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チャコのこと

実家でネコを飼っていて、茶トラの、名前はチャコという。
山形を出てからは数ヶ月に一度しか会うことはなく、帰省の喜びの大半はこのチャコとの再会だ。帰ってすぐは、誰だおまえと訝しがっているが、何度か声を聞いて、撫でてもらうと思い出してくれる。

私が実家にいた時はなるべく外に出さないようにしていた。猫エイズだの、グレー色のボサボサ毛の野良猫のボスだの、外には危険がいっぱいある。
その点、母は昔から外飼い派であったため、玄関先でチャコがニャアとひと鳴きすれば、杖を器用に使いどうぞどうぞと開けてあげる。

私はこの帰省で2〜3日も居られない中、チャコとの時間を大切にした。といっても5分もすればチャコの方から飽きてどこかへ行ってしまうのだが。

去年父は免許を返納してしまったので、チャコのオヤツや爪研ぎなどは買いに行けない。買いに行ける環境だったときも猫のものなど買ってきた試しはない。父は常に一人暮らしの感覚で生きている。
なので、私が帰った時に少し多めに買ってきて、普段は禁止しているマタタビふりかけを少しかけてあげる。
これは僕のだ!と爪研ぎを抱えておぞましい頬擦りをしながら我を忘れるチャコを見ると、ああ買ってきて良かったと満足する。

東京へ帰る日、朝からチャコの姿が見えなかった。どうせ母が外へ出したのだろう。
いつものことなので、私は出掛けたり、帰ってきたりを繰り返し、そろそろ帰らなくてはと2階で荷造りをしていた。
あたりが暗くなった頃、突然「チュンチュン!チュチュン!」とスズメの声がした。外ではなく、下の部屋のどこかで。
慌てて階段を降りていくと、チャコが生きたスズメを足で踏んづけて立っていた。
「こら!チャコ!なにしてんの!」
チャコはバタつくスズメを前脚で転がし、スズメはこの隙を逃さず離れた。
私は素手でスズメを確保して、外へ逃して玄関の内鍵をしめた。
スズメも私もドキドキしていた。
チャコは、スズメがいた場所をクンクンと嗅ぎながら鼻息を荒くしている。
その時、私はチャコを怒ってしまった。
「なんでこんなことするの!スズメびっくりしてたでしょう!」
アルコールを含んだナプキンで床を拭き、コツンとチャコの頭を叩いた。チャコは少し驚いた顔をしながらも、エッヘンという顔をして、ゴロンとお腹を出し私の足に頬擦りをした。
チャコは、私がオヤツや爪研ぎを買ってきてくれたお礼にと、足を真っ黒にして一日中スズメを追いかけ、生きたまま献上してくれたのだ。
前にも冷感マットを買ってあげた時にトカゲを捕まえてきてくれた。
そうだ。チャコはいつもお礼をしてくれる優しい子だった。今回は極上の品だったのだ。
と、気づいたのは、駅へと向かうバスの中だった。
玄関先でお座りして見送りをしてくれたチャコの頭を撫でる暇もなく出てきてしまったことを、ひどく悔やんだ。
今夜帰ることも分かっていたのかな。次に会うまでまた半年ほどあくかもしれないことも。
うおおおお!!!チャコ!!!!バスの降車ボタンを連打したかった。しなかった。これは最終のバス。
撫でたい。抱き抱えて身体を揺さぶりたい。お腹をわしゃわしゃしたい。
泡だらけのコーヒーみたいな毛の色で、全然臭くないやつ。

つぎ帰省したときには、たくさん名前を呼んで撫でてあげようと思った。
両親が死んだら、チャコを東京へ連れてこようか。どうしたもんか。