ゴカイ類と藻場

エサ掘り


 ゴカイ
干潟や汀線の潮間帯、特に泥まじりの砂場や、塩分濃度の低い河口域の泥が堆積した場所に生息する。釣り餌に用いられる。体長7~10㌢程度で小太りもいる。体が柔らかく、遠投すると身がたまに切れることもある。匂いがあり、この匂いが魚を寄せ付けるという。
かつて、ゴカイ類を専門に採取する職人がいた。細長いスコップや鍬の一種マンガで表層から深さ20~30㌢ほど掘り下げ、泥や砂をほぐしてうごめくゴカイを取った。釣り道具店が買い取って店頭に並べた。職人は年老いた漁師上がりが多く、東京湾・内湾では埋立が進んだ1960年代後半には姿を消した。ゴカイ取り職人がいなくなると釣具店にもゴカイが出回らなくなった。
代わって釣具店に登場したのはアオイソメ。朝鮮半島産か中国産がほとんどで一般に売られているほとんどは輸入品。聞いた話では磯の岩場に生息。海中にカーバードを入れてアセチレンガスを発生させて苦しくなって出てきたところを一網打尽にするという。仮死状態でもすぐに元気を取り戻すという。
アオイソメは体長7~10㌢程度がほとんどで、太さはまちまち。ゴカイよりも身が固く、頭部の方はかなり固い。軽くかみつくこともあるが痛くはない。
ゴカイよりも価格が安いこともあって釣り餌の主流となっている。遠投しても身が切れることはない。食いつきはゴカイの方が良いが、ほとんどの魚はこれで釣れる。
 
イトメ
 ゴカイよりもさらに食いつきがいいのがイトメ。河口域の塩分濃度が薄い泥場にいて、ゴカイ採取と一緒に取られることが多い。体長はゴカイよりも長く、細目。体表に中央部に糸様の筋があるのが特徴。
 遠投すると必ず身が切れるほど柔らかいのでオブラートにくるんで投げる人もいる。身が柔らかいのでキスやカレイ類などは食いつきが良い。実際にエサとして使うと、食いつきがいい。柔らかいので口当たりが良く、飲み込み安いのだと思う。
 もともと生息数が少ないことやエサ掘り職人がいなくなったこともあって、釣具店の店先では全く見かけなくなった。
 
シオメ
海岸の汀線に生息する。汀線のコアマモやアマモの切れ端が波打ち際に押し寄せて少し切れ端がたまった砂地の表面にひそんでいる。砂地の上にたまったコアマモなどの切れ端を手でどかして、砂地を浅くひっかくと見つかる。体長は5㌢程度。ぬるぬる感はない。キスやハゼの大好物。もともと生息数が少なく、生息場所もごく限られていたので、エサ掘り職人も取ることはなかった。干潟が埋め立てられて汀線の砂地がなくなったことが原因で東京湾・内湾ではほとんど姿を消してしまった。
 
アカムシ
  干潟の底層にすむ大型の底生多毛類。体長20~30㌢、太さは太いところで1~1・5㌢ほどある。農耕用の鍬の一種マンガを使い干潟の砂地、砂泥地の表層から深さ20~40㌢ほど掘り下げると、アカムシが生息している茶色い穴があり、ここに生息している。穴は50㌢ぐらい深い場合もある。逃げ足が速く、茶色い穴を追跡して採捕する。
干潟の干潮時に掘って採捕する。干満の差が小さい小潮時の採捕は行わない。ほどほど潮が引く中潮で引き潮の場合、掘る場所に高さ20㌢程度の土手を築いて土手を広げながら掘り進む。
不思議なことにコアマモが繁茂する底層には生息しない。コアマモ繁茂地の周辺には生息する。東京湾は地先漁業権なので、採捕する場合、地先漁業権を持つ漁業協同組合の了解が必要、生息地はアサリ、ハマグリの生育地でもあるため、認める漁協は少ない。
干潟でも小櫃川河口に広がる盤洲干潟での生息は確認されていない。東京湾・内湾では埋立が進み、このアカムシ掘りの漁師もいなくなってアカムシをみることは皆無となった。
漁師が取ったアカムシは1960年代半ばごろ、浜相場で1匹100円で取引された。東京都内の有力釣具店、千葉県銚子市の利根川河口域の釣具店が買い取って、1匹500円から700円で売った。大型のタイやススキ釣りの餌として重要視され、アカムシだけ使う釣り師もいた。21世紀に入っても瀬戸内地域の釣具店でたまに売られている時もある。仕入れ先は調べていないが、瀬戸内地域の干潟ではまだ生息しているのかもしれない。
 
