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友と呼ばれた冬~第28話

「会社は……、所長は大野の捜索願は出さないつもりですか?」
「その話なんだが、お前が帰ったあとに事務員に手続きをするように指示を出していた」

「では、もう届けは出されたんですか?」
「いや、まだだ。肝心の所長の承認印が押されていないと事務員がぼやいている」

「押させればいいじゃないですか」
「昨日、今日と会社に来ていないんだ、体調を崩したって話だが」
「そんな偶然……」

 と言いかけて俺は口をつぐんだ。梅島には梅島の立場がある。

「そうなんだ、俺もおかしいと思っている。明日は午前中に組合と労使会議があるから顔を出すはずだ。会議が終わったら所長を問い詰めるつもりだ」

 梅島に苛立った自分を恥じた。独りで動く俺の悪い癖だ。なかなか他人を信じられない。梅島の行動を止めたかった。

「郷田は俺が殴った傷が原因で休んでもしかたがないかもしれませんが、所長がこのタイミングで休むのが気にかかります。郷田以外の、映像に映っていた他のドライバーたちは休んでいたりしないですよね?」
「待てよ、気になるな。すぐわかるから待っててくれ」
「お願いします」

「今日は3人が公休だが、これはシフト通りだ。残りの4人は乗務で出庫も確認できている」

 梅島が安心した様子で言った。

「そうですか。そうなると大野のクレームに絡んだ者だけが全員出勤していないと言うことになりますね」
「失踪した大野、大野の娘を尾行した郷田。クレーム対応をした所長か」

「はい。私は明日、成田に会ってみようと思います」
「あの客の男にか?どうしてだ?」

「大野のクレームに絡んだもう一人の人物だからです。途切れていたクレーム映像の続きも気になります。あの後、車内でどんなやり取りがあったのか」
「確かに報告書にも詳細は書かれていなかったが」

 成田にあったところで、何も得るものはないかもしれなかった。所長が休んでいることも、本当に体調が悪くて休んでいるだけかもしれない。だが俺は何もしないで待つことはできなかった。
 考えていても大野を見つけることはできない。自分の中にある閉塞感を行動することで打ち破りたかった。
 それに梅島が千葉に面と向かって対峙するのは、会社側の梅島にとってリスクが大きすぎた。それは何としても避けなければいけない。

「所長は車で通勤していますよね?」
「あぁ。あの人の家は確か練馬だ。まぁ家が近くても電車に乗るような柄じゃない」

「明日の労使会議は確実に出席するでしょうか」
「最近事故が多いから組合も労働環境を問題視している。所長を必ず出席させるように支部長からも申し入れがあった。出ざるを得ないだろうな」

「わかりました。梅島さん、所長の車に発信器を取り付けたいので少し協力してもらえますか?」
「発信器ってお前」

「大野の娘がやられたように、所長の動きもGPSで把握しておきたいんです」
「俺に探偵の真似事はできないぞ」

 梅島が弱気になるのが珍しく、俺は思わず笑いながら言った。

「労使会議が始まって所長が席を外せなくなったら合図を送ってくれるだけで構いません」
「そうか。それくらいなら大丈夫だ。だが所長の車は会社の敷地内に停めてあるんだぞ、どうやって入ってくるんだ?」

「どうやっても何も私も同じ会社のドライバーじゃないですか。制服も同じです。そのまま入っていきますよ」
「元探偵ってのは怖いな」

 梅島は呆れたように笑いながら言い、所長の車は黒色の大型高級ミニバンで、その車種は所長の車1台だけだと教えてくれた。

「労使会議は10時から12時の予定だ。気をつけろよ、これはもうおまえ一人で抱えることじゃない。これだけ営業所のドライバーが関わっているんだ。俺も覚悟を決めた」
「ありがとうございます」

 梅島の言う通りだった。大野の失踪が新宿営業所を巻き込む事態に発展しつつあった。営業所が異なり、一介のドライバーに過ぎない俺にはほとんど影響はないだろう。
 だが梅島は違う。何も知らない新宿営業所のドライバーたちも、騒ぎが大きくなれば少なからず影響を受けるだろう。

 千尋は家でおとなしくしているだろうか?

 あの日以来、千尋から電話はなかった。
 梅島との電話を終えたばかりの俺は、携帯電話を握りしめたままだった。画面を二度タップすれば千尋に電話をかけられる。

 そのわずかな指の動きが俺には出来なかった。

 車を降りてタバコに火をつけた。
 夜空に向かってタバコの煙を吐き出すと、新宿御苑の上に赤い月がやけに大きく見えていた。


 


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