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カナイと八色の宝石㉒

 夜が明けると、村の入り口に十人の騎士団員がやって来た。彼等は黒塗りの馬車に、団長とチンとエレを乗せている。

 彼等の様子を、カナイ達は少し離れたところから眺めていた。

「カストル兄さんが、遺跡に入る前に、鳥を首都へ飛ばしていたんですって」

「あの人、僕が目の前で変身しても、まるで驚かなかったんだ。つまらないったらなかったよ」

 肩をすくめるオークに、シスカは笑った。

「それは、仕方ないわ。うちにはオーク達と同じように、七色の宝石があるのだもの」

「全部、旅の人が置いていったんだね」

 風が、頷くシスカの髪を揺らす。今朝の彼女は、金色の髪をおろしていた。水色のワンピースを着て、すっかりしおらしいお嬢様の装いになっている。おかげで首を真っ赤にしたテンデは、ずっとシスカから目線を外していた。どうやら、恥ずかしいらしい。

 シスカの腕につかまっているルルも、今日はシスカとおそろいの水色のチョッキを着ていた。ルルがなでている腕輪に、シスカは視線を落とす。

「旅の人が、シュリの血縁者かもしれない、ということには驚いたわ。シュリが、実は本物の王子様だった、ということにもね」

 苦笑いを浮かべるシュリは、村人と同じような軽装に戻っていた。暑いし、村長夫婦には泣かれるしで、昨晩は帰宅してからも大変だったようだ。

「僕は逆に、シスカが騎士団の小隊長の妹だっていうことに驚いたよ」

「お互い様、ということね」

 ほほ笑みを浮かべるシスカは、父親も兄弟も騎士団に所属するという、騎士一家のお嬢様だった。カストルは彼女の実の兄で、一小隊を束ねる隊長を務めているらしい。

 今回捕まった三人組は、盗掘の常習犯だった。旅芸人を装い、食事係などを短期間で入れ替えながら、各地を渡り歩いていた。これに頭を悩ませていた王は、カストルに白羽の矢を立てたのだ。

 三人組が首都を訪れると知ったカストルは、シスカと共に雑技団に潜り込んだ。旅芸人のうわさを聞きつけて王が雑技団を呼んだことも、ジャグリングを披露したことも、カストルの作戦だった。ジャグリングに喜んだ王が三人組にほうびとして大金を与えたので、彼等はすっかりカストルを信用してしまったのだ。

 カナイ達を巻き込んだことは誤算だった。昨夜そう語ったカストルは、仮面をはずして、カナイ達に「すまなかった」と頭を下げた。彼の素顔は、ネズミ達が「これぞ王子様だよ」と喜ぶほど、りりしくて整った顔立ちをしていた。

「シスカ、ここにいたのか」

 騎士団の作業から一人離れたカストルが、カナイ達の方へと歩いてくる。金色の髪を風に遊ばせた彼は、上下共に黒衣を着ていて、胸には三つの勲章を付けている。騎士団の正装の一つだ。

 カストルの姿をテンデは食い入るように見つめ、アークとオークは手を叩いて喜んだ。

『やっぱり、格好良いや。ネズミばっかり追ってる馬鹿王子とは、大違いだ』

『青い鳥も、騎士様に鞍替えすれば?』

『馬鹿言ワナイデチョウダイ。シュリハシュリノ魅力ガアルノヨ』

 シュリの肩の上に座るネズミ達を、カナイの肩にとまっているチチがにらみ上げる。チチの様子を見て、シュリは首を傾げた。ネズミ達もチチも、鳥の言葉を話していて、シュリには何を言っているのか分からないのだ。

「シュリが、動物の言葉を理解できなくて良かった」

 カナイとシスカが顔を見合わせて笑うのを、シュリはきょとんと見つめる。

 そんなシュリの横に、カストルが並んだ。シュリよりもカストルの方が、頭一つと半分ほど背が高い。カナイは二人を見比べて、小声でチチに語りかけた。

「確かに、シュリはシュリの魅力があるね」

『ソウデショウ? サスガ、カナイハ分カッテルワ』

 目を輝かせるチチの頭を、シスカが指で軽く突いた。

「あら。カストル兄さんにだって、カストル兄さんの魅力があるのよ」

 シスカはくるりと回ってカナイの前に立つと、カナイの両手を取った。シスカの手のぬくもりが、カナイの手の甲に広がる。シスカは笑っていたが、目は潤んでいた。

「私、首都に戻ったら、必ず手紙を書くわ」

「じゃあ、シスカの手紙が読めるように、勉強するね」

「本当に素直な方だな」

 頷くカナイをほめたカストルは、シスカの後ろに立ってため息を吐いた。

「シスカもこれを機に、カナイ殿の手本となる字を書けるようにならねば。シスカの字は、くせが強すぎる」

 ぺろりと舌を出すシスカの頭に、カストルの手がそっと置かれた。

「名残惜しいとは思うが、そろそろ時間だ」

 頷いたシスカの頭を、カストルが解放する。次いで、シスカがカナイの手を解放した。ぬくもりが離れ、カナイの手に風が当たる。途端に目が潤んだが、カナイは必死に笑顔を作った。

「それじゃ、カナイ。みんなも。また会いましょう」

「うん。またね、シスカ」

 カストルに連れられて、シスカの姿が徐々に小さくなっていく。シスカが振り返って手を振るたび、カナイ達は大きく手を振り返した。

 騎士団と合流したカストルは栗毛の馬にまたがると、シスカを引っ張りあげる。二人を乗せた馬を先頭にし、馬車を中央に配置して、騎士団は走り出した。騎士団の後ろに、砂煙が舞っている。

「行っちまったな」

 砂煙が消えると、テンデは村の入り口に背を向けて歩き出した。シュリは、震えるカナイの頭を優しくなでる。カナイは次から次へと零れる大粒の涙を、両手で拭っていた。

 そんなカナイの耳に、チチが寄り添うように頭を当てる。

『私ガ、手紙デモ何デモ運ンデアゲルワヨ』

 チチに負けじと、二匹のネズミが、シュリの肩の上で跳ねた。

『青い鳥だけじゃ心配だから、僕も付いていってあげるよ』

『おもしろそうだしね』

 カナイは顔を上げると、涙を流しながらも笑顔を作った。まだ震える声に、心からの気持ちを乗せる。

「みんな、ありがとう」

 カナイの黒い髪を、そよ風が柔らかくなでた。


以上で、完結となります。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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