 数珠子(じゅずご)漁
東京湾・内湾ではかつて数珠子漁が盛んだった。漁をするのはアナゴ。東京都の大森、羽田界隈や横浜近辺の漁港では、今でこそ筌(うけ)を改良して塩ビ管で作ったアナゴ筒漁を専門に行う漁師がいる。筒の中にイワシやサバの切り身を入れて匂いで誘いアナゴを捕獲する。東京湾産アナゴとして市場や寿司屋で扱うアナゴのほとんどはこの筒漁で漁獲したものだ。
かつてのアナゴ採捕のジュズゴ漁は針を使わず、エサのゴカイ類に長い針でタコ糸を通し、ゴカイ類を数珠(ジュズ)のように団子状にした。道糸もタコ糸。ジュズゴをくわえ込んだアナゴはエサを口から出さず、くわえ込んだまま引き上げられる。
船上に引き揚げられるとエサを吐き出す。針掛かりしていないので漁師の手間が省け、アナゴも生きが良いままの状態。
 このアナゴジュズゴ漁の最高の餌がイトメだった。アナゴ漁は夜漁で、ジュズゴ漁を仕掛ける漁師は昼間の明るいうちの河口域でイトメを採取し、イトメに針を通してジュズゴを作る作業をした。
ジュズゴ漁は宮城県松島湾でのハゼ釣り漁で今も行われている。北上川河口域ではハゼを焼いて干す作業を続ける漁家もある。こうした伝統漁と民俗は後世に残していくべきだと思う。

藻場


 東京湾・内湾で営む漁師によると、干潟の藻場は岸から沖合に向かって
コアマモ、アマモ、オオモの順に形成される。3種とも海草。明治時代に作
成の海図に藻場が記されており、埋立で藻場がほとんど消滅した現在は貴
重な資料だ。
コアマモの生育場所は大潮の干潮帯、ほぼ完全に潮が引いて干出した
ところ。アマモは大潮の干潮時、茎の先が海面に浮かんでいる状態のところ。オオモはアマモの茎と同じ形状でアマモの茎より長くアマモの近縁種とみられ、アマモの生育場場所に隣接してその沖合にある。大潮の干潮時にあっても干出しない海中にある。
いずれも海中の二酸化炭素を吸収し、酸素を吐き出す作用をして、樹木の葉と同じ働きをしている。オオモの生育場所も太陽の光が届く海域。どこも仔魚や稚魚が姿を隠したり、プランクトンを食べる採餌場であり、海のゆりかごといわれてきた。
東京湾ではオオモの生育場所のすぐ沖合からスロープ状に深くなり、スロープの緩やかな場所にはごみのたまり場だったという。アマモとオオモの生育場所にはモエビやスジエビ、シバエビといった小型のエビが生息し、この藻の上をスクリューのない帆舟で流し、藻をさらうように木枠の桁を付けた手繰り網を曳く。モエビ漁と言った。網の入り口は口開け棒を付けた木製枠があり、海面から水深数十㌢辺りを曳く。エビだけでなくギンポも捕獲した。
北海道・野付半島の内湾、野付湾の打瀬網漁(藻流し網漁)で捕獲するホッカイシマエビ漁と同じ漁法が行われた。野付湾はアマモがびっしりと生育する。帆は舳(へ)先と艫(とも)に三角帆を、胴の間に平らなヒラ帆を張って風の力だけで網を引く。東京湾ではこの漁法を単に手繰りとか打瀬と呼んだ。
*        内湾の表記=ここでは東京湾について、千葉県側の富津岬と神奈
川県横須賀市の観音崎を結んだ以北を単に内湾とする。波が穏やかで干潟が発達し、コアマモやアマモなど海草類が繁茂していた。高度経済成長時代に入って1960年代半ばから干潟、浅海の埋め立てが急速に進んだ。 市場に出回る「江戸前」と呼ばれる魚介類はこの内湾で採捕されたもの。2022年現在も細々と漁が続けられているところもある。

