見出し画像

その指先に触れたなら

『ただ穏やかに』
それだけを願いながら──

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【登場人物】
※出来ることなら女性1:男性:3ですが、メイン2人を変えなければ医師2人、店員、職員は全て兼役でも大丈夫です。女性医師になるようであれば口調も変更可とします。

《お願い》
無断使用・転載はおやめ下さい。

【メインキャラ】
女:20代半ば。会社員。男と同僚
男:20代後半~30代前半。会社員。女と同僚

【サブキャラ】
精神科医:男女不問(男性推奨)
脳外科医:男女不問(男性推奨)
店員、職員:男女不問(医師との兼役)


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


医師「…では、君はどうしたいですか?」
女「二度と、会いたくない、です。……二度と」

医師「どうして?」
女「…いつか、殺してしまいそう、だから」
医師「……」
女「私は、父とは分かり合えない。きっと何処までも平行線。決して交わらない…。だからこの憎しみが会ってしまえば殺意に変わらないとは限らない」

女「穏やかに、ただ穏やかにいたいんです」

─────────────────────────

(居酒屋、周りは多くの客で騒がしい)
店員「いらっしゃいませーぇっ!」
女「『お前は親の、俺の言う事を聞いていれば良いんだ!
お前に意思は必要ない。飯を食べさせて貰って、学校へ行かせて貰ってるだけでも有難いと思え!
俺の言うことを聞けないなら、今までお前に掛かった金を全部返して、そして今すぐ出て行け!!』」

女「……ってね、こぉーんなこと、しょっちゅう言われてみてくださいよ? もうね!呪いですよ、呪い!(烏龍茶を煽る) ぷはっ!あ、すみませーん!ネギまとハツ。タレと塩で!」
男「呪い…?」
女「言われ続けると…殴られ続けてると、段々「本当にそうなんじゃないか」って思えてくるんですよ。考える事を放棄したくなるんです。私には何の価値がないんだーって。撫でてもらうとか褒めてもらうなんてしてもらった事、記憶にないですもん」
店員「お待たせしましたー!ネギまとハツ、タレと塩でーぇす!」
女「あ、ここにお願いしまーす」
男「完全なるDV・モラハラの典型、だな…。あ、すみません。生中1つ」
店員「ありがとうございまーぁす!生中1でーす!」
女「タチが悪いのは、ココに本人の悪意が一切ない事ですよ」
男「……」
女「自分は正しい、間違えてない。自分以外の人間が間違えてるんだーって本気で思ってるんですよ。怖くないですか、コレ?」
女「こんな事されて、愛情なんて感じるべくも無いでしょ。とんだ無理ゲーもいいとこですって」
男「お母さんは?」
女「そっちはモラハラが主ですかね。母親は被害者でもあるけど、加害者でもありますから…ね」
女「あ!でも、こうやって居酒屋で普通に話せるくらいにはなってますよ!そこは大丈夫です。洗脳とかされてませんからね? ふふ」
男「…だから、倒れても…実家に連絡しなかったのか」
女「ええ。それに、連絡しようもないですしね。連絡先、知らないし教えてないし」
男「…これから、どうするんだ?」
女「んーどうしましょうかねー? 分かんないです。はは」
店員「お待たせしましたーぁ!生中でぇーす!」

女「……取り敢えずは…諸々、準備しますよ」
女「さ、この話はここら辺でおしまいっ!(手を叩く) 今日は飲みましょ。いきなり倒れて驚かせちゃったから『先輩には悪いことしたかも?』って思ったんで話しましたけど、酒が不味くなるような話なんてずっとしてるもんじゃないですって!」
男「飲むって言っても、お前のそれ…烏龍茶だろ?」
女「いいじゃないですかぁ!居酒屋なんだしお酒飲んでる気分くらい味合わせてくださいよ!せっかくの先輩の奢りなんだし?」
男「…俺がいつ奢るって言ったよ…」
女「へへ、ゴチになりまーす」
男「こういう時だけはちゃっかりしてんだよなぁ…ま、いいよ。今日は奢ってやる」
女「やった!あ、すみませーん!つくねとネギまとモモ!つくねはタレでネギまとモモはタレと塩両方!んで烏龍茶おかわりで」
店員「かしこまりましたぁー!ありがとうございまーぁす!」
男「…お前っ、少しは遠慮しろよっ!」


