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カナイと八色の宝石⑲

「それより、どうして僕まで、ネズミの言葉が分かるんだろう? ウークは、自分が偉大な魔法使いだからって言っていたけど」

 首を傾げるシュリに、アークは寄ってきた頭を避けるように身を低くした。オークは否定するように、手を横に振っている。

『ウークは僕達と同じ、普通のネズミさ。それに、坊ちゃんが分かるんじゃなくて、僕達が坊ちゃんに合わせてるんだ。この石の力でね』

『そうそう。相手の言葉を聞ける耳と、相手の言葉を話す口を持つことができるのが、黄色い石の力なんだ。お嬢さんは黄色い石を持っているから違和感無く聞こえるけど、坊ちゃんの言葉はなまって聞こえるよ』

 シュリに石を見せようと、黄色い石を手に持ったネズミ達だったが、どちらもシュリの視界には入らないらしい。カナイが空いている手にオークを乗せると、シュリの顔の前に持っていく。シュリは、首からさげた白い石と、ネズミ達が持つ七色の石とを見比べた。

「随分と大きさが違うのに」

『宝石の力に、大きい小さいは無いんだ。ただ、宝石を持つ僕達が、自分に見合った大きさの石を選べば良いだけさ』

 オークは、カナイの手からシュリの肩に飛び移った。

『それより、さっきから青い鳥が暗いんだけど』

 アークが、シュリの肩からカナイの肩を見下ろす。カナイの肩の上に乗ったチチはうなだれていて、先から一言も言葉を発していない。カナイには、チチの気持ちがなんとなく分かる。シュリのことを見損なった、と叫んだことを後悔しているのだろう。

 チチもシュリも黄色い石を持っていないので、幸いにもシュリはチチの叫びを理解していない。シュリはうなだれたチチを、心配そうに覗き込んだ。

「チチ。大丈夫?」

 チチは一瞬だけシュリの顔を見たが、すぐに視線をそらしてしまった。

『ゴメンナサイ、シュリ。ヒドイコトヲ言ッテシマッタワ』

「シュリに、ひどいこと言って、ごめんなさいって」

 カナイが訳すと、シュリは苦笑しながらチチの頭を指でなでた。

「怒ってないよ。僕こそ心配かけて、ごめんね」

「チチ。シュリは、怒ってないって。心配かけて、ごめんねって」

 チチは目を細めると、頷いた。涙は零れていないが、泣いているように見える。いつもの強気なチチとの差に、カナイは笑った。

「かわいいなー、チチは」

『当タリ前デショ』

 チチは頭を横に振ると、カナイの頬に頭を押し付けた。既に、いつもの強気なチチに戻っていて、それがまた、カナイの笑いを誘う。チチは居心地が悪くなったのか、カナイの肩を離れると、そのまま前方に飛んでいってしまった。

「チチ。暗いんだから、気を付けてよ」

『大丈夫だよ、お嬢さん。あの青い鳥は、昨夜僕を乗せていた時だって、器用に障害物を避けていたよ』

『キャー、イヤーッ。何スルノヨッ』

 カナイがアークを振り返った瞬間に、廊下の奥からチチの悲鳴が聞こえて、カナイは目を丸くした。何事かとカナイ達が廊下の奥を見ると、チチが全速力でこちらに向かって飛んでくる。その後ろから、黄色いチョッキを着た小猿が駆けてきた。

「ルルッ」

 カナイがしゃがんで両手を広げると、ルルはカナイの胸の中に飛び込んだ。ルルはカナイの服を強く握ると、大粒の涙を零し始める。

「ルル、どうしたの? 何があったの?」

 カナイがルルの頭を優しくなでると、ややあって、ルルが口を開いた。

『シスカと乱暴な子が、団長達に捕まったの。シスカは、私を逃がしてくれたの。お願い、シスカを助けて』

 ルルが瞬きをすると、大粒の涙がカナイの手に落ちた。

「それは、もちろんだよ。二人がどこに捕まってるか、覚えてる?」

 ルルはカナイの顔を見上げると、大きく頷いた。

『ここに入った時、最初に団長を見つけた所にいるの。もし、ちんまり娘と貧弱坊主が遺跡の奥から帰ってきても、ここなら分かるだろうって、団長が言っていたの』

「貧弱坊主って、シュリは王子様なのに」

 カナイは、頬を膨らませた。しかし、団長の言うことは、カナイが小さいということも含めて、間違ってはいない。カナイがいる場所から扉に戻ろうとすると、どうしてもシスカ達が捕まっている部屋の前を通らなければならない。

 カナイがルルの言葉を通訳すると、シュリは腕を組んで眉を寄せた。

「一本道だから、まともに進むと不利だね」

『忘れたのかい、王子様? こっちには、宝石が付いているんだよ』

 片目をつむるアークに、カナイは手を打った。

「そうだよ、シュリ。こっちは、大きくなったり、変身できたりするんだから」

「ああ、ウークが使っていた力だね。もしかして、さっき母上のことで、みんなが大騒ぎになっていたのは……」

『そう言えば、そんなこともあったね』

 シュリが話し終える前に、アークはばつが悪そうに笑った。

『とりあえず、この顔ぶれで変身しても、意味無いと思うな。もっと強そうな人がいれば良いんだけど』

 オークは、カナイ達の顔を見回した。カナイもシュリも強面には見えないし、残りは小鳥と小猿とネズミ二匹だ。団長達へのおどしには使えない。

 強そうな人、と考えを廻らせていたカナイは、あ、と声を上げた。

「村に戻れば、いるよ。仮面の人。テンデも怖がってたし。ジャグリングを王様に披露したって、団長も知ってるんだよね? だったら、ナイフを見せれば、団長でも怖がるんじゃないかな」

 目を輝かせるカナイに、シュリは少し身を引いた。

「村に戻ればって。カナイも僕も、この高さから池に飛び込むのは、危ないと思うけど」

『じゃあ、僕が行くよ』

 手を挙げたオークを、カナイとシュリが同時に見下ろす。オークはカナイとシュリの顔を交互に見上げると、チチを呼んだ。

『少しだけ、動かないでおくれよ』

 オークは紫の宝石を手に持つと、チチの体に押し付ける。すると、紫色の光がオークの体を包み込んだ。煙のように光が消える頃には、二羽のチチが向かい合わせに立っていた。本物のチチが悲鳴を上げる中、チチになったオークは羽ばたいて、窓の外へと飛んでいってしまう。

「村まで飛ぶのは良いけど、それからどうする気だろう? だいたい、仮面を外していたら見つけられるのかな?」

『オークは良い奴だけど、たまに一人で突っ走るところがあるのが、玉にきずなんだ。すまない』

 シュリに頭を下げるアークに、カナイは笑った。

「オークだったら、きっと何とかするよ。それより、こっちはこっちで動こうよ。仮面の人がいなくても、団長達を驚かせるくらいはできるよ」

「何か、良い案でもあるの? カナイ」

 目を瞬かせるシュリに、カナイは両手を広げた。

「簡単だよ。ルルを大きくしちゃえば良いんだよ。目の前に、急に大きなお猿さんがいたら、誰だって驚くでしょう?」

『なるほど。今のお嬢さんは、冴えまくってるね。でも、誰がどこにいるか、把握が必要だろう? 僕が偵察に行ってあげるよ』

 アークは拍手してカナイを称えると、廊下を走っていってしまった。アークも、弟ほどではないにしろ、突っ走るところがあるらしい。

 カナイ達は顔を見合わせて笑うと、シスカと別行動を取った四差路で、アークの報告を待つことにしたのだった。



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