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カジュアルファッションの変遷

カジュアルとは…
 ファッションの流れには、いくつかの特徴があるが、「カジュアル化」も時代の趨勢を語るうえで欠かせないトレンドである。時代はまちがいなく、そしてテンポを上げながらカジュアル化に向かっている。
 あらためて“CASUAL”を辞書で引くと、そこには「何気ない」「身軽い」などの言葉が。なかには「インフォーマルな」という解説もあり、日ごろ、わたしたちがイメージしているものと差異がない。
 そして、服装にカジュアルという言葉が登場するようになったのは20世紀からのようで、そのルーツについては諸説ある。19世紀に自転車が発明され、女性が乗る際にドレスを避けてブルマーをはいた。これが女性用パンツ(トラウザーズ)の起源とされ、このブルマーがカジュアルウエアの第1号という説がある。また、ワークウエアから生まれたジーンズ、テニスウエアからのポロシャツ、いやいやゴルフウエアが先である…などなど決定打がない。
 ここで明確にしておきたいのは、ここで述べるのは「カジュアル」のルーツについてであり、「カジュアルウエア」の起源とは異なる。例えば、カジュアルウエアの筆頭といえば、誰もが思い浮かべるのがジーンズだが、19世紀に誕生したリベットパンツ(後のジーンズ)はワークウエアだった。前述のポロシャツもテニスウエアとして生まれたもので、カジュアルシーンで着られるようになるのは後のことである。

19世紀末の女性のサイリング
ポロシャツのルーツといわれるルネ・ラコステ 

 一方、「カジュアル」という語意に「インフォーマルな」という意味があるとすれば、フォーマルウエアのカジュアル化は19世紀にはじまっていた。男性用のフォーマルウエアとして常用されていたフロックコートが、機能的で軽快なモーニングコートに移行する背景は、カジュアルが意味するところの「身軽さ」にあった。
 肉厚な生地もさることながら、ひざ下までの着丈があるフロックコートは、当時、上流階級を代表するスポーツだった乗馬に支障をきたした。乗馬の際に、丈の長い前身頃が邪魔になり、それを解消するために生まれたのが、腰から下の部分を開いたモーニングだった。カッタウェーとも呼ばれるモーニングコートが、乗馬用のスポーツウエアとしてフロックコートのデザインを変え、昼間の正礼装に進化した。当初のモーニングコートは、インフォーマルな服だった。

乗馬の機能から考案されたカッタウェー(モーニングコート)

 また、今日のスーツ(背広)も、窮屈なモーニングや燕尾服から解放するために生まれたラウンジウエアがルーツといわれ、袋(サック)のようにゆとりのあるサックスーツが、リラックスウエアとして広まった。この「何気ない」(着る目的がない)「身軽い」(開放感)装いも、カジュアルそのものといえる。 

アメリカから広がったカジュアルウエア
 ただ、一般的に「カジュアル」がファッションの世界で認知されるようになったのは、20世紀後のことで、その発祥はアメリカにあるとの説が有力である。そう指摘するのがネバダ大学歴史学准教授のディアドレ・クレメンテである。クレメンテは、1900年代初頭からのアイビーリーグスタイルにはじまり、1990年代のビジネスカジュアルの出現までの服装を調査し続けている。その彼女が言う。 
 「カジュアルな服装は、中産階級の台頭、消費主義、郊外化、高等教育、女性の権利と公民権など、20世紀を生き抜くためにアメリカ人が着るようになった」
 このあたりを「大学生がアメリカンスタイルを再定義した方法」(ivy-style)は、次のように解説する。
 《クレメンテは、現代アメリカのワードローブを、中流階級の大学生がキャンパスでの服装をめぐって争った20世紀前半まで遡る。当時も大学生たちは雑誌でスタイルを選んで、学部長の要求にさまざまな反対をし、自分たち独自のワードローブを作り上げた。カジュアルドレスを生み出す原動力となったのは、ハリウッドやハイファッションブランドではなく、大学生だった。クレメンテは、キャンパスから大人へカジュアルの広がりは、子弟を大学に行かせる中流階級によって達成できたと主張する。カジュアルドレスは、影響力を増していくアメリカの中産階級の御旗となった》

