見出し画像

友と呼ばれた冬~第45話

 成田と二人がかりで守衛を説得していると、車内から美咲が叫んだ。

「真山さん!あそこ!」

 美咲の視線を追うとコンテナの横で倒れている人影が見えた。

「乗って!」

 俺が助手席から乗り込むと同時に、美咲がアクセルを踏み込んだ。

「「待て!」」

 成田と守衛の声が同時に聞こえたがすぐに後方に消え去る。

 ヘッドライトに浮かびあがった人影は微動だにしていない。
 美咲が真横でぴたりと止めた。

 大野だ。
 車から飛び出て、大野を抱きかかえた。

「しっかりしろ!大野!」

 大野は声掛けに反応したが、衰弱しきっていた。

「真山さん・・・・・・?郷田と、所長……です」

 それだけ言うと大野は再び気を失った。

「わかった。よくやった」

 ぐったりとした大野を抱きかかえ、美咲がシートを倒してくれていた助手席に押し込んだ。

「このまま病院に行きます。・・・・・・娘さんのことは黙っておく。必ず連れ戻して!」
「必ず。大野をお願いします」

 助手席のドアを閉めると美咲のPEUGEOTは方向転換をしてゲートへと走り去った。
 PEUGEOTのヘッドライトに一瞬、背を向けて走り去る男の姿が浮かび上がったのを俺は見逃さなかった。

 突然、足元から昔流行った海外ドラマの着信音が鳴った。
 見慣れぬ携帯電話が落ちていた。

 大野が落としたのか?

 拾い上げると携帯電話の画面には「所長」と表示されている。受話器のマークをスライドさせて耳にあてた。

「まずい、大野に逃げられた。真山がここに来やがった!」

 耳障りな甲高い声。

「おい、郷田?!聞こえてるか?」

 俺は電話を繋げたまま、無言で男が走り去った方へ駆けた。

 コンテナの角を曲がると、携帯電話を耳に当てている千葉の姿が港の照明に浮かんで見えた。

 やけにドラマチックな演出じゃないか、千葉。

「聞こえてるぞ」

 電話に向かって話しかけると千葉が俺に気づき、プレハブ小屋に向かって駆け出した。
 乱暴にドアを開けるとよろけながら小屋の中に逃げ込んだ。

 続いて踏み込むと、目の前に脚立が振り下ろされた。

「うわぁぁぁぁっ!」

 俺の足をかすめた脚立が床を殴りつけ跳ね返る。俺は脚立を蹴り飛ばした。

「真山!」

 千葉が右手で胸ぐらを掴んできたが、余りにも非力だった。
 両手で千葉の右手を掴み、外側に捻りながら左足を引いて千葉を床に組伏せると悲鳴をあげた。

「痛い!ぼ、暴力だぞ!貴様!訴えてやるぞ!」

 そのまま膝を千葉の肘に入れれば簡単に折れそうな程に細い腕だった。

 こいつのせいで大野は。千尋までも。

 怒りにまかせて膝に力を入れかけた時、入口から人影が走り込んできた。

「ダメだ、真山さん!」

 息を切らした成田と守衛が俺を後ろから羽交い絞めにし、俺は千葉の手を離した。

 千葉は右手を擦りながら後ずさりし、立ち上がって守衛を見つけると怒鳴りつけた。

「おい!こいつらは部外者だぞ!さっさと捕まえろ!何のための守衛だ!」

 守衛は成田と目配せをすると俺を見ることもなく、千葉に近寄った。

「車のキーをお借りできますか?入構許可証の有効期限を確認させてください」
「なんだと!?何の権利があって貴様!」

「千葉!いい加減にしろ!!」

 成田が怒鳴りつけると、千葉は驚いてキーを投げつけた。
 守衛は落ち着いてキーを拾い上げ、俺と成田に目配せをした。

「全員、ここに居てください」

 そう言い置いて駐車場へと向かった。

 成田が入口近くの壁のスイッチを押すと、裸電球が荒れ果てた小屋を浮かび上がらせた。
 大野はこんな所に何日も閉じ込められていたのか。

 千葉が逃げださないように入口を背にして立つと、成田は自然に千葉の後方へ移動した。
 人はこれほどまでに憎しみを眼で表現できるのかと思うほど、千葉の眼は憎悪に染まって見えた。

 千葉の傷みはどこにあるのだろうか?
 他者を平気で傷つけ見下すこの男の傷みを知った時、俺は何を思うのだろうか?

 成田が沈黙を破った。

「時間は?間に合うのか?」

 時計の針は18時を回っていた。一旦家に戻り、新宿で千尋を助け出すことを考えると猶予はなかった。

「ギリギリです」

 千葉は成田の方を振り返りもせず、ただ俺だけを睨みつけている。

 千葉の目を見て言った。

「郷田が大野の娘を誘拐した」
「し、知らん!郷田が勝手にやったことだ!俺は何も知らん!だからタクシードライバーなんだ、お前達は!ろくでもない奴らばかりだ!」

「・・・・・・」

 無言で拳を握りしめた俺に、成田が冷静に言った。

「真山さん、やめておけ。大野は飲み込んだはずだ。こいつは無傷だ。わかるな」

 そうか。大野はあんなに酷い目に遭いながらも、手を出さなかったのだ。
 千葉の目の奥に怯えが見えた。初めて千葉と話した日に感じたこの男の本性は間違いではなかった。
 
 卑屈な小物。
 
 俺は急速に冷めた。

「成田さん、申し訳ないが俺は行きます。千尋を助けに」
「あぁ。こいつのことは任せてくれ。終わったら連絡をくれ」

「お願いします」

 成田に頭を下げると、成田は俺の位置へと移動し千葉を見据えた。
 千葉は目を逸らした。恥る気持ちがあるのか。いや、違う。
 成田の権力にこいつはこんな時でも逆らえないのだ。

 小屋を出てコンテナの角を曲がったところで、戻ってくる守衛とばったり会った。 

「どこに行くんですか?まだ話は済んでいませんが」

 千葉の車にあったものだろう。手に許可証を持っていた。

「どうだったんですか、許可証は?」
「これは、とっくに有効期限は、その、切れていました」

「問題ですね、それは。キーを貸してもらえますか?念のため、車検証も確認するように上司に言われまして」
「上司?あぁ、成田さんですか。わかりました、どうぞ」

 守衛は疑いもせずに千葉の車のキーを俺に渡すと、成田と千葉の元へ歩いて行った。

 車体の下から発信器を回収し、車に乗り込んだ。
 
 シートの位置とドアミラーの角度を調節し、ルームミラーに手をかけて自分の顔を見た俺は、タクシードライバーの癖が染みついていることに苦笑いした。 
 
 灰皿くらい置いておけ。

 俺はタバコに火をつけて車を出した。


第46話

第44話

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?