(2ヶ月後)
女「お世話になりました」
男「いや……力になれなくて済まなかった」
女「ふふふ、何がですか。もう十分、助けて貰いましたよ。十分過ぎるくらいです」
男「…でも、辞めたくはなかったんだろ? 本当は」
女「んー。まぁそう、ですねぇ。そうかもしれない、ですね」
男「……なら…」
女「でも現実問題、無理ですから。もう、自分でもどうにも出来ないところまできちゃったんで。諦めるしかないです」
男「…それでも。まだ一緒に仕事したかったよ。俺は」
女「ありがとうございます。私も先輩と仕事するの、楽しかったです」
女「入社してから先輩に色々教えて貰って、失敗して皆に迷惑掛けた時も、上手くいって皆で打ち上げした時も……。
ふふ、なんだかんだで楽しかったなぁ」
男「…俺もだよ」
男「楽しかった。一緒に仕事出来て」

女「先輩…ありがとう、ございました」

男「頭なんか下げるな」
男「今生(こんじょう)の別れじゃあるまいし」

女「……そう、です…かね?」

男「ああ。今生の別れじゃない」
男「お前、友達少ないから俺が見舞いに行ってやるよ」
女「うわ、ひっど。そんな酷いこと言う人には会ってあげませーん。…それに、これから忙しくなるんですよ? 見舞いに来る時間なんて無いですって」
男「土日に行けるだろうが」
女「ダメですよ、カノジョさんに誤解させるような事しちゃ」
女「ダメです」
男「…分かった」
女「職場の先輩に家庭の事情とか聞いてもらっちゃって、ホントすいませんでした!…聞いてもらって、ちょっとだけ楽になれました」
男「ちゃんと、治せよ」
女「……はい(困ったような、悲しそうな笑顔を浮かべる)」
男「…何で笑うんだよ?」
女「別に深い意味はないですって」

女「それじゃ。本当にお世話になりました」
女「お元気で」

男「………… ああ」





_________________________

女「ふぅ…」
女「家具も何も無くなると……この部屋も広いもんだなぁ…」
女「さて…あとは、必要なものだけ持って…持っていけないものはゴミに出して…」

女「…ここでの生活もお終い、かぁ…」
女「結構、好きだったんだけどな」
女「…なんにも、無くなっちゃった…」


(次の日)
職員「ようこそいらっしゃいました」
女「短い間にはなると思いますがお世話になります。よろしくお願いします」
職員「そんなこと言わないでください。目の前に海もあって、いい所なんですよ。今なら桜も一緒に楽しめるいい季節になりましたから、是非こちらでの生活を楽しんでください。皆さん、自分が思う以上に長くいらっしゃるんですよ。オススメは…」
女「(少し食い気味に)いいえ、私は望んでないんです」
職員「え?」
女「私が望んでいるのは、穏やかな死です。長さじゃない」

女「静かにその時を迎えたいだけなので、私には必要ないんです」


(物の殆どない病室。そこには点滴に繋がれて横たわる女)
脳外科医「(ノックの音)こんにちは」
女「先生……こんにちは」
脳外科医「痛みはどうですか?」
女「…痛み止めが効きが悪くなってきたような気がしますね…」
脳外科医「でも、これ以上は処方が出来ません…」
女「分かってます」

女「分かって、ます。大丈夫ですよ、先生」


(数日後)
精神科医「こんにちは。体調は落ち着いたみたいですね」
女「ええ、今のところは。でも、このカウンセリングルームに来れるのも今日が最後になるかもしれませんね」
精神科医「笑えない冗談ですね」
女「先生だって、分かってますよね?」

女「冗談かどうか」

精神科医「……少なくとも、まだ早いですよ」
女「本当にそう思ってます?」
精神科医「…ええ(思わず目をそらすようにして俯く)」
女「ふふっ。先生嘘つくの下手ですね。精神科医なのに」
精神科医「貴女が嘘をつくのが上手すぎるんですよ」
女「そうかもしれませんね」


脳外科医「その時が近付いてきている患者さんに、確認していることがあります」
女「はい」
脳外科医「御家族への連絡はどうされますか?」
女「必要ありません」
脳外科医「会う事も、ない?」
女「そうですね…ありません」
精神科医「最期を迎えた時の為に貴女は樹木葬の手配をされていますが、それでいいんですか?」
女「ええ」


精神科医「……では、もし。もしも、です。貴女の御家族が、会いたい、と申し出て来たら?探していたら?」
精神科医「貴女はどうしたいですか?」

女「二度と、会いたくない、です。…二度と」

脳外科医「どうして?」
女「…いつか、殺してしまいそう、だから」
医師2人「……」
女「私は、父とは分かり合えない。きっと何処までも平行線。決して交わらない…。だからこの憎しみが会ってしまえば殺意に変わらないとは限らない」

