体重98kg→48kgダイエット その後 

 約3年かけて腸内洗浄と食事制限などのダイエットで、98kgの体重を48kgまで落としてリバウンド一切なしの完璧なダイエットに成功しました。
 重い脂肪を脱ぎ捨てた身体は、身軽に動き回れるのでとても快適です。
オシャレな服を試着してもまったく違和感が無く、カカトが7cm以上のヒールを履いて歩き回っても自重でヒザが痛くならないのは最高ですね。
 太っていたときは、ファッションも持ち物も実用性重視でデザインなんかどうでもよいと思っていましたが、痩せてからは自分に似合うファッションを心がけるようにし、それに合わせてシンプルで上品なデザインの小物を持つことと、立ち姿も歩き方も美しい立ち居振る舞いを意識するようになりました。
 すると今まで私をブスだのデブだのと呼び、バカにする以外はまったく興味なかった人たちが直接、私に話しかけてくるようになったのです。いきなり馴れ馴れしく、あるいは妙に親しげに話しかけてくることに戸惑いましたが、それでもようやく人間扱いしてもらえるようになったことが嬉しかったことを覚えています。
 しかし痩せてから新たな悩みが出てきました。周囲の人たちの対応がガラリと変わったのです。ダイエットプログラムを卒業したあと、痩せたことについて職場の人たちの評価がおおまかに2つに分かれました。
 ひとつはパートのおばちゃん達を中心とする、痩せて健康的になったことを一緒に喜んでくれた人たちや、痩せた事実をそのまま普通に受け入れてくれた人たち。
 もうひとつは、痩せて外見がおおきく変わったことに対して批判的、攻撃的になった人たち。

 批判的、攻撃的になった人たちは
「ねぇねぇ、聞いた? あの人、究極のダイエットを試したってみんな言ってるんだけどさ、自分のウ〇コを食べてお腹をこわすダイエットをやったんだってさ。それってもう、ダイエットがどうのこうのじゃなくてさ、人間として終わってるよね。」
と、言う人がいれば
「あのデブは違法薬物を使って痩せたんだ。繁華街の裏通りでクスリを大量に買って使いまくったんだ。いずれ警察につかまるから関わらないほうがいいぞ。」
と、言いふらされ、またある人は
「あの子は痩せたわけじゃないよ。違法エステの病院で大金を積んで全身の脂肪吸引をやっただけ。その証拠に引退した相撲取りはたった3年であんなにゲッソリ痩せないでしょ?あれだけブクブクに太ったデブがたったの3年で痩せるには脂肪吸引以外、考えられない。」
と、言って回ったのです。
 職場を駆け巡るウワサはその早さも内容もくだらない事ばかりでキリがなく、なにかにつけて薬物で痩せたヤツ、脂肪吸引という卑怯な裏技を使ったヤツなどいろいろな事を言われました。それも本人である私に直接言ってくるわけではなく、入社したばかりのパート社員や日系ブラジル派遣社員、または研修を終えて配属されたばかりの新入社員など、まだ職場の人間関係を知らない人ばかりに吹き込むのです。ウワサ話を流す人のうち8割ちかくが女性であることにも驚きました。

 悪質なウワサにイライラしていた私は、ウワサの発信源である別の職場の女性(ミルティ、仮名)のもとへ乗り込もうとしましたが、自分の職場のパートのおばちゃん達に止められました。
「冷静になりなさいってば。あんたが直接言い返しに行ったら、やっぱり脂肪吸引だったと認めるようなものよ。ああいう女は職場で一番美しい自分よりも一時的とはいえ、あんたが話題の中心になったのが妬ましいだけなんだから。どうにかしてあんたの評判を落としてやらないと気がすまないだけなの。あんたが真面目に努力して痩せたことはみんな知ってるし、あたしたちも知ってる。だからこそまともに相手にしちゃダメ。わざわざ悪質なウワサを流す人間はそのうち勝手に自滅していくから放っておきなさい。言い返したら負けだよ? 分かった?」