コアマモ
 生育場所は波打ちモ際から大潮の干潮時に干出する干潟。背丈はせいぜい10㌢程度で沈水性。根茎は細くて横に広がって繁茂する。内湾の富津岬から木更津、五井、千葉、船橋、浦安、芝、大森、羽田、川崎の、摩川河口域にはかつて沖合300㍍から1200㍍先まで干潟が連続していた。
戦後の経済成長時代に次々と干潟・浅海海面の埋め立てが進められた。現在まで残っているのは千葉県側で富津岬の内湾側、岬沿いの一部▽航空自衛隊木更津駐屯地の沖合から木更津市江川、久津間地先▽小櫃川河口域の盤洲干潟▽千葉市の谷津地先▽船橋市の三番瀬干潟▽東京都羽田と川崎の多摩川河口干潟▽横浜市の金沢八景、野島公園地先とごくわずかしかない。九州や四国、瀬戸内海、沖縄県の一部干潟や三陸海岸の一部に分布する。相模湾に面した三浦市の江奈湾干潟に昔ながらのコアマモ場が残存する。
内湾で今でも干潟が連続しているのは木更津市から盤洲干潟にかけてだけ。木更津沖合は東京国際空港の建設候補地に上ったこともあった。航空自衛隊木更津駐屯地は戦後、米国を中心とする戦勝連合国に接収され、米軍基地となったものを国が借りている。木更津駐屯地は首都圏防衛、特に国会議事堂や首相官邸など政治と中央省庁が集積する行政の中枢機関と皇居を守る部隊が陸上自衛隊習志野駐屯地のレンジャー部隊と連携して中枢部を守るヘリコプター部隊が駐留する特殊部隊が配属されている。
しかも木更津上空は羽田空港に着陸する航空機の通過空域であり、羽田空港に誘導するボルタックがある。このため木更津沖合は工場地帯となる埋め立て造成もできず、国際空港が成田・三里塚への立地が決まった経緯がある。木更津駐屯地が首都圏中枢部の防衛という特殊任務から解放されない限り、埋め立てはできない状況が続く。木更津駐屯地には2020年から航空自衛隊のオスプレイが配備され、米軍機オスプレイの整備拠点ともなった。これらのオスプレイが首都防衛に参加するという話は聞いていないが、もし参加しないとなると、首都防衛の邪魔になるだけでしかない。
コアマモが生育するのは砂地や泥が深くない砂泥地。かつては干潟一面に生育していたが、アサリ、ハマグリを採捕するツメ付きの鉄製カゴを使った腰巻漁で、春から秋にかけて大型マンガで深さ30㌢ほど掘り返してしまった。生息地もツメでひっかくので、コアマモが根こそぎはぎとられて流失してしまい、生息地が狭くなってしまった。
コアマモ場で繁茂するコアマモの底地を採取して底生生物の生息状況を調べたことがあった。鉄製の細かい目の網でふるいにかけても底生生物は見つからなかったし、見たことは一度もなかった。生育場所にはアサリなど二枚貝、ゴカイなどの多毛類や節足動物もいなかった。微生物の生息は調査する機材がないため行ったことがないが、二枚貝などが生息しない理由は不明なまま。アサリなど二枚貝はコアマモの生育していない場所に限られ、ゴカイ類などの底生生物も砂地や砂泥地か泥地にしか生息しない。
コアマモ場には干潮時にでも干出せず水深が1~2㌢ある波によってできたくぼ地ができる。ここに生育しているのは、主にハゼの仔魚。マコガレイの仔魚もいた。ここでより小さな魚やプランクトンを食べて成長するらしいことが分かった。アマモ場を「揺りかご」というが、コアマモ場はアマモ場以上に揺りかごだった。
波打ち際に近いコアマモ場は満潮になっても水深が5~30㌢ほど。小学生のころ、波打ち際に魚体に縦縞の入ったタイの稚魚が数十~100匹近い数で群れ泳いでいるのを見たことがある。シマダイの稚魚かと思ったが、シマダイはイシダイの仲間で岩礁地帯に生息する。なぜ岩礁地帯がない干潟にシマダイの稚魚が群れているのか不思議に思ったが、今にして思えばクロダイ(内湾ではチンチンと呼ぶ)の幼魚だった可能性が大きい。満潮時、波打ち際でボラの小さなオボコやイナが群れているのは日常的に見られた。
波打ち際にはコアマモやアマモのちぎれた葉が波に打ち寄せられるほか、風に吹かれて漂着し帯状に堆積する。ここがゴカイの仲間、通称シオメの生息場所にもってこいのところだった。このシオメをエサにすると、特にキス、ハゼは入れ食い状態で釣れた。若いころ、東京大学海洋研究所の相生啓子さんにコアマモの研究をしたいと弟子入りを申し込んだが、「あなたコアマモ、アマモの研究ではご飯を食べていけないよ」とやんわり断られたことがある。