1930年代のキャンパスファッション 

キャンパスとファッションの歴史
 日本におけるカジュアルウエアの歴史はどうか。ここでもキャンパスファッションが源流となったと見る向きが多い。それまでもセーターやポロシャツ、ジャンパーは存在していたが、これらは「洋品」というアイテムであって、“カジュアルスタイル”が広まったのは、1960年代に流行したアイビーブームから。このブームは、アメリカのキャンパスファッションを日本に持ち込むとともに、日本にカジュアルという概念を定着させた。
 ところで大学キャンパスでの“ファッション紛争”は、アメリカだけではない。1920年代にイギリスでも起こった有名な話が「オックスフォードパッグス」である。最近ではバギーパンツとも呼ばれるオックスフォードパッグスは、股上が深く、ヒップから裾までストレートにカットした極太のシルエットが特徴。まるでバッグ(袋)のように太くて大きなデザインから、こう呼ばれたものだが、これは学生たちの反発から生まれた。
 当時、大学側は学生の間で人気となっていたニッカーズの着用を禁止した。しかし、これに反発した学生たちは、ニッカーズを覆い隠すデザインを考案した。それが極太パンツで、やがてこれがオックスフォード大学のシンボルのようになり、若者たちの間でブームとなった。

オックスフォードバッグス 

 日本でも1977年に大阪大学でアメリカ人講師が、ジーンズ姿の女子学生の受講を拒否した。「ジーンズは作業着であり、女性にはそぐわない」という理由からだったが、「女性蔑視」「ジーンズは日常着である」とする学生側と対立。「阪大ジーパン論争」としてマスコミにも取り上げられた。その後、この講師が辞任することで幕引きとなったが、これなどもオックスフォード紛争と似ている。 

カジュアルフライデーでの混乱 
 最近の日本では、クールビズなどで総理大臣もノーネクタイで執務するなど、オフィスウエアのカジュアル化が珍しくなくなった。このオフィスカジュアルのきっかけとなったのが、1990年代に登場した「カジュアルフライデー」である。もちろん、それ以前にもITやメディアなどの業界では、カジュアルスタイルが定着していたが、カジュアルフライデーはスーツを常用するビジネスマンを対象した。これも先行したのはアメリカである。
 週末にオフィスからリゾート地に直行するケースが増えてきたアメリカのビジネス社会で、金曜日をカジュアルデーとして、カジュアルウエアでの就業を認める企業が増加した。その日本版が日本でもスタートしたわけだが、いきなり「スーツ無しで…」の変化に多くのビジネスマンが戸惑った。とくに中高年層にとって困ったのがスタイルである。カジュアルウエアといえばゴルフウエアに直結する世代にとって、「ゴルフウエアでの出勤は控えるように」との但し書きは、混乱に輪をかけた。企業の多くが、色柄が派手なゴルフウエアの自粛をうながした。
 アメリカでも大企業の一部では、派手なシャツにショートパンツで職場に現れ、オフィスでのカジュアル化が混乱した。日本ではオフィスカジュアルの先行事例が少なかっただけに、「社内に色が氾濫して気分が悪くなった」、「誰が上役なのか判断しにくい」などの批判が生まれた。
 カジュアルフライデーは、オフィスカジュアルの下地をつくったものの、「社内の風紀が乱れた」、「仕事の能率が落ちた」といったネガティブな評価も手伝い、いつの間にか元に戻す企業がアメリカで増え始め、日本でも下火になった。それに代わって浮上したのがクールビズである。2005年に、環境大臣だった小池百合子東京都知事が、夏場の冷房を節約する目的で採用したもので、こちらは現在も継続されている。