 おばちゃん達の言う通り、その場は我慢しました。しかし1ヶ月後、ミルティが新たなウワサを流したのです。その内容は・・・。

「あのデブは違法エステで大金を積んで脂肪吸引で痩せたけど、脂肪が多すぎて金が足りず、仕方なく痩せたあと担当医に身体を売って足りない代金をチャラにしてもらったんだ。たいして美人でもないくせに最近、急に色気づいて化粧をするようになったし、あれは男を知ったからに間違いない!男を知ったからこそ、女である自分を磨き始めたんだ。」

 あまりにもひどい内容に怒りで頭がクラクラしましたが、その隣でパートのおばちゃん達は大爆笑!
「ギャハハハハ! あのミルティはよっぽど溜まってんだわ! どんだけ欲求不満なのよー! 彼氏に相手にしてもらえないこと、自分で言いふらしてるわ! ヒィーッヒッヒッヒッヒ! おっかしくてしょうがないわー!」

 笑い転げるおばちゃん達は、いまいち状況が呑み込めない私に説明してくれました。
「あのねぇ、だれかを批判するウワサ話ってのはね、自分自身が不満に思っていることをウワサ話として相手にぶつけることでストレス解消してるの。だから今回の身体を売ったとか、化粧して色気づいたっていうのはね、裏を返すとミルティがどれだけ頑張って化粧してきれいになっても、狙っている男性から振り向いてもらえないとか、彼氏から夜の営みをしてもらえなくてイライラしてるってことなのよ。」
「そうそう、あんたのことを色気づいて~なんて言ってるけどさ、それだってあたしたちがあんたに眉毛を整えさせたり、化粧のやり方を教えたりしてるだけでさ、別に色気づいてるわけじゃないのにねぇ。年ごろの女性の身だしなみのひとつが化粧だっていうだけのことなのに。ミルティはよっぽどあんたのことが気に入らないのねぇ~。」
 笑いすぎで目に涙が浮かんでしまったおばちゃんは、目尻をぬぐいながら言いました。
「今回のウワサは本っ当に笑わせてもらったわ~。もう笑いすぎでホッペタが痛いわ。ミルティもたまには面白いこと言ってくれるじゃないの。アハハハハハ!」

 おばちゃん達、強い。子育てを経験し終わった女性達だからだろうか?
どんなにひどい事を言われても、それがどうしたと言わんばかりにバシッと跳ね返す精神的な強さに頭が下がります。

 しかしながらミルティもしぶとく、なにがなんでも私を徹底的に貶めなくては気が済まないようです。私がウワサ話にいっさい反応しないことがよけいに腹立だしく感じるようで、また1ヶ月後にはさらにおかしなことを言いだしました。
「あのデブは脂肪吸引で痩せたんだからね! 絶対に間違いないの! 更衣室であいつの身体を見たけど顔も二の腕も、皮膚のたるみがまったく無い!ふつうは太った分だけ皮膚が伸びるし、痩せたらその分たるむはずなんだから! あいつは脂肪吸引と薬物を使ってズルして痩せたことを絶対に認めさせてやる!」

 いったい何がズルなのか、なぜそんなに彼女は脂肪吸引説を主張するのかだんだん彼女の頭が心配になってきて怒る気力が失せてしまいました。

 たしかにミルティは美人です。100人に訊いたら99人が美人だと答えるぐらい、文句無しの美人です。北欧神話に出てくる美しい女性の顔と日本人のしょうゆ顔を足して2で割ったようなハーフ顔で、身長181cmの長身に上からバスト、ウェスト、ヒップ、両足を、ボン、キュッ、キュッ、スラリという表現が似合う手足が長いファッションモデルのようなスタイルの持ち主です。その顔も高く張り出たオデコの中心から鼻筋がスッと降りてくる、彫りの深い北欧美人です。
 それほど完璧な美人がなぜ、容姿という点ではるかに劣る私を攻撃するのか、当時の私にはまったく理解できませんでした。


