような訳になっていると思いました。ほかの部分は語るような口調で、次はどうなるのかと楽しみな文章です
『THE COMPLETE TALES OF BEATRIX POTTER』
(BEATRIX POTTER、 PENGUIN BOOKS USA INC.、
1989年)が家にあったのを思い出して読んでみました。
ピーターラビットの原作23冊分が入っていますので、『The Tale of Squirrel Nutkin』の部分を読んでみました。なぞなぞの答えが斜体になっていました。日本語訳は傍点が付いていますが理由が分かりませんでした。原書を読んで分かったのでよかったです。マザーグースの部分はやはり韻を踏んだ文章でした。
その後、図書館で石井桃子訳の絵本を探しているときに
『赤りすナトキンのおはなし』
ビクトリクス・ポター/作・絵 川上未映子/訳 早川書房 2022年発行を見つけました。
訳者は芥川賞をはじめ数々の賞を受賞している小説家・詩人であり児童書とは無縁の方と考えていたので驚きました。
なぞなぞの部分を1か所対比したいと思います。
原文は
“Old Mr.B! Riddle-me-ree!
Hitty Pitty within the wall,
Hitty Pitty without the wall;
If you touch Hitty Pitty、
Hitty Pitty will bite you!”
石井桃子訳
「ブラウンじいさん なぞなぞかけよ!
へいのなかでも ちぃくちく
へいのそとでも ちぃくちく
ちぃくちくに さわったら
ちぃくちくは くいつくぞ!」
川上未映子訳
「ブラウンじいさま なぞなぞです!
つんつんとげとげ、 へいのなか
つんつんとげとげ、 へいのそと
つんつんとげとげ、 さわろうものなら
つんつんとげとげ、 かみつくよ!」
石井桃子訳は自然に歌が出てくる訳、川上未映子訳は言い回しが現代に即している訳と感じました。ほかに感じたことは、川上訳は漢字が多くルビがふってあり目で見ると読みやすい。石井訳は漢字が少ないが声に出して読むとお話がよくわかる訳文になっている。
図書館でマザーグースの歌が入っているCDを借りてきました。早くて解説の英文の歌詞を目で追えない。マザーグースは耳で聞いて覚えるもの。孫が「♪お寺の和尚さんが」のわらべ歌を高速で歌っているのを見てさらにそう感じました。
~石井桃子訳の絵本を出来るだけ多く読んでみることを課題に~
2. 石井桃子に関するエッセイ・評伝・研究書
第2回ゼミの講義の中でミッキー先生から訳者については1冊だけ読んでも理解はできない。たくさん読んで背景も知って理解するようにとのことでした。エッセイや評伝を読んでみました。以前宮沢賢治を研究されている方から、ノンちゃん牧場の牛乳瓶を見せていただき、農業や乳牛の飼育と牛乳販売を熱心にする石井桃子の生活を垣間見ることができました。トルストイの訳者北御門二郎氏との交流も孫に当たる小宮由さんの講演会でお聞きしました。トルストイは石井桃子さんの愛読書とのこと。
<読んだエッセイ・評伝・研究書>
『幼ものがたり』石井桃子/作 福音館書店 2002年
作者が本を読めるようになる前までの自伝・回想記
『ひみつの王国』尾崎真理子/著 新潮社 2014年
ジャーナリストが石井本人に取材して書いた評伝
(戦後日本の子どもの本にとって一番の功労者の評伝として)
『石井桃子のことば』(とんぼの本) 中川李枝子他/著 新潮社 2014年
年譜・全著作リストをオールカラーで紹介
『プーと私』石井桃子/著 河出書房新社 2014年
旅のエッセイ A.A.ミルンやビアトリクス・ポター、海外の子ども図書館事情などP.73にバージニア・リー・バートンを訪問とあり、日本人としては2人目と。1人目は椋鳩十で石井桃子訳の『ちいさいおうち』を置いて帰ったと。
『みがけば光る』石井桃子/著 河出書房新社 2013年
