スポーツウエアの歴史
ファッションにとってスポーツウエアは、欠かせない存在になっている。なかでもカジュアルウェアのスポーツインフルエンスは、年追うごとに比重を増している。そのルーツを探っていくと、ボタンダウンシャツは19世紀に英国のポロ競技で着用されたシャツの衿型を大衆化させたものだし、ポロシャツもテニスウエアが発祥といわれ、スニーカーに至ってはどれもが運動靴を起源としている。最近は、アスレジャーのようにスポーツジムだけでなく、そのままおしゃれ着として着用する例もある。
しかし、そんなスポーツウエアだが、ファッションとして注目されるようになったのは、ここ半世紀のことで、かつて「体操着」や「運動着」といわれた日本でジャージーが登場するのは、それほど古いことではない。かつて日本の小中学校での体育などでは、男子は布帛の白いトレパン(トレーニングパンツ)、女子は紺地のブルマーが主流を占めた。足元は男女ともに白い運動靴だった。
スポーツの大衆化
古代オリンピックという言葉があるように、スポーツの歴史は古い。裸体の男性による円盤投げの彫像は、美術品としても馴染みが深い。一説によると相撲は紀元前に行われていたという。しかし、多くの大衆文化がそうであるように、スポーツという言葉も古代から使われていたわけではなく、スポーツ関係資料は次のように解説している。
「『スポーツ』の語源はラテン語の“deportare”(デポルターレ)で『場所に運ぶ・移す・転換する』の意味とされる。そして、ラテン語本来の意味から『気分を転じさせる』『気を晴らす』といった精神的な転換に変化し、その後『義務からの気分転換・元気の回復』が一義的な意味になったという説が有力。ラテン語の“deportare”が時を経て、中世フランス語の“depoter”(デポテア)や“desporter”(デスポッティ)に転じていく。これは「気分を転じる・楽しませる・遊ぶ」といった意味を持つ言葉。つまり、スポーツの語源の意味は「気分転換」と言える。16世紀になると“desporter”が、『ゲーム・ショー・見世物』といった意味を持つ英語“disport”(ディスポート)や“sporte”(スポート)“sport”(スポートゥ)となっていく。19世紀後半までスポーツは、貴族階級の遊びであった野外での狩猟を指す言葉だった」(日本スポーツ協会JSPO Plus)
別掲の「スポーツ年表」を見ると、アメリカで初めて野球の試合が行われたのが1839年。その1800年代に今日に続くスポーツが誕生している。ちなみにソフトボールをはじめバスケット、バレーなどの競技は、この時代に考案された。
日本のスポーツ史
スポーツも欧米文化が雪崩れ込む明治になると、それまでの武道に加えて学生スポーツが興隆した。1870年代には、陸上競技、野球、フットボール、ラグビーユニオン、クリケット、アイススケートが導入された。
「日本にスポーツを普及させた最大の貢献者というならば、御雇外国人としてイギリスからやってきて東京英語学校(のちの東京大学予備門)で教鞭をとったフレデリック・ストレンジ(1853-1889)にほかならない。学生たちに陸上競技やボートなどを教え、自身も学生たちと共に競技に熱中したという。現在の運動会(体育祭)も開催し、現在の日本の体育の礎を築いた」(桃山学院大学「スポーツの文化史」大野哲也)
この論文は、明治初期のスポーツに関して興味深いエピソードを記しているので、やや長いが引用を続ける。
「江戸時代における武士の嗜みとして、火急の事態に直面しても動じることなく平静を保つことが求められていた。慌てふためき取り乱すことはもっとも蔑まれる行動であった。そのような価値観の時代、スポーツ、すなわち走ったり体を奇妙に動かしたりすることは、みっともない行為の最たるものだった。市井の人たちからすれば、スポーツに興じる学生たちは、時に笑いの対象だったという。こうした眼差しにも動ずることなく、ストレンジとその門下生たちはスポーツを楽しみ、普及させていった」