 そんなある日、おばちゃん達から食事に誘われてファミレスに行き、客席に案内されて席につくとおばちゃん達がヒソヒソ話のように声をひそめて話しかけてきました。
「今日あんたを誘ったのは、あんたに話しておきべきことがあってね。今から話すことをしっかり聞きなさい。」
「ミルティのことなんだけど、あんたも見てわかるとおり最近、あんたに対する態度が度を越しているでしょう? あれにはちゃんとしたワケがあるんだよ。」

 おばちゃん達の話は、ミルティも私と同じように強烈なワキガだったことと、美容整形外科でワキガ除去手術を受けて根暗だった性格が明るく積極的に変わったこと、自分のルーツによる外見のコンプレックスを解消するために何度も顔面の整形手術を受けているという内容でした。

 ワキガに関して、彼女の場合はわきの下だけでなく胸元や急所からも凄まじい匂いを発していたそうです。彼女は夏になると仕事中でも1~2時間おきにトイレに行ってはわきの下を石鹸で洗い、濡れタオルで首筋や胸元をゴシゴシこすってワキガが匂わないように努力していました。しかし洗い過ぎでアカギレになってしまい、いつも肌が赤くただれていたそうです。
 ワキガ体質は遺伝で決まるので彼女が悪いわけではないけれど、やはり臭いものは臭い。思い切って美容整形外科でわきの下のワキガ除去手術を受けましたが『わきの下だけ』匂わなくなっただけで、胸元や急所の匂いがさらに強くなるという結果に陥ってしまいました。どうしてもワキガをなくしたい彼女は胸元や急所のワキガ除去手術も受けました。

 その効果はあまりにも絶大で、彼女は自分の人生に影を落としていた『負のワキガ』からほぼ完全に開放されたという事実に舞い上がってしまいました。
 服を買うときも試着するたびに店員から睨まれることがなくなり、ビキニなどのわきの下が剥き出しになる水着も匂いを気にせず堂々と着られるようになりました。なによりも女性としてオシャレな下着を身に着けたり、高級なブランド服を扱う店に入った時にさりげなく退店を求められることがなくなったのです。
 そのため彼女は自分の人生を変えてくれた美容整形の医師を崇拝するようになってしまいました。職場でもプライベートでも美容整形こそ女性が美しくなれる真の手段だと説いてまわり、まるで新興宗教のようだったと、おばちゃん達は遠い目をして語ってくれました。
 そして彼女は医師に勧められるまま、顔の整形手術に踏み切ったのです。

 ミルティは崇拝する美容外科医から、手術料金を無料にするから病院のテストモデルになってほしいという話を持ち掛けられて即座に承諾しました。自分の担当医に家族親戚一同の集合写真を見せて、この人たちに負けないぐらい美人にしてほしいと頼み込んだのです。
 
 ミルティのご先祖様に北欧の白人の方がおり、彼女の祖母を含めた母方の親戚一同は男性も女性もみんな身長が175cm以上の美形揃いでした。北欧顔とアジア顔がうまくブレンドされた美形一族で、伯父伯母も従兄弟たちも幼いころはモデルやタレントのスカウトが当たり前の環境で育ったそうです。 
 しかしその中でミルティだけがバランスの悪い顔立ちであったこと、それが原因で学生時代はいじめられたこと、大人になってからワキガ除去手術と顔の整形手術を受けて、ようやく今の美形になったことを聞かされました。
 ミルティ本人はご先祖様の隔世遺伝ではないかといわれるほど、白人並みの身長と肌の白さ、手足の長さを持ち、頭髪が赤毛にちかい赤茶色で手足や首筋に生える毛深い産毛は、太陽の光にあたるとまるで金属が光を反射したような光沢を持つ金茶色でした。そして彼女の瞳の色はミルクティーのような明るい茶色だったのです。