淡々とした自然体のエッセイ、分かりやすい目に浮かぶ文章。「ことばは大事にしなければいけない。ことばはみがけば光るものだ。詩人が使うのは、そういうことばなのだ。」(イギリスの詩人が少年少女の詩について述べたもの)
すごい事も日常の事も、感動したことも同じような静かな語り口調で描かれているので、読んでいて心が落ち着く。
『新しいおとな』石井桃子/著 河出書房新社 2014年
海外の子ども図書館の視察を通して生まれた「子どもたちにふさわしい図書館を」という問題意識から始まった石井桃子の活動の軌跡をたどるエッセイ。気楽には読めない本でした。
p.51「幼いころ、母親から『昔々あるところに』という話を聞きながら寝た。母の肉声は、こちらのからだをあたため、素朴な人間が生み出した話は、こちらの心にしみた。・・・幼い子は母の語ることばから、頭に絵を描き目の前にあるようにお話を組み立てていった。・・・自分から感じ、考えることを学んだ。」と。
最後のp.280「三ツ子の魂100まで」に「『こどもの本』は根源的な『人間の本』であるという私の信念は、祖父の懐で、すでに私の内に生まれていた気がしてならない。百歳を目前にしたいま、私はだれよりも深くこの言葉に感じ入っている。」と。
『家と庭と犬とねこ』石井桃子/著 河出書房新社 2013年
生活エッセイ集。石井桃子は戦後すぐの都会と農村の違いを身をもって体験している人。そして本当に農村の生活を引き上げようとした。
『石井桃子:子どもたちに本を読む喜びと』竹内美紀/著 あかね書房 2018年
伝記を読もうシリーズの1冊。石井桃子の生涯、仕事や理念がよくわかる児童書。大切な部分は
「伝記ではその人がいつ何をしたかなどの出来事や歴史が書かれます。しかし、大切なのは、その仕事をなしとげられたのはどうしてなのか。どんな子ども時代を過ごしていたのかなど、出来事の裏側を考えることです。・・・」と思いまいた。。
子ども時代については、1歳と数か月での弟の出産場面を写真をみるようにくっきり記憶していた。おじいさんに4歳まで昔話を語ってもらった。小さいものに目をかけてくれる人で、耳から小銭を出してみせたりユーモアの精神がある人で、それを引き継いだと。
『石井桃子の翻訳はなぜ子どもをひきつけるのか:「声を訳す」文体の秘密』
竹内美紀/著 ミネルヴァ書房 2014年
『石井桃子:子どもたちに本を読む喜びと』以外は2014年のミッキー先生の講演会後に一度読み終えていました。理解が深められたのは、絵本探求ゼミでミッキー先生から、『ちいさいおうち』についての講義を聞いてからでした。一つ一つの研究成果やエピソードの知識が集まって大きな存在としての翻訳家石井桃子が目の前に表れてきました。
3.石井桃子の翻訳絵本
石井桃子訳の絵本はピーターラビット・くまのプーさん・うさこちゃんシリーズだけでも多く出版されている上に、アメリカの絵本黄金時代の絵本が目白押しですごい翻訳者と再認識しました。
<今回初めて読んでみて感動した絵本を3冊>
① 『マイク・マリガンとスチーム・ショベル』 バージニ・リー・バートン/作 石井桃子/訳 1995年 童話館出版 (1978年 福音館書店 現在は目録に記載なし)
味わい深い絵本でした。最後のところで穴から出られなくなったマイクとメアリにほろりとしながらも笑顔になりました。
「アメリカ絵本の黄金時代を象徴するもの。以降の絵本の規範として高く評価・・・
働くこと、誠実に生きてきたものへの尊敬、人への信頼などを、これから人生を歩みだそうとする人たちへ向けて語り、いぶし銀のような味わいをかもしだしている。」(絵本のカバーより)
② 『くんちゃんのだいりょこう』ドロシー・マリノ 文/絵 石井桃子/訳 岩波書店 1986年
