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友と呼ばれた冬~第46話

 家からパソコンを持ち出して千葉の車に乗り込み新宿に向かったのは19時半過ぎだった。
 カーナビを見ると首都高速はところどころ渋滞していた。入谷から入ると渋滞している銀座を経由することになる。

 両国橋ジャンクションはまだ渋滞していない。俺は向島から首都高速6号線に入り箱崎経由で新宿へと向かった。

 千尋が無事で居ることを祈りながら事故や違反を起こさないように慎重に運転をする。この時間になっても梅島から連絡がないことが気がかりだった。

 首都高速4号線の幡ヶ谷で事故があり新宿出口まで渋滞していると案内が出ていた。約束の時間まではまだ充分に時間があったが事故処理が長引くことを考えると首都高速を降りて一般道で向かった方が対応しやすい。

 外苑出口で首都高速を出て新宿通りから御苑トンネルを抜けるルートを取った。

 普段タクシーで走り慣れている道路を自家用車で、それも他人の車で走るのは不思議な気分だった。
 御苑トンネルの入り口から新宿駅南口辺りまで渋滞が起きていた。
 四谷四丁目を右折して靖国通りから西新宿へ抜けるルートに変える。夕方近くは渋滞の激しいルートだがこの時間になると流れは良いはずだ。

 歌舞伎町周辺の靖国通り沿いには早くも付け待ちのタクシーが行列をなしている。
 顔見知りのドライバーを何人も見かけたが自家用車に乗っている俺に気付く者は居なかった。

 約束の時間の20分前に新宿中央公園に到着した。北側で車を止めて梅島に電話を入れてみたが出ない。不安が大きくなってくる。
 引き返すことはできない、ここまで来たらやるしかなかった。

 新宿中央公園の周囲をゆっくりと流してみたが県外から入ってきた長距離トラックと、休憩中のタクシーばかりで不審な車は止まっていなかった。
 俺は郷田に指定された公衆便所が見える位置に車を止め、成田に電話を入れた。

「真山です。現場に到着しました。これから郷田と会います」
「わかった。美咲から電話があった。安心してくれ、大野の命に別状はない。ただ、かなり衰弱しているようだ。とりあえず入院させることにした」
「ありがとうございます。助かりました」

「今は大野の娘のことだけに集中した方がいい。詳しいことはあとで伝える」
「成田さん、ご協力感謝します。大野の娘を無事に救出できたら連絡します」

「千葉はしっかり捕まえておく。気をつけてな」
「はい」

 大野が無事だと知り、俺は安心して電話を終えた。
 美咲と成田が居てくれて助かった。心強い・・・・・・仲間?
 
 孤独とは分かち合えるもの。
 俺は今、孤独ではなかった。
 そう思うだけで俺は奮いたっていた。

 千尋を必ず助ける。

 20時55分。パソコンを持って車を降り新宿中央公園へ入って行った。
 21時きっかりに携帯電話が鳴った。千尋の番号が表示されている。

「もしもし?」
「見えてるぞ、真山。上着を脱いでそこの自動販売機の横に置け」

 郷田だ。どこに居るんだ?

 俺は薄暗い公園の中を見渡した。
「水の広場」へ続く遊歩道の奥のベンチの前に男と子供のシルエットがうっすらと見えた。
 男の方は携帯電話の灯りで顔の一部が照らされている。

 あれだ。

「早くしろ!」

 俺はパソコンを一旦地面に置き、上着を脱いで指示された場所に置いた。冷気に身体が震える。

「ノートパソコンをそこの公衆便所の個室に置いて出てこい。出てきたらその場で両手を挙げて何も持っていないことをこちらに見せろ」

 少しは頭を使うじゃないか、郷田。

「先に大野の娘を離せ」
「ダメだ。パソコンが先だ」

「お互い譲らないんじゃ先に進まないぞ。せめて俺が見えるところまで出て来い」
「くそっ、わかった」

 暗がりから二人のシルエットが向かってきて街灯の下で止まった。千尋の姿がはっきりと見えた。リュックは持っていない。郷田が千尋の横にピタリとついていた。
 ここからは50mも離れていない。

「見えただろ!トイレに行け」
「わかった」

 俺はゆっくりと公衆便所に身体を向けた。必ずチャンスが来る。俺はそのまま動かなかった。

 俺の後方から話し声が聞こえてきた。
 振り返ると、十二社通りじゅうにそうどおりから二人の会社員が話しながら公園に入ってくるのが見えた。
 十二社通りから新宿中央公園の中を通るルートは、都営大江戸線の「都庁前」駅に行く抜け道であることを俺は知っていた。 

 予想通りならこの二人は、郷田と千尋が居る遊歩道へ入っていくはずだ。
 祈るような気持ちで俺は会社員たちの動きを見守った。この状況では郷田は大声を出せない。
 
 会社員の二人が遊歩道側へ身体を向けたのを確認すると、俺はすぐに公衆便所に駆け込み個室の便器の上にパソコンを乱暴に置いた。
 脱ぎ捨てた上着を拾って戻ると、ちょうど二人が公園の暗がりに立っている郷田と千尋の横を不思議そうに見ながらすれ違うところだった。

「千尋、こっちだ!」

 俺が大声を上げると千尋が走ってきた。会社員たちは驚いて立ち止まり、走り去る千尋と立ち尽くす郷田を視界に入れていた。

 千尋がそのまま俺の胸に飛び込んできた。

「がんばったな」
「真山さん!ごめんなさい!ごめんなさい!」

 千尋の身体は震えていた。

「悪かった。もう大丈夫だ」
「汚いぞ!真山!」

 郷田が怒鳴りながら走って来た。電話を使うまでの距離じゃない。
 両手を挙げて郷田に怒鳴り返す。
 
「見ろ!パソコンはトイレに置いてきた。誰かが入る前に回収した方がいいぞ。顔の傷はもういいのか?郷田」
「お前、なんで俺の名前を?真山、てめぇ!くそっ」

 郷田が俺と千尋の横を抜けて公衆便所へ向かった。

「車に行くぞ」
「うん」

 千尋と一緒に急いで車へ向かおうとすると、聞き覚えのない声が俺を呼んだ。

「真山ぁ!」

 振り向くと大野の車の前に飛び出したホスト風の男と、顔を腫らせて血だらけの梅島が足を引き摺りながら現れた。


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