アマモ
 アマモ場は大潮の干潮時の汀線から沖合に広がる、水深がほぼ同じぐらいならアマモ場帯はだいたい幅10~30㍍ほど。干潮時には頭部が海水面に浮きあがるように伸びる。いろいろな幼魚が生息の場、隠れ場として利用するので、幼魚の「揺りかご」といわれる。
内湾では近海メバル(黒メバル)の幼魚がたくさんいる。メバルは岩場に生息する魚だが、幼魚はアマモ場で生息することが分かった。ギンポもいる。シバエビの宝庫としても知られ、シバエビ採捕、モエビ採捕もアマモ場が主な漁場となる。
港湾建設や埋立で干潟や浅海が消失した海でもアマモ場が形成されていた場所なら、そのまま存続する。愛知県田原市にある伊良湖岬の伊良湖港でも堤防際にアマモ場がある。埋め立てが進んだ1960年代以降、アマモ場が急速にクローズアップされている。内湾や瀬戸内地域の浜辺で官民が地域の子どもたちを巻き込んで、アマモの人口栽培や植え付けを盛んに行っている。とても大事で有意義なことだと思う。
アマモ場だけが「揺りかご」のように言われているが、コアマモ場とアマモ場が密接不可分につながっていることが重要だ。コアマモ場で育った幼魚が次はアマモ場に入って生活するパターンが連結した関係が重要なのである。

オオモ
東京湾の漁師が「オオモ」と呼ぶ海草はタチアマモのこと。アマモ場の沖合に広がっている。背丈はだいたい5㍍程度と葉が長く伸びる。葉はアマモに似ていて、幅が1㌢から1・5㌢ある。北海道、宮城・岩手両県にまたがる三陸海岸や九州、四国、瀬戸内、日本海の一部海岸にある。内湾ではアマモ場からオオモが生える場所の隙間にタイラガイ(タイラギ)が生息していたという。
干潟の埋め立てでもタチアマモは埋め立てから免れたところが多いが、タチアマモが現在のあるかどうかは調べたことがないので分からない。環境省レッドデータブックで絶滅危惧種Ⅱ類に指定されている希少種。同じ希少種でも花と違って鑑賞されることがなく、しかも海の中だからほとんど人目につかないので、日常的に話題になることがない藻場は連続性が大事で、コアマモ場が消失した影響で数が少なくなっている可能性が大きい。
タチアマモ場の沖合が、沖合底曳き、中層曳きの漁場となる。この沖合はだいたい砂泥地となっていて魚貝の宝庫。機械船で大型の鉄製マンガを付けた袋網で海底を曳く。カレイ類、シャコ、カニ類などが多く取れた。トリガイなどの貝類も生息していた。海草の藻場があって沖合の漁場が形成されていることが重要だった。
海水中の二酸化炭素溶存量が増え続け、2020年には320ppmを超えた。地球温暖化の影響とされている。温暖化は熱エネルギーの暴走という原理が当てはまると思っている。止まらないのだ。320ppmを超えたらもっと溶存量は増え続けると予測できる。藻場が失われる磯焼けが問題となっている。海草をウニやアワビ、サザエがエサとして食べるから磯焼けが起きるとされているが、個人的には海水中に溶け出しているCO2の量が多くなっていることが原因の一つではと考えている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?