見出し画像

初谷むい『花は泡、そこにいたって会いたいよ』

立っていて 光の中に さかなかえるわにはとわんこぼく走ってく

初谷むいの歌集『花は泡、そこにいたって会いたいよ』は、とてもとてもまぶしい歌集だった。
そのまぶしさに目をつぶってしまうこともあったけど、読み進めていくことで目が慣れていって、光のあたたかさも感じ取れたところで「この歌集の中の愛は生きているなあ」と思った。

カーテンがふくらむ二次性徴みたい あ 願えば春は永遠なのか

ふたりの夜は麦茶がわらうくらい減るふたりでいちばん人間になる

わたしたちの糖衣ごめんね 菊の花 こまったかおがうれしいだった

あかるいね雪の車道は あいづちのへたくそ許してもらっていたな

春の光、夏の光、秋の光、冬の光、四季それぞれの光の傍らで、初谷むいは愛をスペシャルにしている。
もともとスペシャルな愛と、愛をスペシャルにしたものは多分違っていて、初谷むいは愛をスペシャルに仕立てるのが上手だ。
大好きな人と、満足できる愛を作っていくのはすごく難しいけどたのしい。初谷むいは、愛をスペシャルにするために生きているようにも思えた。
あなたはそこにいていいよ、わたしがなんとかするから、という安心感もあるし、でも、ひとりでそんな遠くに行かないでほしい、という寂しさもちょっとだけあった。

なにになったらわたしはさみしくないんだろう柑橘系の広場の中で

きみが生きているのがつらいふとももから鋏を入れてはだかにならなきゃ

「愛は地球を救う」って、夏によく目にするんだけど、字面を見て「求」めてばっかりかよ、と、ふと思う。
地球に対して愛を与える側になったとき、愛は有限なんだと知る。
でも、好きな人に対しては、愛は無限なんじゃないの???とか、思っちゃう。
この歌集を読んだら、そう思っちゃう。

わたしビーアンビシャス今すぐここに来てひとりじゃできないことばっか好き

生きるなら笑ってほしい あたし環境音の真似が得意

表紙も挿絵も、この歌集にぴったり合っていた。一瞬なのに永遠みたいで、途切れた線の輪郭の隙間を、読者が心でなぞって埋められるような、そんな静かな共同作業もできた。

歌集の帯の色がヌーディーなピンク色で、この色って作者が自分で選べるのかな。
ズラーッと新鋭短歌シリーズの背表紙が並んだ時、この歌集が一番ラヴィな、と思いました。