 それほど日本人離れした外見であり、彼女の頭蓋骨はオデコが高く張り出る白人系であったことに対して、顔のパーツすべてがアジア系だったことがバランスの悪さの原因でした。
 手術前の彼女の顔は細くて小さな一重の目をしており、目と目の間が異常なほど離れていました。鼻筋がほぼ無く、鼻の穴が横に広がった平べったい団子鼻。上あごの前歯4本は大きく前に飛び出し、下あごの左右の犬歯まで含めた前歯はガチャガチャに重なり合った乱杭歯。口角が下がった薄く血色の悪いくちびる。大鷲がつばさを広げたように前向きに広がった両耳。
 聞けば聞くほど、積極的な誉め言葉とは縁がない容貌だったことが分かります。
 整形手術はこれらのバランスの悪さを解消するために、目頭切開や二重まぶた切開法、シリコンで鼻筋を盛り上げて、鼻の穴の形を整えるなど様々な技法が使われたそうです。目、鼻、くちびる、口元、耳、アゴ、歯列矯正、全身脱毛など、顔面のほとんどをいじった整形手術はぜんぶ終わるまで2年以上かかったそうです。そしてこれらの手術は正規料金ならば、目玉が飛び出るような金額ですが最初の約束通り、テストモデルとしてすべて無料でした。

 誰が見ても間違いなく美人だという顔を手に入れたミルティは、職場内だけでなくプライベートでも手の平を返したようにチヤホヤされ、やがてその顔に釣り合うイケメンと何人も同時進行で付き合うようになりました。
 仕事が終わると職場の正門前に派手なスポーツカーや、見るからにギラギラした高級車が迎えにきては、彼女を助手席に乗せて去っていくのです。

 おそらく彼女にとってこのときが人生の絶頂期だったのでしょう。その後の彼女は加齢とともに崩れていく顔の維持と手直しに追われ、手直しにかかる高額な整形料金を稼がねばなりませんでした。その料金も実家に泣きついて出してもらうだけでは足りずに、借金を抱えるようになったとか。
 だからこそ美容整形ではなく、自力で痩せた私が妬ましくてたまらなかったのでしょう。彼女の
「あいつはズルして痩せたんだ。」
「脂肪吸引という卑怯な裏技をつかって痩せた。」
と言っていた理由がようやく分かりました。彼女なりの暴言混じりのウワサを流すことでストレス解消していたのです。

 以前にパートのおばちゃん達が言っていた、自分が不満に思っていることをウワサとして相手にぶつけることでストレス解消するというのは、こういう事だったのかと理解しました。こんな悪意の向けられ方は、自分で実際に経験してみないと理解しにくいものだということも学びました。

 ファミレスでの食事が終わって一息つくと、おばちゃん達は改めてわたしに強い口調で言いました。
「ミルティは心の病気になりかけているからこの先、どんなにひどいウワサを流されても一切反応しちゃダメだよ。彼女に関わると何をしてくるか分からない狂気を孕んでいる目つきになってきてるのよ。いままで彼女が流してきたウワサも彼女が経験したことが半分以上混ざってる可能性が高いし、とくに手術料金を身体で払ったなんて職場内とはいえ堂々と言えるのは明らかにおかしいし、もしかしたら・・・かもしれない。」

 おばちゃんのひとりは私の右手を自分の両手で包み込むように握って真剣な表情で言いました。
「絶対に彼女に関わっちゃダメだよ。あんたを見る目つきがギラギラしてて明らかにおかしいとハッキリ分かるほどだからね。彼女の様子がおかしいのは上層部にも伝わってるし、近いうちに職場異動か休職になるだろうからそれまで絶対に関わっちゃダメ! 万が一、彼女があんたに直接話しかけてきたら、具合が悪いふりをしてすぐにその場から逃げなさい。分かった?」

 おばちゃん達と食事した2週間後、朝礼でミルティがうつ病を理由に休職したと伝えられました。


 整形手術で外見の美しさを求めるのは決して、悪いことではありません。むしろ彼女にとって整形手術は、人生を好転させてくれた素晴らしい技術であったことは間違いないのです。
 しかし美しくなると同時に今まで経験したことがない、周囲からの絶大な称賛が彼女の人生を狂わせてしまったのでしょう。美容整形で彼女が求めたのは美しさと同時に周囲からの称賛と、特に男性からの強い称賛を求め続けた結果が、もっと綺麗に、もっと美しく、加齢による衰えなんて絶対に許せないと自分では歯止めが利かなくなってしまったのではないでしょうか。

                        おわり


 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?