「日本政府もスポーツの普及を後押しし、学校教育に『体育』として導入していった。というのも、スポーツが心身を鍛え健康の増進に役立つからだった。それは『富国強兵』の理念に見事にマッチした。しかし、この理念を短期間で達成しなければならなかったという事情があり、スポーツの核心であった遊びの要素は、あっという間に排除されていった。遊んでいる場合ではなかったのである。日本において、スポーツは体育となって一般化していったが、そのプロセスで遊びの要素は失われ、楽しむというよりも、礼儀を重んじ、努力を重ね、忍耐に忍耐を重ねる規律・訓練となった」
スポーツウエアの歴史
ここに紹介した写真は、19世紀半ばの野球選手を写したもので、下半身のニッカボッカーを除けば、野球とは思えないスタイルである。着ているドレスシャツも興味深いが、襟元の蝶ネクタイは審判ではないか、と疑いたくなる。ちなみに写真のニューヨーク・ニッカボッカーズは、1845年に結成された最初の野球チームである。
「ニッカーボッカーズは 1849 年にオリジナルのユニフォームを採用し、白いフランネルの襟付きシャツ、ウールのズボン、麦わら帽子、革靴で構成されていました。1800年代後半の他のスポーツと同様にニッカーが採用され、すぐにリーグは選手、ポジション、チームを識別するために色や模様(ストライプやチェックなど)を使用しました。20世紀初頭、ほぼすべての選手のシャツにチームのバッジと名前が付けられていました」(encyclopedia「ユニフォーム、スポーツ」)
エンサイクロペディア「ユニフォーム、スポーツ」のレポートでは、スポーツユニフォームの歴史を次のように解説している。下記は、その要約である。
・サッカー 最初のユニフォーム (1860 年代から 1880 年代) は、ウールまたは綿のニッカー、織物またはニットのプルオーバー (通常はボタン付きのウェルト開口部が付いている)、膝丈の靴下、帽子、革または金属製のクリートが付いた革製のワークブーツで構成。19世紀のビクトリア朝時代のサッカー選手は、自分を区別するためにカラフルなスカーフを着用した。
・ラグビー 1800年代の上流階級の学校のユニフォームは、シルクハット、白いズボン、ブレース (サスペンダー)、黒いジャケット、白いシャツ、ネクタイで構成されていた。1800 年代の終わりには、動きやすさと汚れを隠す機能から、濃い色のニッカー丈のズボンが人気になった。チームカラーの帽子を頭にかぶり、バッジが付いていることも多かった。1900 年代初頭には、番号が入ったノーカラー ジャージー が見られた。
・野球 ニッカーボッカーズは 1849 年にオリジナルのユニフォームを採用し、白いフランネルの襟付きシャツ、ウールのズボン、麦わら帽子、革靴で構成した。1800年代後半の他のスポーツと同様に、ニッカーズが採用され、すぐにリーグは選手、ポジション、チームを識別するために色や模様(ストライプやチェックなど)を使用した。
・ バスケットボール 1891年に考案されると、女性はすぐにこのゲームに参加するようになり、マサチューセッツ州のスミス大学で 1893 年に最初の大学女子バスケットボールの試合が開催された。そのユニフォームは、フルレングスのズボン、ボタンダウンのシャツ、革靴など、男子が学校に着ていく普段着で構成されていた。
・ アメリカンフットボール 1876 年、ハーバード大学とイェール大学が、アメリカン フットボールの規則を正式に制定。1920年代のプロリーグ初期には、選手が着用する用具規則がなかった。チームは選手に長袖のニットウールジャージーと、チームカラーと靴下のみを提供した。
ユニフォームの進化
19世紀後半になると、アメリカでは大学を中心としたスポーツが行われるようになり、それとともにユニフォームが整備された。とくに野球やフットボールなど団体で競われるスポーツは、敵と味方の識別が不可欠であり、「1930年頃から、野球のユニフォームは選手を区別するために背中に背番号をつけるようになり、50年代には同じ番号が前面に導入された」(スポーツユニフォームの歴史 Physical culture study)