くんちゃんは旅に出ます。でも何度も忘れものを取りに戻っているうちに疲れて家のベッドで寝てしまうお話。暖かい家庭の楽しいお話でした。以前から気になっていた絵本をやっと読めました。「ぼくも南の国へ行ってみたい」とお母さんにお願いしたくんちゃんに、一緒にいたお父さんは、「やらせてみなさい」と一言。
③ 『りすのパナシ』 リダ・フォシュ/文 フェードル・ロジャコフスキー/絵 いしいももこ/訳 童話館出版 2003年
(『りすのパナシ・カストールおじさんの動物物語』 福音館書店 1980年 現在は目録に記載なし こちらは絵本ではなく童話の扱い)
声に出して読むと30分かかりました。リスの夫婦に4匹の赤ちゃんが生まれましたが、やんちゃなパナシが人間に捕まり離れ離れに。その間に家族はみんなで冬支度。ある日檻の戸の閉め忘れに気付いたパナシは逃げて森へ帰りますが、家族は引っ越ししていた。次の日にやっと再会でき、なんとその翌日から雪が降り始めました。p.31「おとうさんとおかあさんは子どもたちが生まれてきた日と同じように、うれしい気持ちでいっぱいでした」と結ばれている。淡々として美しい風景の挿絵にぴったりの訳でした。以前からおすすめされていた絵本です。
<読み直した絵本を2冊>
① 『こねこのぴっち』ハンス・フィッシャー/文・絵 石井桃子/訳 岩波書店 1987年 (横長大型絵本)
見開きの毛糸に絡まる猫のいろいろなポーズ・表情がなんとも可愛い。一筆書きのような曲線が特徴。猫の兄弟から離れて家をでるぴっち。ひよこ→おんどり→やぎ→うさぎと近づいては失敗。最後は病気になり、りぜっとおばあさんに看病してもらう。病気がなおるとみんでにぎやかにお祝い。カタカナがいっさい使用されていない。ぴっちをはじめ猫の名前もすべて太字の平仮名。日本語の平仮名は曲線の絵にぴったりと感じました。
② 『おやすみなさいのほん』 マーガレット・ワイズ・ブラウン/文 ジャン・シャロ―/絵 福音館書店 1962年
最初のページの最初の言葉「よるに なります。なにもかも みな ねむります。」は魔法の言葉と思いました。読んでみると静かな時間が流れてきました。 文字の大きさとうすい色が、またその魔法を助けています。何回も繰り返す「ねむたい 〇〇〇たち」には余韻があります。
4.最後に
『くまのプーさん』の改訳史のページにある本を4冊図書館から借りてきました。自宅にある少年文庫版『くまのプーさん』が一番古いものでした。大きな違いはこの版だけが白黒だったことです。白黒の挿絵を見慣れているせいか、出版から50年後に彩色された本に違和感がありました。訳文は細かい改訳があるとのことですが、1956年の版なのでほとんど違いは感じませんでした。訳者石井桃子の言葉「五十年まえ、私たちの目の前にあまりにも生き生きとその姿をあらわした世界を、そのままにしておきたいと思う、・・・」(『石井桃子の翻訳はなぜ子どもをひきつけるか』p.30)その気持ちを大切にしている故と思いました。90歳になってから『ミルン自伝:今からでは遅すぎる』(A.A.ミルン/著 石井桃子/訳 岩波書店 2003年)を5年間アラン・ストークに指導を受けながら苦労して訳されたことからも伺い知ることができます。大切な大切な本なのだと感じました。
伝記の表題のように『子どもに本を読む喜びと』共に長年活躍されてこられた生き方に感謝し、翻訳された絵本を大切に次の世代に伝えたいと思いました。
第1・2回ゼミの最大のキーポイント
ミッキー先生の著書『石井桃子の翻訳はなぜ子どもをひきつけるのか』の副題「声を訳す」文体の秘密のキーポイントは子どもは「文字の文化」に入る前の「声の文化」に生きていることと思いました。
~次回に向けて~
第2回絵本探求ゼミでは、ミッキー先生の恩師灰島かり中心のパワーポイントの資料をいただいています。紹介されている参考文献を読んで、第3回目は灰島かり翻訳の絵本を選書して参加したいと考えています。
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