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神夢

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序章 

滅びの種 定めの子


姉さま と 兄上

兄上でない 兄上よりも若い 幼い 若武者

もしかして おにいちやま


私達は果てし無い砂浜にいた

海 でも 磯の薫りはしない

何処までも続く砂 河原

遠くに水の音がする


私の願いは叶ったのね

姉さまが 亡くなられたおにいちやま

のお側にいられますように


お姉さまは 生前 尼になつておにいちやまを

弔いながら暮らしたいとおっしやつていたから

姉さまが おにいちやまと穏やかにお暮らしだと知れば

きっと 母様は 父様の事を 兄上の事も、、、

どこからか 声

男かも 女かも解らぬ 低い声

我らは 生者の願いなら叶える事ができる

祈りも呪いも

全ての願いが叶うわけでは無いが

そなたの祈り 母の祈りは叶えられた

そなた達の兄弟やその子供は

親よりさきに死に 親の嘆き母のの嘆きを買うものは

そなた達の3人だけだ


人の世は 幼さやか弱さを贖ってくれる程

優しくはない

そのことは よく知っていよう

滅びの種 定めの子よ


姉さま おにいちやま

姉さまとおにいちやまが

滅びの種 定めの子


行け

姉さまとおにいちやまが笑った 優しく 安堵したように

三幡  姫 

ありがとう ごめんね

姉さま 姉さまとおにいちやまが遠ざかる

私は何処へ


私達は生者の願いした叶えられぬ

祈りも呪いも

願い続けなければ 叶わぬ

呪いも願いも


 一章

蝉時雨

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にいにいぜみ 蝉時雨

おまえなど 産まなければ 良かった

母上は 私をまっすぐ見てそう言われた

母が私の顔をそんなふうに見たのは始めてだ

産まれなければでなく

産まなければと

だから 私は確かに母上の子だ


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姫を帰して

姫の命を  姫が手にするはずの幸福をすべて

帰して

母は父に向かってそう叫ぶとそのまま
泣き崩れる そして

聞こえるか聞こえないかの 小さな声で

おまえさえ
お前さえ 居なければ 姫は 姫は

冠者様と


母様 

妹 乙姫は母の側に駆け寄る

母様 

お姉さまはおにいちやま 冠者さまと

一緒にいられますから

母は私をもう見ようもしない


入内話など しなければ、、、

姫 一幡は 

入内など 望まなかったのに

母さま

お願いしていたでしょう

都へは 私が行くと 

京へ行かせて下さいと

私が行くのだから 

姉さま は 尼になられて

おにいちやまの補題を だから

姉さまは

そのことを気に病まれるはずがないでしよう 

だから どうか  、、、

父様を許してあげて 


母は 妹に支えられるように 立ち上がる

そうして ゆっくりと歩き出した。

妹は立ち止まり 私の方を振り向き
小さく会釈すると
母と共に遠ざかって行く

三萬



おにいちやま

妹も そう呼んでいたのだ 冠者さまを

時を止めたままの姉上と同じに


蝉時雨はいつの間にか 蜩に変わっていた

もうすぐ 日暮れだ


冠者様


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おにいちやまと
昔 妹が 幼かったころ
妹が私をそう呼んだ時

おにいちやま

仮にも 源氏の頭領

御所様の嫡男

兄上と御呼びなさい


母は 声をあらわげた 妹をあんな風に
諌めたのは 後にも先にも あの時だけだ
めったに母の元に 行く事は無いので
あったのかも 知れぬが 


それから 妹は 兄上と呼べるまで

私の事を呼ぶ事は無かった

ここでは

おにいちやま おにいさまとも

呼ばれるのは

冠者様

姉の婿殿 母の愛しい貰い子

志水の冠者 木曾吉高殿だけだ

私がまだ赤子だった頃

だから記憶には無いのだが

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私を抱いて 姉と婿殿が 戯れている姿を見ていた時が

母の一番 いや 最後の幸福な日々だ

その頃は私に 微笑んだ事もあったのかもしれない

婿殿といつても木曽の冠者 清水吉高は

父頼朝と対立していた

木曽義仲の人質としてやつてきた

義仲殿の嫡男

表向きは姉の婿君として

まだ幼い姉上は

婿殿と言われてもわからずに

おにいちやま 兄上ができたと

思ったのだろう

私は 乳母の比企の方に育てられていたので

母は寂しかったのだろう
自分の子供を取られたようで

そこに 冠者様が来た

まだ 幼さの残る
元服間際の若武者

比企に渡された私と入れ違うように

母のいる小御所へ

まだ 幼い とはいえ 

彼は自分の立場を知っていたのだろう


それでも鎌倉での 暮らしは穏やかな日々だったようだ
ずっと 姉の側にいつもいて

わたしも抱き上げられた事もあったんだろう


冠者様は姉を馬に載せて


近くの海や山に行っていたようだ


人質なのだから 見張り役はいたとは思うが

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いつもの 冠者さまの側には

海野幸氏という 従者

影のように冠者様の側に控えていた

そんな穏やか日々は長くは続かなかった

木曽義仲が討たれ

冠者様のお立場は危うくなった

もしかしたら 父上 佐殿は 冠者様をと

姉は気付いていたのだろうか?

ずっと 冠者様の側にいたようだ

いた いようとした

詳しくはわからぬ

ただ 父上 冠者様を 亡き者にしようとして

いるのを気づいた 母上は

冠者様に 女房姿をさせ 逃した

年の近い海野幸史を身代わりにして

姉達 いや 北条の者たちは

なんとか助けようと奔走

したのだが そのかいもなく

冠者様は 討ち取られてしまった

それを知った姉は寝込んでしまった

いや起きたまま 夢を見ていた

うわ言のように 

おにいちやまと海に行く

お約束したのだから 海に行く

そう何度もくりかえした

姉は笑う事も泣くこともなくなった

ただ おにいちやまと海に行くそ

そう繰り返していた

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遠い記憶の中で

冠者様の死のあとに生まれた 妹が

おにいちやまと海に行くと言っていた

姉のそばにいた 妹は

意味もわからず 姉の口真似をしてただけだろう

そんなふうに ずっと

姉の側にい続けた 乙姫 が

姉と共にでなく 姉の代わりに

京に行くと行っていたのか

妹は 


父上は母達を見送ると 歩き出した

外に出ると

海野幸史が静かにひかえていた

冠者様の事件の後

海野幸史まで討たれると 

姫が死んでしまう

そう言った母の一言で助けられた

いや 死ねなかった

冠者様を討ち取つた 郎党 とは反対に

姫の病気は冠者様が亡くなられたからだ

命まで取る必要はなかったではないかと

父上に切り捨てさせてしまった

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あれは 影だ 冠者様の影だ

あの影は 私を追い詰めている

母はあの影を使って

父と私を追い詰めている

母には 追詰めている 自覚はないが

無意識に追詰めている



















































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