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友と呼ばれた冬~第43話

「瑞穂ふ頭は確か大野が迎車で向かった場所だったな」

 成田が先ほど話したことを思い出したのか、そう聞いてきた。

「はい。あの日、1時間ほど瑞穂ふ頭で停車しています。千葉の車が向かうなら心当たりはそこしかありません。一か八かです」

 10分程で「東神奈川」出口から首都高速を降りた。「神奈川二丁目」の交差点を右折すれば瑞穂ふ頭まで一本道だ。
 千葉の車は生麦辺りを移動していた。PEUGEOTのカーナビを見ると生麦手前が渋滞を表す赤色に染まっていた。

 渋滞を抜ければ5分とかからず東神奈川出口に着くはずだ。もし瑞穂ふ頭が目的地であれば。

「神奈川二丁目」の長い信号をようやく右折すると成田が言った。

「どこで待つんだ?」
「コンビニでもあれば駐車場で待機できるんですが」

 瑞穂ふ頭までの直線道路上にコンビニの看板は見当たらなかった。
 千鳥橋の手前で路肩が広くなっていた。近くの工場勤務の車だろうか、この時間でも数台の車が路上駐車されている。

「あの営業車の前に停めてください」

 橋の手前近くで空いていたスペースに停めた。
 千葉は子安を通過している。もう数分で東神奈川出口に到着する。

「ライトは消してパーキングに入れてください、ここで待ちます。エンジンはそのままで。それと」

 美咲はすぐに指示通りにして、目立つカーナビの画面も消灯させた。
 いい探偵になりそうだ。

 静けさが緊張感を煽る中、二人は俺の手元の携帯電話を見守っていた。

 
「もう数百メートルの位置に来ています。そろそろ見えても」

 俺がそう言った瞬間に、千葉の車が横を通過した。

「あれです」

 千葉の車の後部座席は薄いスモークフィルムが貼ってあった。この時間では車内の様子は外からは見えない。

「出ましょう」

 千葉の後ろに1台車が続くタイミングで指示を出すと、美咲が若干緊張した面持ちで発進させた。

「大丈夫。瑞穂ふ頭に間違いないでしょう。数百メートルの尾行です」
「はい」

「ライトは点けましょう、危ないですよ」

 俺が笑いながら言うと緊張が解けたのか笑顔を浮かべた。

 出来れば千葉の車を目視しながら尾行をしたい。瑞穂ふ頭まで大した距離はない。信号で見失わなければ尾けきれる。
 間に挟んでいた1台が「千若町2丁目」の信号を右折して、俺達は千葉のすぐ後ろにつけた。

 BAR「StarDust」を右手に見てすぐに「瑞穂橋」がある。
 そこから先は管理地となり「関係者以外立ち入り禁止」の看板が出ていた。
 米軍の施設も入るそのエリアは、不法に侵入すれば警察に通報される。

 千葉の車はスピードを緩めることなく橋に侵入した。
 美咲の車で迷惑をかけるわけにはいかないが・・・・・・。
 躊躇しながら橋の中間地点辺りに差し掛かった時、先のゲートで千葉の車が守衛に停められた。

「いったん、止まりましょう」
「ここでか?」

「はい、千葉に後方を見られる可能性があります」

 美咲がゆっくりと車を止めると、警備員が手を振って千葉の車を通した。
 千葉はゲートのすぐ先の駐車場に車を止めた。駐車場の照明でここからでも目視できた。

 程なくして白色のビニール袋を下げた千葉が車から降りて駐車場から出てきた。
 ハザードランプと音でリモコンキーでロックをかけたことがわかった。
 千葉は100mほど進むとコンテナの積まれた先を左折して視界から消えた。

 千葉は一人だ。
 郷田と千尋は一緒ではなかったのか?いや、車に乗ったままなのかもしれない。
 だがロックをかけていた。中から開けようとすればセキュリティが作動するはずだ。
 くそっ、勘が外れたのか。

「行きましょう」

 ここでじっとしていても始まらない。
 車を進めると同じ守衛が「止まれ」と合図しながら近づいて来た。

「許可証はお持ちですか?」

 美咲が困ったようにこちらを見る。

「すいません、持っていません」

 美咲が窓を開け、俺は助手席から答えた。
 守衛は途端に警戒するような顔を見せた。

「ここから先は関係者以外は立ち入り禁止です」

「あの車は許可証を持っていたんですか?」
「あの車?あぁ、今の車ですか。持っていましたよ」

 どういうことだ?千葉は何故、許可証を持っているのだ?
 警備員の胸に刺繍された社名を見て俺は思いだした。

「大栄警備保障」

 そうか。郷田の前職だ。郷田の手はずだ。

「郷田が数年前に勤めていた警備会社です」

 成田に小声で伝える。

「ちょっと降ろさせてくれ」

 成田がそう言い、俺は助手席から降りてシートを倒した。
 3ドアのPEUGEOTではそうするしかなかった。

「困ります。許可証がないと」
「なんだ?そんなにまずいものでもあるのか?PEUGEOTの後ろは狭いな」

 成田が伸びをしながら守衛に近づいていく。

「何も米軍施設に興味があるわけじゃない。職務に忠実で結構だが、先ほどの車が持っていた許可証の有効期限はちゃんと確認したんだろうな?」

 名刺を見せながら成田が問い詰めた。演技ではない、本物の役人だ。普段なら気に入らないが今は頼もしい。

 初老の守衛は「関東陸運局」の名刺を見ると、顔をこわばらせて背筋を伸ばした。

「そ、それは」
「まさか期限切れの許可証で通したわけじゃないよな?」

 千葉が帰るにしてもここしか道はない。逃がす可能性はない。
 
「守衛さん、お名前は?」

 落ち着いた口調で話しかけた。
 
 唯一まともに見えるスーツを着ていた俺は役人に見えるだろうか?

 青いPEUGEOTと私服の美咲を見てその可能性はないだろうと笑いたくなった。
 たが、成田の追及から逃れる機会を得たからか、守衛は話に乗ってきた。

「吉田です」

「吉田さん、9日は勤務されていましたか?」
「9日ですか?」

「雪の降った日の前日ですよ」
「あぁ、はい、勤務でした。雪の日に休みで助かったと……」

「その日、迎車のタクシーが来ませんでしたか?」
「来ましたよ。迎車がここに来るのは珍しいから覚えています」

「1時間ほど止まっていたと思うんですが」
「はい、本来はあそこの駐車場で待機してもらうのですが、荷物を積み込むからタクシーをまわして欲しいと守衛室に連絡がありました。積み込みに時間がかかったんでしょう」

「迎車を呼んだのは大栄警備保障、おたくの会社。荷物の積み込みはあのコンテナの先を左折したところですね」
「そ、そうですが」

 警備員が気味悪がって俺のことを見ていた。

「あのコンテナの先には何があるんですか?」
「うちの会社が昔使っていた事務所がありますが、もう長いこと使われていません。そう言えばまだ荷物なんかあったんだろうか」


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