オフィスカジュアルの下地をつくったカジュアルフライデー

オフィスのカジュアル化
 「(世界最大の人事マネジメント組織)SHRM(The Society for Human Resource Management)のスポークスマンであるクリスティン・アクシピター氏によると、カジュアルウェアのポリシーを報告する企業は順調に増加。1992年には、調査対象企業の24%だった「週に1 日のカジュアルデー」が1995年には71%、1999年には95%がカジュアルウェアポリシーを報告した。 回答者の87%が週に1日またはカジュアルウェアポリシーを報告している」(「オフィスでのカジュアルウェア」Knowledge at Wharton)
 Knowledge at Whartonは、このテーマについて独自の調査を行い、カジュアルウェアのポリシーについてヒアリング。カジュアルウェアのファッショントレンドを、次のように示している。
すべきこと、すべきでないこと
東海岸では、「センスの良いもの」であることを求めている。デニム、ジーンズ、ロゴ入りのシャツ、ショートパンツ、ホルタートップ、タンクトップ、レギンス、スウェットスーツ、ウォームアップスーツなど、露出度の高い服装は敬遠。モカシンやサンダルもNG。Tシャツは一般的にノーだが、女性向けのTシャツはトレンディで安価、より高級なバージョンがオフィスに登場している。一部の企業は、よりフォーマルな外観に戻ることを選択しており、いくつかの東海岸の企業は「ドレスアップ木曜日」を検討。
戦略的ツールとしてのファッション
一部の企業がカジュアルにする理由として挙げるのは
1. 1980 年代以来カジュアルな服装が標準となっているハイテク顧客に近づくため
2. 採用において優位性を与えるため
3. 生産性を向上させるため
ビジネス界では
モルガン・ルイス・アンド・バッキアスは、メイシーズ、ノードストローム、ジョセフバンクスの専門家を招き、パートナー企業の社員にカジュアルウエアのセミナーや割引を提供。ニューヨークの法律事務所 キャドワラダー・ウィッカーシャム・アンド・タフトは、ポロ・ラルフローレンの別注ファッションショーを開催。ゼネラルモーターズは地元の百貨店と協力して、ランチタイムにカジュアルウェアのファッションショーを開催。ブルックスブラザーズ、ランズエンド、バーニーズなどは、スーツより現代的なバージョンを提供、さまざまなルックに挑戦できるセパレートを構成した。
  
 オフィスカジュアルといえば、アップルのスティーブ・ジョブスのジーンズスタイルが知られているが、仕事以外の決断を減らすために同じスタイルを続けている、というのは有名な話。重要な決断を繰り返す日々をおくるジョブスにとって、服装の決断は極力避けたかった。ただ、その時に身に着けるニットウエア(モックタートル)は、イッセイミヤケの特注品で、ジーンズは501、スニーカーはにニューバランスと決めていた。
 ジョブスにとって、これらのコーディネートはふだん着ではなく、自身を表現するツールとなった。先のKnowledge at Whartonのヒアリングでは、企業は「センスの良いもの」を求めており、オフィスカジュアルが「ますますクリエイティブなカジュアルバージョンに変貌している」という。
 明確なオフィスカジュアルに関するドレスコードが規定されていないが、そのスタイリングは「センス」というキーワードが示すように、アイテムもさることながら装う本人の表現が問われる。そうした時代を迎えている。

スティーブ・ジョブス

金融機関も指摘するカジュアル化
 三井住友信託銀行は、「調査月報」(2021年4月号)で興味深いレポートを発表している。「アパレル業界で進むカジュアル化~コロナ収束後もカジュアル化の流れは続く見通し~」のタイトルの要旨は次の通りである。    
 《カジュアル化の動きは、コロナ問題だけに起因するものではない。そもそもアパレルの需要環境は厳しい。その背景には、節約志向の強まりに加え、衣料品に対する支出優先度低下がある。また、衣料品の平均購入価格は長期的に低下し、消費者の低価格志向は強まっている。とくに、近年の購入価格低下は、物価下落を理由とするというよりも、消費者が、より安価でカジュアルな衣料品を選択するようになった結果だと考えられる。カジュアル化の背景には、①オフィスの服装規範の緩和、②ファッションに対する価値観の変化、という2つの理由があると考えられる。そして、カジュアル化が進んだ結果、ビジネス・フォーマル系衣料に対する需要は、長期的に減退してきた。このように、カジュアル化の進行とビジネス・フォーマル系衣料に対する需要減退は、 コロナ禍による一過性の動きではなく、業界の長期的な傾向だと言える。コロナ問題が収束したのちも、カジュアル化の流れは止まらないと考えられる。従って、ビジネス・フォーマル系衣料を主戦場としていた企業も、一定程度カジュアル分野を広げていくなど、事業ポートフォリオの組み換えが必要となっていくだろう》  

      



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