そして、20世紀になるとスポーツウエアに大きな変革の波が押し寄せた。「19世紀後半から20世紀初頭にかけて、スポーツユニフォームのデザインは転換期を迎えた。チームは、プレイヤー間の一体感とアイデンティティを育むために、色やロゴ、特徴的なデザインを取り入れ始めた」(スポーツユニフォームの進化Mediu)
こうした動きは「(スポーツの)試合がテレビ放映されるようになると劇的に変わった。よりクリエイティブでカラフルなユニフォームがデザインされた」(スポーツユニフォームの歴史)
スポーツウエアと素材開発
スポーツウエアの歴史は、機能素材の歴史といえるほど、素材開発とともに進化した。とくに20世紀半ばに登場した合成繊維は、アクティブウェアの世界に革命をもたらした。「これらの生地は、通気性、柔軟性、吸湿発散性の向上に貢献し、アスリートが最高のパフォーマンスを発揮できるようにした」(スポーツにおけるアクティブウェアの進化を探るballer athletik)
「テクノロジーの急速な進歩は、アクティブウェアのデザインに大きな影響を与えている。吸湿発散性繊維、温度調節素材、遠赤外線技術などの最先端の生地により、快適性とパフォーマンスが向上。アクティブウェアの遠赤外線テクノロジーは、血行の改善、体温調節の強化、柔軟性の向上、ストレスの軽減、細胞への潜在的な利点など、いくつかの利点をもたらす。3D プリンティングやスマート・テキスタイルなどの技術革新により、さまざまな生体認証データのカスタマイズやモニタリングの新たな可能性が開かれている」(同)
スポーツメーカーの歴史
一方、スポーツウエアメーカーは、19世紀末にアメリカでコロンビアとスポルディングが創設(1878年)されたのをはじめ、6年後の82年にはフランスでルコックが創業している。日本においても美津濃(MIZUNO)が1906年(明治39年)、デサント(1935年)、オニツカ(アシックス=1949年)、ゴールドウィン(1950年)などが誕生している。ちなみにアディダスとブーマが創設されたのは1920年代で、アメリカのナイキの設立は1964年である。 そこで興味深いのは、アディダスをはじめシューズメーカーがスポーツウエアにおいても人気ブランドになっていることで、陸上競技などで究極の機能性を探求するシューズメーカーの開発力がウエアに反映している、とも考えられる。
【スポーツ年表】
紀元前776年 記録に残る最初の古代オリンピックはアテネで開催
~100 相撲というスポーツは、この頃に発展
1490年 レオナルド・ダ・ヴィンチが世界初の自転車を設計
1520年 イングランド国王ヘンリー 8 世がホワイトホールにボウリング レ
ーンを発注
1596年 ミュンヘンで登山靴のエド・マイヤーが創設
1681年 最初に記録されたボクシングの試合 (アルベマール公爵の執事対彼
の肉屋)
1733年 最初の国際ボクシングの試合:ボブウィテカーはティトディカルニを
破る
1734年 サウスカロライナ州で最初のジョッキークラブが誕生される
1751年 最初のクリケットの試合がアメリカで開催
1793年 テニスがイギリスのスポーツ雑誌に紹介
1811年 第1回女子ゴルフトーナメント開催
1832年 米国初のカーリングクラブがオープン
1839年 アメリカで初めて行われた野球の試合
1840年 アメリカで最初に記録されたボウリングの試合
1845年 アレクサンダー・カートライトは、野球に関する最所のルールを書
いた初期の野球チーム、ニューヨーク・ニッカーボッカーズが組織
1851年 ヨットアメリカは、最初のロイヤルヨット戦隊カップ(アメリカズ
カップ)を獲得
1852年 アメリカで最初の対抗大学ボートレース、ハーバード大学がイェー
ル大学を破る
1855年 アイスホッケーの最初の試合は、オンタリオ州キングストンで
1857年 全米野球選手協会(National Association of Baseball Players)が設立
世界初のサッカークラブ、シェフィールドFCがイギリスに設立
1860年 サンフランシスコオリンピッククラブ、アメリカ初のスポーツクラ
ブ設立