女「穏やかに、ただ穏やかにいたいんです」

女「それに、こういう場所に来てる時点で分かるじゃないですか」

女「全て、今更なんですよ。手遅れなんです」

女「血を分けた親子だったとしても、分かり合えない親子もいる……私は…あいつを想像で何度も殺した。何度も、何度も!何度も何度もっ!!何度も何度も何度も何度もっっ! !!(テーブルを思いっきり平手で叩く、若しくは拳で叩く)
はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……。それくらいに憎い…でも…現実としては、殺すことも出来ないまま私の方が先に逝くことになりますね」


女「どうせなら」
女「殺してやればよかった(低い声で)」
女「あんな奴、殺しても殺し足りない」
女「よくそんな人のために人生棒に振るなんて勿体ないって言うけど、違う。それは綺麗事」

女「だって、今私はこんなに後悔してる。殺しておけば良かったって。想像だけじゃ足りない……っ!」


女「っ……悔しい……。何で!…何で……!?」
医師2人「……」
女「どうしてっ!どうして…私なのよぉ……っ」
女「……(声をころして嗚咽する)」

(泣き止むまでの少し間を置く)

精神科医「…本当に御家族へのご連絡は、いいんですね?」
女「私に、家族はいません」
精神科医「……」
女「私が最期に望んでいるのは、この穏やかな時間なんです。1日がただ、穏やかに過ぎていく。何の変哲もない、取り残されたようなこの時間が、この場所がいいんです」
医師2人「……」
女「痛みで気が狂いそうになっても、正気に戻った時に目に入るこの海だけがあればそれでいい」
女「先生、ありがとうございます。最後に聞いてもらえて良かった。…心残りは、あります。でも、今までよりは抱えていたものは軽くなった」
女「荷物は軽い方がいい…本気でそう思って、私は逝けます」

_________________________

(回想)
男「…来月からはこの組み合わせでやっていく事になるから。新しいペアはそれぞれミーティングをきちんと行うように。大筋で構わないから目標を立てて。あとで報告書を提出するように。以上」


女「……ふぅ」
男「どうした? 何かここ最近ずっと顔色悪いけど」
女「やだ、メイクで隠せてないです!?」
男「……」
女「…冗談ですよ。そんな可哀想なものを見るような目で見ないでください」
女「あーえっと…ちょっと…目眩がしたり?とか頭が痛くて?」
男「酷いなら早退した方がいいぞ?」
女「や、大丈夫ですよ。多分疲れが溜まってるだけだと思うんで」
男「けど……」
女「今日終われば明日明後日休みですもん。土日ゆっくり……」

(ぐらり)

女「……え……?」
男「おいっ!?」

男「大丈夫かっ!?俺が分かるか!? おい、君っ!救急車っ!」

男「早くっ!!!」
男「しっかりしろ!おい!」

男「直ぐ救急車来るからな!」

男「座らせるぞ?……もうすぐだからな?」
男  「(小声で)え……手…冷た…い……?」

男「……っ! !早く、救急車っ! それか、産業医!誰でもいい!呼んできてくれっ!」
男「早く!!」



─────────────────────────
(初夏の光が海に反射している)


(ノックの音)
女「(弱々しい声)……はい」
男「久しぶり」
女「…どうして」
男「手当り次第、電話して。いやぁ、時間掛かったわ」
女「……どうして」
男「さぁ?」

男「お前の指先に触れたら、分かるかなって思って」

女「…なんですか、それ」
男「何だろうな」
女「疑問に疑問で返さないでくださいよ」

女「でも、…来てくれてありがとうございます、先輩」


男「外出用の車椅子借りられて良かったな」
男「風、寒くないか?」
女「気持ちいいですよ」
男「いい天気だな。それに、いい所だ」
女「でしょ?」
男「何となく、お前がここを選んだ気持ちが分かる気がする」
女「でしょ?」
男「なんでお前が自慢げなんだよ」
女「へへへー…」
男「ここら辺でいいか。よし、降ろすぞ。俺に捕まって。ゆっくり降ろすから気をつけて座れよ」


(波の音)

男「疲れたなら寄りかかっていいから」
女「ありがとうございます…」

女「(ポソッ)疲れた、な…」
男「ん?何か言ったか?」

女「先輩」
男「ん?」
女「ありがとう、ございました」
男「何がだよ」
女「何…で……しょう…ね?…ふふ」


(たっぷり間をとってから)


男「…なぁ」
女「……」
男「……なぁ」
女「……」
男「なぁ、ってば」



男「……(嗚咽する)」


男「前に倒れた時も思ったけど、手、冷たいよな……」
男「…これ以上冷える前に、帰ろうな」


(了)


─────────────────────────