史上初の男子ゴルフトーナメント「全英オープン選手権」が開催
1862年 ニューヨーク ブルックリンに初の野球場「ユニオン・グラウン
ズ」がオープン
1863年 サッカー協会が創設され、サッカーが標準化
1869年 初めての国際ボートレース(テムズ川)(オックスフォードがハーバー
ド大学を破る)最初の大学対抗アメリカンフットボール(ラトガース
大学、プリンストン大学)
1870年 ニューヨーク・タイムズ紙が野球を「ナショナル・ゲーム」と呼ぶ1871年 ブリティッシュ・ラグビー・ユニオンが開始
全米プロ野球選手協会が組織ラグビー初の国際試合
1875年 ハーバードとイェールは、ユニフォームを着た最初の大学フットボ
ールの試合ケンタッキーダービーが初めて開催
1877年 第1回ウィンブルドンテニス大会が開催
1881年 体操の国際統括団体であるFIGがパリに設立
1882年 加納治五郎は柔道というスポーツを発展させた
1887年 全米女子テニス選手権が開催された最初の年(全米オープン前身)ソ
フトボールはイリノイ州高校のジョージ・ハンコックによって考案
1891年 ジェームズ・ネイスミスはバスケットボールを発明
1895年 史上初の全米ゴルフオープン開催体育教師ウィリアム・モーガンは
バレーボールを発明
1896年 最初のオリンピックはギリシヤのアテネで開催
1897年 第1回ボストンマラソンが開催
1876年 米コロンビア設立
米スポルディング創業
1882年 仏ルコックスポルティフ設立
1887年 初の全米女子テニス選手権が開催ソフトボールはイリノイ州高校の
ジョージ・ハンコックによって考案。
1891年 ジェームズ・ネイスミスがバスケットボールのスポーツを発明
1895年 初の全米ゴルフオープン開催ウィリアム・モーガンがバレーボール
を発明
1897年 第1回ボストンマラソンが開催
1896年 最初のオリンピックはギリシヤのアテネで開催
日本では外国人教師や外国から帰国した人々によってサッカーや野
球などの近代スポーツが 移入。日本人対外国人、大学別などの対抗
試合が行われる。
1900年 英リーボック創業
1903年 早慶野球定期戦
1906年 MIZUNO(美津濃)創業
米ニューバランス設立
1908年 諏訪湖でスケート競技大会明治43~大正8 外国チームが各種大会の
ため来日。日本も海外進出。
1911年 伊フィラ設立
1913年 極東選手権(東洋オリンピック)大会はじまる
1914年 英アドミラル設立英スピード設立
1916年 伊KAPPA設立
1920年 独プーマ設立
1924年 独アディダス(ダスラー兄弟製靴工場)設立
明治神宮大会はじまる。(明治神宮競技場完成)
1925年 日本陸上競技連盟創設
1928年 ラジオ体操はじまる
1931年 明治神宮プール完成
1935年 デサント創業
1939年 横綱双葉山が安芸ノ海に70連勝を阻まれる
1946年 国民体育大会はじまる(京阪神地域で開催)
1949年 アシックス設立(オニツカ)
1950年 ゴールドウィン創業
1951年 ボストンマラソン初出場で田中茂樹が初優勝
1958年 第3回アジア大会が東京で開催(国立競技場完成)
1964年 東京オリンピック開催
ラグビー全日本選手権はじまる
1964年 米ナイキ設立
1965年 米パタゴニア創業
1966年 米ノースフェース創業
1970年 仏アリーナ設立
1975年 田部井淳子が女性として世界初のエベレスト登頂など女性が大活躍1979年 東京国際女子マラソンはじまる
1986年 初の国際駅伝が広島で開催される
1991年 世界陸上選手権大会が国立競技場で開催
1993年 プロサッカーJリーグはじまる
1996年 米アンダーアーマー設立
2001年 サッカーくじtoto(トト)全国販売はじまる
国立スポーツ科学センターがオープン
2002年 サッカーワールドカップ大会が日本と韓国で開催
(資料=kpolsson、秩父宮スポーツ博物館)
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